ＪＫギャル勇者を育成せよっ！！ ～アイツが勇者で俺がモブ！？～

第3話 王道なんてモノとは程遠く

「はぁ！　はぁ！　んぐっ！」

　追い掛けてくるゴブリンから距離を取るため、高校以来かという全速力で逃げる。

　相変わらず道も無ければ明かりも見えず、仄（ほの）かな月明りに照らされた森のどこを向いてもどこを走っても、あるのはこちらへと倒れ込んできそうな程に群がって生えている木々のみ。

「フザケんなよっ！　ちゃんと子供救ってトラックに轢かれて死んだだろっ！　なんでこんな扱い受けなきゃなんねぇんだよっ！　──うわっぷ！？」

　悪態を吐いた罰だろうか、顔に張り付いてきたクモの巣だろう粘着くナニかを手で強引に拭いながら、何とかゴブリンから距離を取ろうと必死に走る。

　だが落ち葉のせいかそれとも前日に雨でも降ったのか、地面はぬかるんでいて走り辛く、そのうえ森の中という場所が身長の小さいゴブリンに有利なのか、その差は広がるどころか少しずつ縮まっていた。

「ギャヒッヒ！」

「あのヤロー、勇者をナメてんじゃねぇぞ！　こうなったら相手してやる！」

　調子に乗りに乗っているゴブリンに腹が立った俺は、立ち止まり振り向く。これ以上、勇者である俺がゴブリン如きに舐められてたまっかよ！　

「来やがれ、くそヤロ──」

「ギャギャアッ！！」

「調子に乗って、スイマセンでしたぁ～！」

　が、当たっただけで吹き飛ばされそうなこん棒（エモノ）を見て怖気づき、再び逃げ出す。

　ムリムリ無理だって！　あんなの相手する位なら、飛び込み営業の方が何百倍もマシだって！

「グシャアァ～！」

「ちょっ！？　タンマ！　タンマっ！」

「グガッ！　グギャア！」

「分かった！　俺が悪かった！　だから話し合おう！　な！？　人類皆兄弟！　話せばきっと解りあえる──」

「ギャッギャ！！」

「──って、言葉すら通じて無ぇ！」

　小中高大とそれなりの教育を受けてきたが、ゴブリン相手のコミュニケーションなんてさすがに習ってきてねぇよ！　それに俺だって、お前なんかと兄弟なんて思いたくもねぇわ！　人類はみな兄弟かもしれないが、そもそもゴブリンは人類じゃねぇ！

「分かった！　済まん！　お前とは兄弟にも友達にもなれそうにない！　だからって怒らないでくれ！　な！？」

　言葉が通じないので実際にゴブリンが怒っているのか分からない。

　だが俺も社会人だ。相手が怒っていようがいまいが、“取り敢えずは謝罪”の社畜精神（モットー）がある。たとえ自分が悪く無い状況でも、きっちりかっちり誠心誠意謝れば、大概何とかなるはずだ。

「ギャッ！　ギシャアァ！！」

　が、俺の謝罪が気に入らないのか、それとも謝罪の精神とやらが足りなかったのか、一向にその怒りを収める気配の無いゴブリンは、汚い唾を撒き散らしながらどんどんと肉薄してきた！　

「おいおい、冗談じゃね──うわっ！？」

　焦ったせいか、地面から張り出していた木の根に気付かず足を引っ掛ける！

「ヤベェ！」

　顔面をぶつけるのは何とか避けたが、思いっきりこけてしまった。

　振り向くと、嬉しそうに舌なめずりし走る勢いそのままに大きく跳ねるゴブリン。そして空中でこん棒を両手で振り上げると、倒れている俺に向けて、思いっきり叩き付けてきた！

「グギャギャガ～！」

「うぉわぁっ～！」

　情けない悲鳴を上げながら、急いで地面を転がる。

　そこにドンっ！と小さいゴブリンからは想像出来ない重い一撃が、落ち葉やら木の根やらを巻き込んで地面を抉りこむ！

「ひっ！？」

　吹き飛んできた土砂がバラバラと振ってくる。冗談じゃねぇ！　あんなもん食らったらミンチにされちまうっ！

「ひぅ！？　おい！　止め！　ろっ！」

「グギャ！　ギャギャッ！」

「ちょっ！？　タンマっ！？　待てって！」

　　急いで起き上がろうとするが、それは許さないとばかりに再びこん棒を振り上げては執拗に追撃を加えるゴブリン。そのせいで、起き上がる事もままならない！　

　転がりながら必死に逃げる俺に、嬉しそうに上からこん棒が振り下ろされる。その様は、他所から見ればまさにモグラ叩きだ。

　だが、俺だって大人しくモグラを演じているわけじゃ無ぇ！

　転がりながらもその都度、手で地面を探る。するとなにが指に掛かった。　

　拾い上げたのは、そこそこ太い節くれだった木の枝。そいつをブンブンと大きく振るう！

「おらぁ！」

「ギャギャッ！？」

　だがヤツは、最初こそ少し警戒したものの肩を竦め、馬鹿にした様な目で俺を見たかと思うと、あろうことか鼻をほじくり始めた。コイツ、たかがゴブリンのくせに舐めやがって！　

