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『マルちゃん! 戦おっか!』

 ヒロインが攻略対象に向けるセリフとしてあるまじき言葉がその可愛らしい顔から飛び出した。映像の端に映っていたマルガレーテが、小さく頷いて立ち上がる。

『えっ、お前マジであいつと戦うの……? やめとけって、死ぬぞおい』

『心配してくれるの? ありがとう。でも、大丈夫だよ。手加減はしてもらえるだろうし。悔しいけど、ね』

『いや心配してるわけじゃねえし。勘違いやめろっつうの……きめえから……』

 言葉通りの意味で、この時のハインツは心配をしていなかった。目の前でヒロインに殺される攻略対象の姿を見たくなかったのである。だってグロそうだし。懐中電灯を剣にして、更に剣がなくともパンチやらキックやらで攻撃してくるような戦闘狂だ。いくら手加減してもらえるとは言えども数分前までのバトルシーンを見た後では、この最弱攻略対象が大怪我を負わされる未来しか予想できない。

 それに、こいつが戦った後は間違いなくリーゼルがハインツ自身にこのようなセリフを告げてくるだろう。『せっかくマルちゃんとバトルできたし……次はサンちゃんと戦わせてよ!』と。そんなのはごめんだ。だからこそ、彼はマルガレーテに戦ってほしくなかった。要は自分本位な理由だったのだが。

 ハインツの冷淡な態度にも動じた様子を見せないマルガレーテは、自身の髪を一つに結い上げてリーゼルの方へ進んでいく。その間際に、マルガレーテはハインツの方を振り返った。白金に淡いクリームを混ぜたような色のポニーテールが揺れる。

『見てて。私の、今の弱さを』

『……おう。じっくり目に焼き付けてやるよ』

 目元を緩めたマルガレーテが、ジークと入れ替わるようにしてリーゼルの前に立つ。

 ジークはハインツの方ではなく、リーゼルに少し近い方の木にもたれかかるようにして立っていた。腕を組みながら二人を見つめるその様は、やはり絵画になりそうなほど美しい。

『昨日教えてくれた新しいやつ、見せてくれるんだよね?』

『はい。どこまで通用するか……試させてください』

『いいよー! わたしが怪我しちゃうかもって事は心配しないでね。すぐ治るから、むしろわたしを怪我させるつもりできて!』

 攻略対象が攻略対象ならヒロインもヒロインである。怪我させるつもりでかかってこいとか絶対にヒロインが言うセリフではない。「さすがにそこまでは……でも、全力は出させてもらいます」と告げたマルガレーテは長方形のベルトポーチに手をかける。ファスナーを引いて、中から両手で何かを鷲掴んだ。

 男にしては細いその指が握り締めていたのは、銀色に鈍く輝く小さな玉だった。ビーズほどの大きさのそれを沢山握るマルガレーテの様子を見て、悪役令嬢が「何をする気なの……?」と呟く。ハインツは何も答えずに、悔しげな表情で顔を背けた。

 マルガレーテは両方の手のひらを上に向け、玉を放り投げる。日光を反射して、玉はキラキラと輝いた。映像の中の時間はまだ昼だというのに、まるで星がばら撒かれた夜空のようにさえ見える。

『金属強化』

 画面の中のマルガレーテが告げた次の瞬間、放り投げられた玉の形が変化した。

『っ、はあ……!?』

 映像ががたりと揺れる。ハインツの、掠れた声が聞こえた。熱を加えられた飴を細工するかのように、銀色の玉はその形を変えていく。あるものは薄く細く伸び、また別のものは風船のように小さく楕円形に膨らみ。くるくると回転しながら、球体『だったもの』が青い空から降り注ぐ。銀色の雨にも見えるそれは、普通の雨粒らしく土に染み込む事はなかった。

 柔らかな砂を貫き、深く刺さったそれらはまるでマルガレーテを守る擁壁のようだ。

 太さも大きさもそれぞれ違う銀色の剣、槍、斧は全てマルガレーテを避けるように、囲むように落下した。ハインツが氷で作る歪なナイフとは違う、直線と曲線で構成された、そして無機物特有の冷たさとどこか神々しささえ感じる武器が、いくつも目の前に映し出される。空中から重力に引き寄せられた最後の玉、楕円形の小さなものがマルガレーテの手のひらの上に収まる。マルガレーテがぽんぽんと手の上でお手玉のように跳ねさせたそれは、剣と魔法のファンタジーには到底似つかわしくないものだった。

「し、手榴弾……?」

 悪役令嬢の困惑したような声が聞こえる。言葉で表現するとするならば、目を白黒させる、だろうか。彼女の目の色は赤だが。いや、そんな事はどうだっていい。

 リーゼルが楽しそうに笑う。その顔に怯えの感情は一切見当たらなかった。

『それ、爆弾⁉︎ すごいよマルちゃん、そんなのも作れるようになったんだ!』

『はい。……まだ威力はこの程度なんですけど、ねっ……!』

 マルガレーテはそう言いながら片手に握りしめた銀色の手榴弾の安全ピンを抜き取り、リーゼルの方向に向かって勢いよく投げる。彼女にぶつかる寸前まで小さな手榴弾が迫った次の瞬間、乾いた音を立ててそれが弾けた。炎と共に白い煙が立ち込める。同時に、バチッという電気の流れるような音が聞こえてきた。あんな爆弾、直接当たれば大怪我間違いなしだろう。

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