第61話 欠陥奴隷は魔族の進化を見届ける

 兵士と冒険者がにわかに活気付く。

 彼らは凄まじい勢いで魔物達を撃破していった。

 敵の大将が死んで誰もが大喜びしているのだ。

 士気も一気に上がっており、明らかに雰囲気が変わっている。


 三人の英雄も肩の力を抜いていた。

 強敵を倒して安堵したのだろう。

 いくら圧倒していたと言っても、相手は魔族である。

 油断できない戦いには違いなかった。


 きっと神経を削るようなやり取りだったのだと思う。

 新人冒険者の俺には未だ分からない部分だ。


(あとは残る魔物を片付けるだけか)


 たまに強めの個体が混ざっているが、さすがに魔族ほどではない。

 既に結界による防御戦法が確立しているところに英雄達が参戦するのだから、戦況はもはや覆りようがなかった。


 積極的ではないものの、サリアも力を貸している。

 このまま一気に勝利できそうであった。


「う、ぐぁ……」


 小さな呻き声がした。

 我に返った俺は振り向く。


 血だまりに沈む魔族が、苦しげにもがいていた。

 その執念に満ちた眼差しは、三人の英雄を捉えている。

 瀕死には違いないものの、明らかにまだ戦意が感じられる様子だった。


(まだ生きていたのか)


 俺は静かに驚く。

 さすがに死んだと思っていたが、種族的な生命力で耐えたようだった。

 改めて魔族の底力を思い知らされた気分である。


 そんな魔族は何かを握っていた。

 目を凝らすことで、それが紫色の結晶であるに気付く。

 大量の魔力が内包されており、なんとなく邪悪な気配もした。


 魔族の動きに英雄達も気付く。

 すぐさま止めを刺そうと動き出すが、その前に魔族が策を打った。


「舐めんなよクソがァ!」


 魔族が全方位に衝撃波と雷撃を放つ。

 射程は短いが、密度と威力が今までと段違いだった。

 霧の刃や血の縄を消し飛ばされて、その間に魔族が結晶を握り砕く。


 刹那、紫色の光が解き放たれた。

 極光が辺り一面を照らし上げながら、満身創痍の魔族を包み込んでいく。


 やがて光が消えた。

 目を閉じていた俺は、顔を顰めながら何が起こったのかを確認する。


 そこに立つのは、完全回復した魔族だった。

 しかも肉体が明らかに変容している。


 丸々と太った巨躯は、引き締まったものになっていた。

 鱗に覆われているのは変わっていないが、明らかに筋骨隆々だ。

 全体的に洗練された体格となっている。

 あと少しでも容姿が変化していれば、同じ魔族とは思わなかったろう。


 元から強大だった魔力はさらに増幅されている。

 三人の英雄を足しても尚届かない。


「再誕の秘術だ。寿命が縮まるが、死の淵から蘇ることができる。お前らごときに消費したのは癪だが、まあ仕方ねぇだろう」


 嘲りに近い表情を見せた魔族は悠々と語る。

 先ほどまでの憤怒や憎しみは、すっかり消え去ったようだった。

 むしろ余裕さえ感じられる。

 こちらを見下す態度は相変わらずだが、不気味なほどまでに落ち着いていた。


「ふうむ……」


 魔族が三人の英雄を見やり、彼らに人差し指を向ける。

 そこに魔力が集まる様を知覚した。

 黒い光の瞬きが見える。


(また雷撃と衝撃波か?)


 見た目が変わっても、基本的な攻撃が変わらないらしい。


 先ほどまでの戦法通り、ダンが二人の前に立って防御の姿勢を取った。

 彼ならばどんな攻撃でも跳ね除けてみせる。

 故に"鉄壁"の二つ名を持つ。

 その優れた技量は、ここまでにたくさん見せつけられていた。


 次の瞬間、魔族の指先から何かが放たれる。

 ほぼ同時に破裂音が鳴り響いた。


 直線状にいたダンの盾に穴が開いている。

 そして彼自身の頭部も、跡形もなく消滅していた。

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