13 黒の魔女の頼み(3)


 グレッシェル公爵は王都の大きな屋敷に住んでいる。最近年若い妻を迎えたのはアニエスの夫、ベルナール・ド・フォントネル公爵に対抗する為であったと聞く。政治的なライバルとかではなく、単に一方的に張り合っているのだ。

「マウントを取りたい人とでもいうのかえ」

 アンテナを張り巡らしている黒の魔女が、烏から仕入れた情報を教える。

「とてもうざい種類の人間のようね」

 ユーディトとセルジュは顔を見合わせる。


 グレッシェル公爵は癖ッ毛の茶髪と髭を生やした、やや太り肉の中年の男であった。

「何をしにやって来た、ベルナール卿」

 と、いちゃもんを付けたが嬉しそうであった。

「生憎、私は若くて綺麗な嫁を貰ったところだ。そんなにゾロゾロと綺麗どころを連れて来られても、相手の仕様が無いが、折角連れて来たのだから二人くらいは引き受けてやっても良いぞ」

「何じゃこやつは」

「引き受けるとか何なの、新婚ではないの?」

 黒の魔女とユーディトは早くもジト目で元王弟殿下を見る。


「さよう、若く美しい妻を迎えたというのに、子が出来ないのだ」

 ユーディトはこの男の言い草に呆れ果てる。

「子など授かりものでございましょうに」

「いいや、調べて貰ったら子種が人より薄いと言われたのだ。ベルナールの嫁がナスタチュームを育てているというではないか、きっと私に嫉妬して、その根を私に飲ませたに違いない」

「私は可愛いアニエスと結婚出来て幸せ一杯なのだ。君に嫉妬する暇なんかないよ。言いがかりは止めてくれ」

 ベルナールはアニエスを引き寄せて反論する。


 ユーディトは腕を組んでじっと男を見ていたが、おやと首を傾げた。

「あら、アンタ呪われているわ」

「何だと」

「ほら、下半身に黒い靄がかかっているわ『現れよ、可視化』」

 するとグレッシェル公爵の腰の周りに黒い靄のようなモノが現れたのだ。靄は彼の腰の周りを、それこそモヤモヤと蠢いている。

「うわ、これは何だ! 変な魔法を使うな」

「無いものは出せないけど、あるものは出せますの。これは呪いだわ、誰に呪われたの。心当たりは」

「心当たりが有り過ぎて」

「結婚したばかりの若く美しい奥様がいらっしゃるのに、なんて下種でクズな男なの」

「最低だな。帰るかユーディト」

 セルジュも呆れて、すぐにでも帰りそうな勢いだ。

「その呪いは大したことないから甘んじて受けるのね」

 ユーディトは男に手をヒラヒラ振って、セルジュと一緒に帰ろうとする。

「おい、誰に向かって言っている!? こいつらを捕らえよ。折角だ、こいつは慰み物にして私に逆らえないようにしてやろう」

 グレッシェル公爵が腹を立てて喚く。従者に命じて二人を捕らえようとした。


「いい加減にしろ。私の客人をそのように扱うとは許せない」

「素敵ですわ、旦那様」

 みんなを庇って立つベルナールに、アニエスが嬉しそうに寄り添う。


 グレッシェル公爵が悔しそうに口を噤むが、そこにユーディトの茶々が入る。

「あたしの旦那を見て、ものすごく綺麗な顔をしているでしょ。無愛想でぶっきらぼうだけどさ。あんた何、顔だけでも負けているというのに、その租チンで私の旦那様に勝てると思っているの。ちゃんちゃらおかしくて臍が茶を沸かすわ」

「よりによってそこで貶すとは、貴様可愛がってやろうと思ったが甚振ってやろう」

「同じじゃない」

 不毛な言い合いに堪りかねて、セルジュがユーディトを窘める。

「お前がそうやってあいつを煽るから、あいつがいつまでも絡んで来るんだぞ」

「だって本当の事しか言ってないもの」

「イチャイチャすんな」

「煩いわね租チン」


 セルジュは「はーー!」とため息を吐いて言う。

「お前、物凄い恨み買っているだろ。大体出会った時からして呪われていたしな」

 セルジュとユーディトは顔を見合わせた。そうだ、ユーディトが呪われていて、ふたりは出会ったのだった。

「まあいいか、帰ろう」


「おい、そこで帰るとか何なんだ、何とかしてくれ。私には跡継ぎが必要なんだ」

「コレ、呪い消しの薬。いる?」

 ユーディトは胸の間からポイと薬を取り出して、グレッシェル公爵に見せびらかす。

「お前、そんなモノがあるのか」と、セルジュの方が問う。

「あの時は椅子に縛り付けられて作れなかったのよ」

「あの魔術師、本当にロクでもないな」

 セルジュはユーディトと出会った原因の魔術師を思い出そうとしたが、影が薄すぎて顔も思い出せない。


「おい、そこでイチャイチャしてないで早くその薬を寄越せ!」

 グレッシェル公爵が溜まりかねて催促する。

「未来永劫関わらないと誓ってくれたら差し上げるわ」

「わ、分かった。お前たちには未来永劫関わらん」

 ユーディトは書類を取り出して「はい」とサインを要求する。書類にはきっちりグレッシェル公爵が言った言葉が書き記されていた。

「いつの間に……」とブツブツ言いながら公爵がサインする。

「これでいいか」

「はい、確かに」

 ユーディトはサインを確かめて書類を胸に仕舞い込む。

「じゃあまたねー」

「違うだろ」

 ユーディトとセルジュは少し言い合いをしながら帰って行った。

 あの魔女には二度とお目にかかりたくないと、公爵は思った。

 でもあの男にはちょっと食指が動くが……。



「ありがとう。じゃあ私はこれで──」

 黒の魔女はアニエスから薬を頂いて帰ろうとしたがユーディトに引き留められた。

「ちょっと、お礼がまだですわ」

「あんた、私からお礼を貰う気?」

「当たり前でしょう」

 ユーディトとセルジュ、アニエスの圧まで付いて黒の魔女は負けた。

「コレ、向こうひと月分の烏お使い券」

「しょぼいわね」

「わたくし、烏の羽が頂きたいわ、ちょうど今作っている物の材料に──」

 アニエスの言葉に、そこに居た烏達はバサバサバサと飛び立って、あっという間に居なくなった。黒の魔女もこれには驚いた。先見する間もあらばこそである。

 羽根が少し落ちていたのをアニエスが拾って「これくらいあったら足りますわ」とにっこりした。

 いったい何を作る気だろうかと、思ったが聞かない事にする三人。


 黒の魔女は空を飛ぶのを嫌がって、地をのんびりと転移して帰ったそうな。

「遠慮しなくてもいいのにねえ」

「まあ好き好きだしな」

 ユーディトとセルジュは気ままな空の旅を楽しみながら我が家に帰ったのだった。



 五話 終

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