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「わ! サンちゃん、それメイク? かっこいいねえ! 赤いお星様だ!」
よ! リゼちゃん、これビンタ。かっこわるいだろ! 赤い手形だぜ!
そう返したいのをぐっと堪えて、満面の笑みを浮かべるリーゼルにハインツは半笑いを見せた。っつうかこれが赤い星に見えるのかよ。そんな事を心の中で呟いてみたりもする。ちなみにリゼちゃん呼びは女子と今までほとんど関わってこなかったハインツにとってはハードルが高すぎてできそうにもないし、したくもなかった。ジークが怖いので。ハインツの隣にいたマルガレーテが「実は——」と言いかけたのを手で制すと、彼は頭を掻きながらなんともなさげに言った。
「ああ、これは怪我人風のメイクだ。似合わねーのはわかってるけどな」
大方、マルガレーテの言おうとした事は予想がつく。ハインツとの先程までのやり取りを話し、このメイクもどきが怪我である事を伝える気だったのだろう。それを聞いたリーゼルは、きっと自分に光魔法をかけて怪我を治してくれるに違いない。だが、ハインツは怪我を魔法で手早く治してもらうつもりは微塵もなかった。この頬の跡は、しばらくの間残しておくつもりだ。生活に支障をきたすレベルに悪化したら即刻病院へ行って治療してもらうつもりでいるが。
リーゼルとジークがいた場所は、先日と全く同じだった。学園の裏手にある森、その開けた場所でまた乙女ゲームとファンタジー世界観をぶち壊すような戦いを繰り広げていたのだろう。これはきっと、多分、恐らくハインツの目の錯覚なのだろうけれども、ニコニコと笑うリーゼルの背後の地面にはぽっかりと大きな穴が空いているように見えた。しかも一個だけでなく複数。わあ、クレーターみたい。心の中のハインツは無邪気に笑った。ただしその目は死んでいた。ジークが遅れてハインツ達の元へやってきた。大きな穴から起き上がって出てきたみたいに見えたけれどもこれも恐らくはハインツの目が疲れた事による幻覚なのだろう。服が土埃まみれになってるのも気のせいだ。リーゼルはジークの方を振り返って微笑みを浮かべた。
「これでわたしの2502勝、2500敗だね!」
攻略対象とヒロインの戦いの総合計はとうとう5000を上回ったらしい。当然ながらゲーム本編でそんな数戦ったりはしないので、ヒロインとこの攻略対象は戦闘狂だとはっきりわかるのである。
「ああ、負けてしまったな。あと一回リーゼルに勝たれれば、オレの敗北は確定する。……だが、そうはさせんぞ。次は必ずオレが勝利する」
「ふふ、がんばれがんばれっ!」
既視感のあるやり取りを目にしながら、ハインツは自分の予想が確信に変わっていくのを実感していた。ブレザーを脱ぎ、ベストとワイシャツだけの状態になっていたジークが、たくしあげていたワイシャツの袖を直す。ハインツの顔を見て、彼は「おお、派手にやられたな」とどこか感心しているような口調で呟いた。マルガレーテの方を見たリーゼルが、「解決したみたいでよかった!」なんて言って笑いかける。話がこのままだといつまで経っても進みそうにないので、ハインツはさっさと本題に入る事にした。
「俺の顔の話はどうでもいーんだわ。それより、リーゼルと、…………ジークフリト。お前らに伝えたい事と聞きたい事がある」
ジークの名前を呼ぶ時に躊躇ったのは、仮にも彼が王家の者だったからである。呼び捨てにしていいって言ってはいたけどいざ呼び捨てた瞬間に「不敬!」とか理不尽に怒鳴られたりしねえかなという懸念はあったが、名前を呼ばれたジークがその腰に下げた鞘から二本の剣を引き抜く事はなかった。脳内のハインツが安堵の息を吐き出す。リーゼルとジークは、共に顔を見合わせた。彼女がハインツの方に向き直る。
「聞きたい事から、先に教えてほしいな」
「わかった。……お前ら、転生者だな?」
その言葉を耳にしたマルガレーテが首を傾げた。そうか、こいつは転生者じゃないから理解できないんだ。ハインツはわかりやすい言葉で言い換えようとしてみる。
「あー、つまり……リーゼルもジークフリトも、こことは別の世界から来たか、もしくは前世ってやつの記憶があるだろって事を俺は聞きてえんだよ」
ジークがリーゼルの方に目を向ける。彼女が小さく頷いたのを見て、彼は仕方ないなとでも言いたげに息を吐き出した。
「その通りだ。オレもリーゼルも、前世の記憶を持っている。そしてこんな内容の質問をするという事は、オマエもその『テンセイシャ』なのだろう?」
「仰る通りだ。俺も、それから悪役令嬢……アダリーシア・ラズベリルも転生者。現代日本からのな」
