14・この気持ちは恋じゃない

 それからは、まさに勉強漬けの毎日だった。放課後は紗良の家で勉強、休日も朝から一緒に勉強。

 基本は紗良の勉強の補助だが、「詩織さんの成績を落とすわけにはいかないから」という紗良の嘆願もあって、私の試験勉強も同時進行で進めている。普通にやっていても一年生の頃の成績より上がる自信はあるのだけど、それを言うわけにいかないので仕方ない。紗良の勉強を横目で見ながら、自分の試験範囲を見返しているのだ。

 これだと試験が終わるまでは部活に出られないので、部長には「推薦狙っているので、早めに試験勉強します」と言って休ませてもらった。翌日になって「で、本当は?」と陽子に尋ねられたので考えを説明すると、「そういうことね」とやけに楽しそうに頷いていた。


「私の友達に頼んできたのは、まあ普通の対応だと思ったけど、そうきたかー。いいね、斜め上だけど正攻法だ」

「何それ、馬鹿にしてる?」

「してないしてない。でも、普通は先生に言ったりするものじゃないの?」


 校内で問題が発生して、自力で解決するのが難しければ教師を頼る。確かに当たり前の対応だ。

 しかし――、


「それで解決したら楽でいいけど、無理でしょうね。物理的な被害を与えられたわけじゃないし、そもそも生徒の恋愛の拗れに教師が出張ってきて解決するわけないじゃない。溝が深まるだけよ」


 何より、すでに中学で教師に頼った結果、親に伝わってしまって心配かけた上に何も解決しなかったという過去がある紗良に、またそれをさせるのはあまりにも酷だ。

 海の向こうの両親に、高校では心配をかけたくないという気持ちもよくわかる。


「もちろん、手に負えないと思ったらすぐに頼るわよ。でも、教師に言うのはもう少し足掻いて無理だった場合ね。それまでは、絡んでくる相手に対する脅しとして使うように言ってあるわ」

「ふーん、『先生に言うからね!』って?」

「もう少し遠回しに。紗良が彼氏に色目を使ったわけでないことをしっかり説明しても、納得しないお馬鹿さんには『わかっていただけないなら、間に先生に入ってもらってお話ししましょうか。私も親に連絡されたり、問題を起こした生徒として内申に傷がつくのはイヤですが、仕方ありませんね……』って、残念そうな顔して言っておくようにって指示してあるの。あと、録音できてなくてもICレコーダー見せられればなお良しね」


 頬に手を添えて、いかにも残念そうにため息を吐いてそれらしく言ってやれば、口元を引きつらせた陽子が「いい性格してるねー」と首を横に振る。

 うん、お褒めに預かり光栄です。でも、嘘は一切ついてないでしょう?


「進学校の生徒は、こういうのを素直に嫌がってくれるからいいわよね。推薦関係なくても内申に傷がつくっていう言葉に敏感だし、親の前ではお利口さんにしてる子が多いから。陰でしか生息できないなんて、前世はダニかコケ類かしら」

「キノコかもね。しかしまあ、詩織を敵に回したら、こういう対応をとってくるわけか。よーく覚えておくよ」

「とっても平和的なやり方でしょ?」

「平和って何だっけなぁ……」


 天を仰いでぼやく友人に、「この場合は、紗良が心穏やかに過ごせる状態にすることね」と教えてあげたら、「過激派か!」と即座にツッコミが入った。

 私だって、できることなら漫画やアニメのヒーローみたいにバーンと起死回生の一発を放って、さっさと解決してあげたい。椿ヶ丘に乗り込んで、紗良に嫌がらせをしている生徒を引っ叩いてやれればスッキリするかもしれないし、全生徒に紗良がどれだけいい子かを語ってわからせてやりたい。


 しかし、そんな魔法みたいな方法は存在しないので、こんな地味で遠回りな手段を選んでまどろっこしい思いをしているのだ。もし、私が主人公なら――葵なら、そんなご都合展開だって可能だったのだろうか。だとしたら、こんな効くかどうかは賭けみたいな手段しか取れない自分の無力さが嫌になる。


「でも、私は案と口を出すしかできないのよね、残念ながら。実行は全部、紗良本人と陽子の友達にお任せっていうのか歯痒いわ」

「あ、そうそう。その友達からさっき連絡来てたんだよ、ほら」


 思い出したようにスマホを取り出して、ラインの画面を見せてもらうと、ハートが飛び回ってるスタンプと一緒に、テンションの高いメッセージが届いていた。


『さっき紗良ちゃんと初めて接触したんだけど、何あの子! 見た目も中身もめっちゃ可愛い! マジで妖精!! 可愛すぎてハグしたら真っ赤になってた! 連れて帰りたい!!』


「何これ、ずるい! 私だってまだハグしたことないのに!!」

「そこ!?」

「そこしかないでしょ!!」


 そりゃ、毎日一緒に通学してるし、勉強してるし、ご飯も一緒に食べてるけど! そういえば、ハグとか手を繋ぐとかのスキンシップ皆無じゃない? もしかして一番距離が近かったのって、初めて会った時の相合い傘かもしれない。

 え、あんなに一緒にいたのに、初対面の先輩Aに追い抜かれた……? 接触って、そういう接触なの? 陽子の友達――ってことは、もしかして類友!? セクハラの! ありえる!!

 ああ、でも、女の子同士のハグは尊いわね。補給をありがとう。


「ま、あとは勝手に絡んでくれるでしょ。それにしても、詩織は紗良ちゃんが絡むと別人だよねぇ。紗良ちゃんって詩織の何なの?」

「何って……何かしらね」


 年下の友達。

 可愛い妹分。

 教え子。


 どれも正しくて、どれもピンとこない。

 私にとって、やっぱり紗良は――


「推し、かしら」


 もはや単なる『推し』では片付けられなくなってはいるけれど、一言で言い表すなら、やはりこれほどしっくりくる言葉はない。

 元々は応援しているアイドルを示す言葉らしいが、人に勧めることができるほど好きという意味合いも含めれば、まさに『推し』である。是非とも、みんな紗良の魅力を理解して好きになればいい。


「全力で応援してるし、幸せになるための助力は惜しまないわ」

「まるで母親目線だねぇ。私はてっきり恋でもしたかと思ってたけど」

「残念ながら違うわよ」


 きっぱりと否定した私に、陽子が「つまんない」と文句を言うが、違うものは違うのだ。少なくとも、紗良に対して性的な意味で触れたいと思ったことはない。

恋愛みたいな複雑な感情ではなく、単純に見た目も中身も可愛いあの子を好ましく思っているだけで、強いて言うなら庇護欲とか保護欲とかが加わっているくらいだ。

 大体、サブヒロインがサブヒロインに恋するなんて聞いたこともない。主人公と恋するつもりもないけど。


 いつかきっと、そんなに遠くない未来。紗良を守って大事にしてくれる誰かが現れる。

 許されるならば、それまでは私が彼女を守る存在でいたい、なんていうのは過ぎた願いだろうか。

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