11 黒の魔女の頼み(1)


「こんな所に棲んでいるのかえ?」

 ユーディトが薬の材料を調合していると、いきなり言葉を掛けられた。

 振り向くと黒い影が現れて、それが長く伸びて実体化した。

「あら、黒の魔女様」

 ユーディトが座っている仕事机の後ろに、定番の魔女らしい黒のローブに長い真っ直ぐの黒髪、赤い唇の女が立っている。


 黒の魔女はこの国の魔女を束ねる存在である。別に束ねて何をするという事はなくて、大事があった時に集合をかける立場であった。偶に魔女の間を取り持つこともある。

 魔女同士はめったに会わないが、誰かが死んだら分かるようになっている。虫の知らせという奴だ。そういう時に集まる場所であった。

 黒の魔女は先見の魔女であった。たいした先は見通せないが、すぐ先は見ることが出来る。見ようと思って見るのではなく、映像が飛び込んでくるのだ。


「総合力の問題ね」

「そうなの?」

「そうよ。わたくしのように頭が良くて、容量が大きくて、顔も綺麗であちこちにアンテナを張り巡らせて情報を収集していると」

「単に烏を使い魔にしているだけじゃない」

「わたくしは鷹揚なの。その減らず口を今度ほざいたら、暗闇に閉じ込めて、嬲り倒して、虐め倒して、甚振り倒して──」

「語彙が少ないわねえ」

「うるさい、お黙り。こんな作者じゃあ語彙も少なくなろうと──」

 途中で口を噤んで、二人は辺りを見回す。


「──で、何の用なの」

 ユーディトが仕切り直した。

「わたくしの情報収集にあんたが引っかかったのよ」

「老人は話が回りくどいわねえ」


 そこにユーディトの夫のセルジュが帰って来た。

「ただいま」

「お帰り、セルジュ」

「客が来ていると知らせが入ったんで帰って来た」

「まあ、ごめんなさい。仕事は大丈夫?」

「終えて帰った」

 そう言ってチラリと黒の魔女を見る。その無機質な水色の瞳で。


 セルジュは家に結界を張っていて誰も入れないようにしている。魔女に仕事を頼みに来る者には荒っぽい者も多いからだ。最近露出が増えてそういう者も増えたので、出かける時には念入りにあれこれ組んでいる。

 しかし、セルジュの張った結界を突破できる者がいるのだ。誰かが家に入ればすぐに分かるようにしたのだがそれだけでは飽き足らず、ユーディトが面白がって魔獣の目で魔道具を作った。部屋の様子が映像になって送られるのだ。

 緊急かどうか見分けが付くというものだ。


「んまあ、この綺麗な人形はなに?」

 最近ユーディトがセルジュを構って、着せ替え人形みたいに色んな服をあれこれ着せている所為で、今日のセルジュは淡いブルーのシャツに白のベスト、白のズボン、キャメルの編み上げブーツ、シルバーラビットのケープ姿で、頭にシルバーラビットのフラップキャップをかぶっていた。


 黒の魔女はセルジュの方に二、三歩歩みかけてぎくりと立ち止まった。

「ぎゃああーーー!!」

 ものすごい悲鳴を上げる。

「ど、どうしたの?」

 セルジュもびっくりして見ている。

「ゼイゼイ……。い、今、物凄いものが見えて……」

 ユーディトとセルジュが首を傾げる。

「その男は病気持ちかえ?」

「ああ、こちらは先見の魔女様なの」

 ユーディトが説明する。

「先見……。そっか、俺の蕁麻疹が見えたのか」

「蕁麻疹?」

「うちの人、女性に触れると蕁麻疹が出るのよ。みだりに近寄って触っちゃダメ」

「でも結婚したんでしょ」

「うっふっふー、私だけ触っても蕁麻疹が出ないの~」

 自慢げにふんぞり返ってにんまり笑うユーディト。

「そんな物、薬を作って──」

 黒の魔女が言いかけたがユーディトは物凄い顔で遮った。

「ダメ! 作ったら殺す!」

「ユーディト……」

 セルジュが呆れ半分、期待半分で呼びかけるが、

「ダメ!」あっさり断られてしまう。

「作らないわよ。黒の魔女の名にかけて」

 黒の魔女はユーディトの圧に負けて引き下がった。今からものを頼まなければいけないので下手に出たのだ。ユーディトが胸を張るのが少し忌々しいが。

「よろしい」


 ケープと帽子を仕舞ってセルジュがお茶を入れる。ピンクのヒラヒラフリルのエプロン姿だ。

 黒の魔女がジト目で見る。

「ソレは誰の趣味なのかえ?」

「俺、もっとカフェ風の普通のエプロンがいい」

「そう?」

 ユーディトは生成りのシンプルなエプロンを出してセルジュに渡す。

「あんた、それ何処から出したの?」

「へ? 適当に」

「適当って、窃盗じゃないでしょうね」

「違うわよ。だってほらセルジュにぴったりじゃない?」

「そういえばさっきの服もそうなの?」

「そうよ。無いものは無いけど、在るものはあるの」

 一体先代の魔女はどういう教え方をしたのだろう。

 ユーディトは当たり前という顔でお茶を飲む。セルジュが作り置きのミンスパイを切り分けて出してくれる。

「これは?」

「これはセルジュが作ってくれるの。彼、お料理が出来るのー」

 そう言ってまた自慢げにふんぞり返った。その隣のソファでセルジュがのんびりお茶を飲んでいる。淡い水色の髪、水色の瞳の中性的な美貌の男だ。

(こんなお人形が欲しい!)

 黒の魔女はセルジュを横目に見ながら思ったが口には出さない。


「黒の魔女様はその服をどうやって出しているの?」

「私はちゃんとお店で誂えたわよ」

「へえ、そうなのね。私は服は呼んだら出て来る物だとばかり思っていたわ」

「あんたの着ているその服もそうなのかえ?」

 ユーディトはごく普通の濃いグリーンのデイドレス姿だ。生地は高級シルクの着心地の良さそうな綾織で、細かい刺繍が模様のように全体に入れてあり、同じ糸で作ったレースが袖や襟を飾っている。物凄く高そうなドレスである。華美ではないが非常に細やかで丁寧で美しい。

「そうよ」

「あんたのお師匠様がどういう風に教えたか気になるわ」

「別にそれでいいって言ったわよ」

 どうもこの魔女は規格外のようだと黒の魔女は思った。

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