モブ陰キャの私に学年一のイケメンがどうみてもベタ惚れしてる件について

千葉恭太

プロローグ

 今にも雨が降り出しそうな重い雲が空をおおっていて、昨日の雨が未だに地面をしっとりと濡らしている。

 そのせいか、人々が開放感に浸る帰宅時間の駅前も些か活気に欠けているように思えた。


「今日は雨予報だったっけ?」


 すぐに空気中に溶けてしまうような小さな声で私は呟いた。

 すると、まるでその呟きに応えるかのように、ぽつ、ぽつ、ぽつ、と雨が降り始めた。

 やがてそのリズムは段々と短くなり、気付けば辺りは雨のせいで白く見え、周りに人はほとんど居なくなっていた。

 重くて、大きくて、水分を多く含んだ水滴が、目までかかっている私の髪を否応なしに濡らしていく。

 服が濡れ、カバンが濡れ、靴が濡れ、私の身につけているもの全てが雨に染められていった。


 でも私にはどうでもよかった。


 私には"七海菜乃華"という存在を隠してくれるものがあればそれだけで良かった。

 だから前髪も目が隠れるくらいまで伸ばし、周りから浮かないように制服も適切に着て、人に話しかけられても笑顔の仮面を付けて対応した。


 人とは絶対に深く関わらないようにしていた。


 それでいいんだ。

 "七海菜乃華"という人間を知っている人は誰一人としていなくていい。

 私は一人で生きていくんだ。



 気づけば知らない場所にいた。この雨のせいで正しい道を辿って来れなかったらしい。

 スマホで場所を確認しようとしたけど、充電がなくなっていて開けない。

 仕方なく知ってる場所を探しながら歩いていくことにした。




















 30分ほど経っただろうか?正確な時間も分からないまま彷徨っていたらいつの間にか街灯が点いている。

 雨が降っていたせいか明るさの変化には気づかなかったけど、辺りがさらに闇を纏っているような気もする。雨は相変わらず地面に打ち付けられていて、風も強くなってきている。

 足はガクガクと震え、歯はカチカチと音を立てている。


 さすがに限界だ。


「もう……いいや………」


 そう呟き、地面に膝をつく。もう冷たささえ感じなくなっていた。

 ただただ巨大な虚無感が私の心を支配していく。


 もう何も考えられなくなり、地面に倒れ込みそうになったその時、誰かに腕を掴まれた。

 私はゆっくりと振り返り、寒さで止めることの出来ない震えを必死に抑えようとする。


「七海さん?大丈夫?」


 そこには学年で1番イケメンだと言われ、校内でも三本の指に入るほどだと言われている原伊織君の姿があった。

 すらりと伸びた背に、細いながらもしっかりとついた筋肉、それでいて整った顔立ちをしていてやっぱりモテるだけあるな、とほぼ機能を果たしていないであろう脳で感じる。

 そんな伊織君が私の上に傘を出し、雨から私を守ってくれていた。


「原…君……?どう…し……て…?」


 私は震える口を必死に動かして伊織君に疑問を投げかける。

 そんな私の疑問を聞き伊織君は当たり前だという風に告げる。


「どうしてって…そりゃクラスメイトがこんなになってるの見つけたらすぐ助けるだろ」


 伊織君は最後に「クラスメイトじゃなくても助けるけど」と付け加え苦笑した。


(私が聞きたいのはそこじゃないんだけどなぁ…)


 納得するような答えが帰ってこなくて少し眉根を寄せる。

 でも、そんなことはどうだっていい。今後は関わることもない。ただ、関わりすぎないように、と震える口を必死に動かし私は伊織君に告げる。


「そう…ですか。…ご心配…ありがとうございます……。私は…だい…じょうぶ…で…す…」

「少なくとも俺から見たら大丈夫に見えないんだけど。七海さん家どこ?」

「家…ですか…?」

「そう。あっ、女の子の家聞くのはさすがにマズイか…?」

「分かり…ません……」

「まぁ、別にいいって人もいるし知られたくないって人もいるから分からないよね」

「家が……分かりません…」

「えっ…?」


 伊織君は明らかに驚いた顔をして少し困っている。


「家…分からないの?」

「正確に…言えば…ここが……どこ…だか…」

「なるほどね…とりあえずこれ着て」

 そう言うと伊織君は来ていた上着を私にパサっとかけてくれた。


「えっ…?でも…そ…れじゃ…原君が…」

「俺は大丈夫だから。俺より七海さんの方がヤバいから。近くに俺の家あるからとりあえずシャワー入って服着替えてきな」


 予想外の提案に言葉が出ず身じろぎしていると


「あ、今のはさすがに嫌か、ごめん」


 伊織君は申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。


「嫌じゃ……ない…」


 もうほぼ機能を果たしていない脳は、一切フィルターを通さずに思ったこと全てをさらけ出していた。

 もはや自分ですら何を言っているのか分からない。


「そうか!よかった!それなら一旦うち来て休みなよ」


 申し訳なさそうな顔から一転、安堵と喜びの表情を浮かべると私に傘を渡して背を差し出した。

 やはり今の脳の状態では理解することができず、困惑していると


「ほら、背中乗って。足、辛いでしょ?」


 雨の音にかき消されないように少し声を張って伊織君は告げた。


「うん…」


 いつもの私なら断っていたであろう誘いも、今の私はあっさりと承諾してしまっていた。

 私は伊織君の背に体を預けた。


「ありがと…」


 伊織君の背の中で小さく呟いた。伊織君は気づいた素振りはなく、ただ黙々と歩を進めている。

 段々と眠くなってきた私は、重い瞼に逆らえずいつの間にか眠りに落ちていた。

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