呪われた魔女と女嫌いの冒険者
綾南みか
01 トレントの魔女(1)
ミュンデ伯爵領の領都の外れに、その屋敷は建っていた。
正門の向こうには、手入れされていない樹木が伸び放題の庭園が広がり、誰も住んでいない屋敷と相まってお化け屋敷そのものであった。
セルジュは正門のカギを手に、門の中を窺う。
まだ若い冒険者は、腰にレイピアを下げ、黒いトラウザーズにショートブーツ、キナリのシャツにチャコールグレーのベストを羽織っている。中肉中背で華奢、女にも見まごう綺麗な顔立ちをしていた。
今日、冒険者ギルドで受けた依頼は、この屋敷にいる何者かを退治して欲しい、というものであった。
屋敷を掃除して誰かに売り払うから、アンデッドか魔物がいるなら退治しろという事だろう。
見た感じ、アンデッドも、魔物の気配も無い。無造作にカギを開けて、スタスタとセルジュは中に入って行った。
屋敷の中は薄暗い。セルジュはライトの魔法を頭上に灯して、一階二階三階と調べて行った。
襲い掛かってきそうな甲冑の置物や、不気味な白い人魚の像、そして薄気味悪い肖像画の数々はあった。破れて垂れ下がっているカーテンもあった。ネズミも出てきた。
しかし、何者かは居ない。
この屋敷には地下一階と貯蔵庫があるという。先に近くにあった貯蔵庫を調べ、そこも何もなくて、地下一階の部屋に向かった。
そこに何もなければ、今日は無駄足である。何度か足を運ばねばならない。
ため息を吐きながら、地下一階の無駄に重たい両開きのドアを開けた。
地下一階は広間であった。天井は高くシャンデリアが下がっていて、壁はカーテンと鏡、テーブルと長椅子が置いてあり、アーチ状の通路の向こうには階段とドアがいくつか見えた。パーティをする部屋だろうか。
階段は中庭に続いていて、水路と涸れた噴水があった。
戻って、ドアを一つずつ開いてゆく。ベッドと長椅子が置いてある。
どうも、いかがわしいパーティなどするには最適な部屋のようだ。
そして、最後の部屋にそれは居た。
長椅子の上にカカシが置いてある。最初はそう見えた。
問題はそのカカシが、ぎょろりとセルジュを見た事だ。
「何、アンタ、カカシ?」
「違うわよ」
カカシはしゃがれた声で答えた。
カカシに見えたのは長い藁色の髪の所為だった。黒のローブの下にスカートをはいているから女なのだろう。
「オレ、ギルドで依頼受けて来たんだけど、アンタ討伐していいの?」
男がとんでもないことを言う。カカシは慌てて答えた。
「動けないのよっ!」
「何で?」
「ここから動けない呪いにかかったのよ。もう3ヶ月になるの。そろそろ逝きそう……」
体力も魔力も限界な声でカカシは言った。
カカシは魔法で冬眠状態になって凌いできた。しかし、そろそろ魔力が尽きそうであった。
「ちょっと、何死んでんのさ、呪い解く方法知ってんの?」
「知らない……」
セルジュはしばらく考えた。
「呪いを解くってキスくらいしか、思い浮かばないな」
「出来るの? この、干からびた私に……」
「うーん、オレ女嫌いなんだけど、違約金払うのやだし、お前女っぽくないし」
セルジュは勝手なセリフを並べながら、カカシの頬にちょっとキスしてみた。すると、簡単にカカシは椅子から剥がれた。そのままずるずると床に落ちて行く。
「うわっ、死ぬな!」
慌てて担ぐと、カカシは驚くほど軽かった。
そのままカカシを担いで、屋敷を出て鍵をかける。
「土よ、我が意を聞け。帰還」
二人の姿は消え、お化け屋敷と反対方向にあるセルジュの家の裏口に設置した魔法陣に帰った。
***
ベッドにカカシを転がして、コップに水を汲んでくる。
抱き上げて「水飲め、少しずつ、ゆっくり」と、カカシの口に持ってきた。
カカシは大きなまん丸の目を、ぱちぱちしながら水を飲んだ。
「ここ何処?」
一息ついたカカシが聞いた。
「オレん家」
「いいの?」
「何が」
「彼女とか……」
カカシは遠慮がちに聞く。途端にセルジュは噴出した。
「ブハッ……、お前、女に見えるかよ」
「し、失礼ね」
セルジュは何度かカカシに水を飲ませると「重湯作ってやっからな」と、部屋を出て行く。やがてスープのような液体の入った深皿を持ってきた。
「はい、あーん」
カカシを胸に抱き、スプーンに入った液体を口元に持ってくる。
「世話焼きね」
カカシは男の寄越すスプーンと、男の顔を交互に見ながら言った。
男は「フン」と小さく鼻を鳴らした。
綺麗な男だ。黙っていると女にも見紛う綺麗な顔。
淡い緩くウェーブした水色の髪を、首の後ろでリボンでくくっている。
華奢な体格。言葉付きはぶっきらぼうで、遠慮会釈なく喋るが。
やがて深皿を持って立ち上がった。
「夜はポリッジにしてやる」
「ありがとう。私、ユーディト。魔女なの」
「オレはセルジュ。冒険者だ」
そんな細い身体で冒険者なのか。背の高い女と同じくらいの身長、器用そうな細い指、きびきびと動いて、まるで足音も感じないけれど。
***
セルジュは冒険者ギルドに行って、ギルド職員のタデウスに依頼達成を報告した。
「地下の一番奥の部屋にカカシが居たんで、取り除いた」
屋敷の地図を出して説明した。
タデウスの顔が屋敷の地図とセルジュの綺麗な顔を往復する。
「カカシ?」
「干からびた魔女。それ以外は何もいなかった」
「干からびた魔女?」
「死にそうだったんで、一応、家に回収した。本人が言うには呪いをかけられたそうだ。しばらく俺ん家で保護する。何かあったらまた報告する」
タデウスは顔を顰めた。色々突っ込み所が有り過ぎる。
しかし、目の前の男は気にする様子もなく、もう報告は終わったとばかりにタデウスをじっと見る。
三十過ぎの妻子持ちのタデウスでも、この綺麗な顔とずっとお見合いをするのは心臓に悪い。タデウスは咳払いをして依頼の内容を確認した。
何者かを退治、コレが魔女を回収に当たるかどうかだが、その場に居なくなったのであれば依頼は達成とみていいだろう。
セルジュは何かあったら報告すると言っているし。
「なるほど、ご苦労だった。これが報酬だ」
セルジュはタデウスに報酬を貰って、じゃあなとそのままギルドを出た。
途中何人かのギルド職員やら冒険者が振り返って見る。しかし誰も近寄らない。
半年前にこのミュンデ伯爵領の領都にふらりと来て居ついた男は凄腕であったが強度な女嫌いで名を馳せていた。何せ女が触った途端、蕁麻疹が出るのだ。
何度か猛者が突撃して触った途端、酷い蕁麻疹を起こされた。綺麗な顔がたちまち真っ赤に膨れ上がるのを見て、周りが阿鼻叫喚の大騒ぎになった。触った方がトラウマに陥るレベルの騒ぎだった。今では女は誰も近付かない。それはセルジュの望む所ではないのだがもう諦めている。
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