かかるぜっ

 ピピ


 アレク第一王子の執務室に暗号通信の着信音が鳴った。

 

 『22360679』


 アレクが机の上のコンソールに素早く暗号を打ち込む。

 部屋に光の板が空間表示された。

 通信には、黒い軍服に黒い艦長帽の男がうつる。

 背後には、計器類が所せましと並んだ艦橋。

 中央には丸い柱。

 柱には折りたたまれた取っ手とスコープがついている。

 潜望鏡だ。


「アレク王子、”ナハト・ラウフェン(夜を走るもの)”麾下、Uボート五艦、出港準備完了しました」

 ”ナハト・ラウフェン”は破壊工作や暗殺任務に就く特殊部隊である。


「第二王女とサカイが接触するという情報が入った」

 アレクは、金髪碧眼の美丈夫だ。

 鮮やかな金髪の前髪を揺らす。


「はっ」

 鋭い目つきの艦長が、チラリと王子の右横を見て一瞬怪訝な顔をした。


「第二王女とサカイを排除せよ」

 とアレクが言いながら手を前に出した。


「はっ」

 通信が消える。


 ――東和人か

 ――ニャンドロスとの戦争は、予想では三倍の時間がかかるはずだった

 ――サカイというレジスタンス一人が三分の一で終わらせた

 ――本音をあまり出さない、東和人独特のアルカイックスマイル

「不気味だ」

 アレクがうつむきながら言う。

 ――東和人の勢力を減らさなければ

 アレクは、誰もいない執務室で深く考え込んだ。 


 その時だ。

「……Uボートを五艦ですか……」

 右後ろから女性の声が聞こえた。


「な、何っ」

 右に振り向いた。

 そこには、黒い目に黒髪を後に丸く束ねる、170センチくらいの身長の東和人女性が立っていた。

 メイド服を着ている。

「お、お前は誰だ」


 バッ


 謎のメイドが椅子に座ったアレクに覆いかぶさる。


「むー、むー」


 メイドがアレクの口を片手でふさいだ。

 卓越した体術で抑え込む。

 アレクの前に無感情で無機質なメイドの瞳。


「こんばんわ」

 メイドの平坦な声。

「むっ むー」 

 ――こ、殺されるのか

 アレクが目を見開く。

 メイドはおもむろに着痩せする胸元から何かを取り出した。


 プラン


 糸に吊された五円玉だ。


「風魔流幻術、催眠五円殺」

「アナタハネムクナ~ル、ネムクナ~~⤴ル⤵」


 メイドが、平坦な声と共にアレクの目の前で五円玉をゆっくり左右に揺らしはじめた。



「アレク様、書類をお持ちしました」

 侍従の少年が入ってきた。

 バサバサ~

 床に持っていた書類を落とす。

 視界の先にはアレク王子に覆いかぶさるメイドの姿。

 メイドがゆっくりとアレクから身を離す。

 開いた胸元を直した。

 チラリと着やせする胸の谷間が見える。


「ア、アレクさま」

「ン、メイドの『エリザベス』だ」

「エ、エリザベス??」

 少年は、どう見ても東和人なのに西方風の名前に混乱した。

「え? え?」

 メイドが静かにカーテシーをした。



 ナハト・ラウフェン秘密基地である。

 小惑星の中身をくり抜いたもので、外からは人工物には見えない。

 港には五艦のUボート。

 

「艦長、五艦とも出港準備完了」

「うむ」


「もやい(ロープ)を外せ」

 艦を固定していたロープが外される。

「固定アーム解除」

 左右の固定アームが離れ、艦が少し揺れた。

「ダークマター推進機関稼働」

「ダイブ用意」

 艦の下側に銀色の波のさざめきが起きる。

 ダイブワープの境界面だ。


 ジリリリン


「艦長、”コスモ・エニグマ暗号器”に打電」

「アレク王子からです」


「解読せよ」


「はっ」

 

 ダイニオウジョヲイケドリニセヨ

 シショウシャヲダスナ


「です」


「むむ?」

 ――暗殺命令の撤回か

 艦長の脳裏に、暗号通信の時、アレク王子の横に立つ東和人のメイドがよぎる。

 ――東和人を毛嫌いしている王子の横に……か?

 少し頭を振り、違和感を振り払った。

「他の艦にも伝達しろ」

「はっ」

 通信兵が伝達し終えた。


「ダイブイン」


 五艦のUボートが港から直接ダイブ空間に沈んでいった。

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