アダリーシアという単語を聞いた瞬間、第二王子は眉間にシワを寄せた。いつもの顔の怖さがますますパワーアップしている。そんなにアダリーシアの事をあまり良く思っていないのだろうか。ハインツが邪推する中、仏頂面のジークが口を動かす。
「ゲンダイニホン……知らない名だ。国名か?」
「あ? 知らねえのか?」
思わずハインツの声から素っ頓狂な声が出た。てっきりリーゼルもジークも、現代日本に暮らす戦闘系のゲームをやり込んでいるゲームプレイヤーか、物理的な戦闘狂のどちらかに該当する人物がこの世界に転生したのかとばかり考えていたのだが。リーゼルが薄桃色の目を瞬かせながら話す。
「えっとねえ……わたしは神様から言われてここに来たんだけど……ジークはなんでいるのか、わからないんだよね」
「ああ。前の世界で寿命分生き延びて死んだと思ったら、ニンゲンの赤子になっていたからな」
「待て、神様? なんだそれ。お前らの関係性についても聞きたい事が山ほどあるんだけどよ……はあ、情報共有の必要がありそうだな。その前に、伝えたい事だけ伝えさせてもらうわ」
ハインツは、目の前のヒロインとメイン攻略対象の姿を見据えて告げた。
「お前らはここから逃げた方がいい。悪役令嬢が動き始めてる」
リーゼルが首を傾げた。この後彼女が口にするであろうセリフはあまりにも簡単に想像できる。掛け算の一の段を暗唱するのと同じくらいに簡単だった。リーゼルは言った。
「アクヤクレージョーって、何?」
「聞かれると思ったわ……いや、この際悪役令嬢が何かなんて知らなくともいいから逃げろ。マジで」
「うーん。逃げたくないし、逃げるつもりもないよ。ここでの役目をまだ果たせていないもの」
リーゼルが迷う様子すら見せずに放った言葉を聞いて、ジークの顔が更に険しくなる。何故そこで表情が強張るのか。ジークの顔が怖くなるポイントがハインツには理解できない。
「役目だか役割だから知らねえけどな、危険なんだよ! 資金援助くらいならしてやれるし、なんなら逃亡計画とかそういうのを作るのも全部手伝ってやるから、あいつの怒りを買う前にできるだけ物理的に距離取った方がいいって!」
ここまで親身に、見返りを求める事なく、嫌いだったはずのヒロインと攻略対象を助けようとしている自分を俯瞰して頭の中のハインツが苦々しく笑う。俺らしくもねえな、これ。マルガレーテに影響されてしまったのだろうか。いやいや、そんな事はない。ハインツは心の中で言い訳をしてみる。手を差し伸べたのは善意なんかじゃない。あの悪役令嬢に弱いだの呆れただのとボロクソに言われた挙句支配魔法で人格を破壊されそうになったその復讐……いや復讐って言うとなんか大袈裟であの中二令嬢と同じ感じに聞こえてしまって嫌だ。復讐というより、仕返しだ。嫌がらせと言った方が正しいか。あいつがベラベラ喋りまくった事もこいつらに伝えれば、きっと面白い事になるに違いない。ハインツはそれが見たいだけだった。小説の内容を、そしてゲームの内容さえもめちゃくちゃに破壊していくリーゼル達を見たかった。本当にそれだけなのだ。善意では、ない。
「心配してくれてるんだよね、ありがとう! でもでも、それって……つまりアクヤクレージョー? と戦うって事? それはむしろ歓迎なんだけどなー……」
「あのな、世の中には物理的な戦いの他にも頭脳戦とか心理戦とか色んな戦い方諸々が存在してるんです。お前らそういうの苦手だろ」
確信を持って、最後の部分を強調しながらハインツが断言する。しん、と辺りが静まり返った。森の中だからなのだろう、鳥の綺麗な鳴き声が聞こえてくる。リーゼルが、むむむ、と小さく唸った。腕を組みながら考え込み、そして彼女はもう一度ジークの方に視線を向ける。二人はアイコンタクトを取ると、頷き合った。それからリーゼルはハインツを見る。この後彼女が口にするであろうセリフはあまりにも容易く想像できる。一桁の数字同士で足し算をするくらいに容易かった。一に一を足した時の答えを求めるレベルである。リーゼルは両手の拳をぎゅっと握りしめて輝く笑顔で言った。
「大丈夫! 鍛えてるし、いざという時は光魔法あるから!」
「そういう話じゃねーーーんだよなあ!!」
鍛えた肉体と光魔法はなんでもかんでも解決できるもんじゃねえんだよ、と大声でツッコミを入れなかった自分は褒められるべきなのではないかとハインツは思った。そして何よりも怖かったのは一見頭脳派みたいな顔をしているジークも、なんならマルガレーテでさえもリーゼルの言葉に「それは違う」みたいな反論をせずなんとなく納得したような顔をしていたり小さく頷いていたりした事だ。
ハインツは、ある恐ろしい仮説に辿り着く。
ひょっとして、俺以外みんな脳筋?
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