「ギギャア？」

「ザケんな！」

　最弱モンスターの代表格であるゴブリン如きに、ここまで良い様にされてかなり腹が立つ！　が、寝転んだ今の状況はさすがにマズ過ぎる！

「ちっ！　当たれ！　こっち見んな！」

「グギャ？　ゲグゥアァ……」

　手に持った木の棒で牽制しながらなんとか隙を窺っていると、ゴブリンがクアッと欠伸をした。今だっ！

「はぁあっ！」

　急いで立ち上がり、反対側へとダッシュして距離を取って、振り返る。

　しかし、ゴブリンに焦る様子は無く、首をコキリと鳴らしては蔑む目で俺を見ていた。止めろ、その半開きの目！　

「このやろう、俺が弱いって決めつけてやがんな！？　ゴブリンのくせして生意気なんだよ！　お前なんて所詮（しょせん）、チュートリアルモンスターでしかないんだからな！」

　ヤツの舐め切った態度にますます腹が立ち、指差ししながら吠える。

　だが、この世界にチュートリアルという言葉が存在しないのか、はたまた言葉も通じない魔物（バカ）だからだろうか、ゴブリンは「ギギャ？」と首を横に傾けただけ。

　しかし、通じないなりにバカにされているというのは分かったのか、少し間を置いて「ギャギャア！」と一つ吠え地団太（じだんだ）を踏んだあと、ヤツはこん棒を振り回しながら再び襲い掛かってきた！

「来い、チュート野郎！」

　これ以上チュートモンスターであるゴブリンにデカイ顔されるのが癪だった俺は、正面にゴブリンを見据え、迎え撃つ為に腰を落とし、持っているひのきの棒──もとい木の枝を構える。

「グギャギャア！」

　それを見たゴブリンは、冷淡な笑みを浮かべ喜悦の混じった雄叫びを上げると、さらにこん棒を振り回す。

　それに俺が木の枝を合わせようとした次の瞬間、ヤツのこん棒がその軌道を変えた！　その向かう先は俺の右脛（すね）！　

　──が、俺だって、ただ構えてヤツの攻撃を待っていた訳じゃねぇ！　

「うらぁ！」

　こん棒の軌道が変わったほぼ同じタイミングで、身体を斜めに傾けながら右足を上げ、中年太りみたいに弛んだゴブリンの腹を横から蹴り付ける！　　が──

「痛ぇっ！？」

　蹴りが入って呻いたのはゴブリンでは無く俺の方だった！　か、硬ぇ！？　古いゴムタイヤでも蹴り付けたみたいだったぞ！？

「ギギャアァ！」

「やべぇっ！？」

　ゴブリンを蹴り付けた右足に走る鈍痛に顔を顰めつつ、急いで地面を蹴り付け、ゴブリンの振り下ろしたこん棒からなんとか距離を取る。　

「クソ！　マジかよ……！」

　自分よりもかなり小さい、それこそ小学生くらいの身長しかないゴブリンならば、自分が蹴り付ければ簡単に吹き飛ぶと踏んでいたが、現実はそんなに甘くなかった。暗闇でよく見えないが、アイツは筋肉の塊か何かか！？

「ただのビールっ腹じゃねぇのかよ。冗談じゃねぇぜ」

　自分よりも下に見ていた相手の思わぬ強さに慄（おのの）く。

　それが顔に出ていたのか、「ギャッギャッ」と、ゴブリンがその醜い腹を掻きながら笑っていた。腹を掻くんじゃねぇ！　ほんとムカつくなコイツ！

「ウルセェ！　テメェがどの位の強さか知らねぇけど、あまり舐めてると痛い目を見るからな！」

　今も引かない右足の鈍痛と痺れをヤツに気付かれない様に虚勢を張ってみたが、実際に痛い目を見たのは舐めてかかった俺だった。今はまだアイツの攻撃が速くないから躱せているが、このままではほんとマズい！

　だが、ヤツを倒すこれといった解決策も見つからねぇし、逃げるにしても依然としてどこだか判らない森の中ときてる。俺をこの世界に連れて来た存在とやらも、一向に現れる気配も無ぇしよ！

「本当、冗談じゃねぇぞ！　責任者出てこい！　運営出てこ～い！！」

　ゲームじゃないので運営が居ない事は百も承知だが、さすがに頭にくる。　

　幾ら俺が勇者で相手がチュートモンスターとはいえ、さすがに限度がある。このままじゃあ、ゲームスタートがゲームオーバーになりかねん！

　俺をこの世界に連れてきたヤツは、一体何をさせたいんだ！　社畜とゴブリンを戦わせたかったのか！？　こちとら、生まれてから今までケンカすらした事も無いヘタレなんだぞ！？　戦わせたいのなら、俺をもっと強くしてくれよ！　ただの一般人にどんな強さを求め──……。

　そこまで愚痴っていた俺の頭に、一つの希望が生まれた。

「──そうだよ、強さだよ！　なんで気付かなかったんだよ！　アレだよ、アレ！　アレを見なきゃ、始まらねぇだろ！　ははは、頼むぜ俺！」

　あまりの失態に笑えてくる。

　まさかアレを忘れるなんてな！　それほどまでに、ゴブリン（ヤツ）の印象が強烈だったのか、それとも憧れの異世界に来た事で浮かれてしまっていたのか、あるいはその両方か。

　だが挽回することはまだ出来る！　いや、これからがやっと本番だ！

「すぅ～」と思い切り息を吸い込むと、今までの愚痴文句ストレスを発散するかの様に、力強くその言葉を口にした！

「──ステータスっ！！」