第33話 忘れもの

 二日後。俺は、帰るまでが遠足というように慎重に帰路に着いていた。ケセド川を見ると、戦いで汚れた土砂は流れ切り、澄んだ水が何事もなかったようにそよそよと流れている。


 しばらく進むとようやく神樹の幹が見えてきた。


「あっ」


 目を凝らすと幹の上の方にマルクト王国旗を振っている人々が見えた。どうやら無事に水が湧いたらしい。


 神樹北門が開き、赤毛のクローザが飛び出してきた。


「本当にやりやがったんだな! お前たちすげぇよ!」


 俺達の背後にはミノタウロスの首が一つ。もう一つは流されて回収できなかった。まぁこれで証拠がないと喚きそうな貴族も黙ることだろう。


「クローザ殿のお陰でごわす。巨獣を加工してくれていなかったら負けていたかもしれないでごわすよ」


 クローザは照れて日焼けした頬を掻いている。かわいい。


「はん、謙遜気持ち悪りぃな!」


 No.4ドロダンゴのお腹を殴られる。音が響いて本体の俺が驚いてしまった。寿命が0.1秒縮んだ、かもしれない。まぁ今は何をされても許す!


「ほら早く上に行こうぜ! みんな待ってるから!」


 相変わらず謎なファンタジー昇降機に乗って、上へたどり着くと驚くべき光景が広がっていた。国中の人間が集まったんじゃないかと思うくらい視界いっぱい王国民で溢れていた。


「おかえり!」

「すげぇよお前ら!」

「っぱポテトさんよ」


 賞賛の言葉に歓声の嵐。歓声ボタンじゃ得られない感動がそこにはあった。良かった。本当にみんなを救えて良かった。


 辺りを見回すと、お礼を述べたい知り合いが何人もいた。


 まずは騎士団No.1のファイアを茶髪ロングの踊り子トマティナの元へ向かわせる。


「よっ!」


「あら、初めに私に会いに来るなんて気があるのかしら?」


「んなわけないだろ。お前は赤いドレスで目立つからに決まってんじゃん」


「相変わらず正直者さね……そこが良いのだけど。それとお前じゃなくてトマティナね。いい加減覚えなさいな」


「トマト女な」


「私にあんな“汚い仕事”させといて名前も覚えてくれないなんて酷いわ」


 ミノタウロスのフンの件だ。周囲がざわついている。


「その言い方は誤解生むだろ!」


「じゃあ、トマティナ、ね?」


「わーったよ。トマティナ。手伝ってくれてありがとな」


 チロっと舌を出しておどけるトマティナ。かわいい。デレデレしていると彼女が耳元まで近付いてきてささやいた。


「今度勝利のダンス教えたげる。二人きりで」


 うひょー。


 ニヤニヤしていると、金髪三つ編み少女のムギッコがNo.93豚兜のトンカツに向かって走ってきていた。


「トンカツー! おかえりー!」


 ムギッコが思い切り胸に飛び込んできた。それを受け止めてぐるぐると回る。


「ムギッコ、ただいまトン」


「あのね、いっぱいね、神樹様からお水出てきたよ!」


「それは良かったトン」


「これでいっぱいパン作れるし、食べさせてあげれるよ! ありがとね! トンカツ!」


 ムギッコが顔をすりすりしてくる。大体お邪魔虫だけど、今日は格別にカワイイなぁ。


 続けてNo.17ゴリラ型の兵ウホホイは修道女ナナバさんの元へ。


「ウホ!」


 ただいま!


「おかえりなさいウホホイさん!」

「おかえりー!」

「ウホホイすげぇ!」

「ありがとうウホホイ!」


 孤児達も出迎えてくれた。笑顔が眩しい。


「勝利のお祝いに遊ぼうぜ!」

「球蹴りしよ!」


「もう、ダメよ。ウホホイさんは疲れているんだから」


 ナナバさん、あれを、あれをしてくれぇ……。俺は彼女に向けて精一杯の念を送った。それを察してか彼女がゆっくりと近付いてきてウホホイの頭に手を置いた。


「ウホホイさん、よくできました。いい子いい子」


 ママぁ!


 一方その頃、No.99ポテトは豚鼻の中年キャロブゥに会っていた。


「ぽ、ポテトさん、ちぃーす!」


 ドリル肩パッドを付けたキャロブゥ率いるポテト信者がやってきた。変な服作んなよ。


「良かったら酒でも飲みながら武勇伝聞かせて欲しいっす!」


 液体は隙間から漏れちゃうからなー。


「語ることはない。察しろ」


「か、かっけぇ。よし、お前ら! 察しろよ! ポテトさんはお疲れなんだ邪魔すんじゃねぇ!」


「はい! 察します!」

「察しろ……すげぇ名言だ……心に染み渡るぜ」

「英雄は多くは語らないということか……ぱねぇ」

「ポテト語録きたぁ!」


 また話がこじれてる……。まぁいいか。


「さすがポテトさん、ゼロとは大違いだぜ」


 おい余計なひとこと言うな。相対的に物事をはかるんじゃないよ。


 その後、色んな民衆が色んな鎧兵にいっぺんに話しかけてくる。


「それでさ——」

「どうやって——」

「酒でも飲まないか——」


 もー、対応できないだろ。しゃーない、とりあえず鳴き声モードだ!


「ファイアファイア」

「アイスアイス」

「あわわ」

「ごわすごわす」

「エアロエアロ」

「あらあら、うふふ」

「いや、まさかな——だがあるいは——」

「アンタ達、おだまり!」

「ハチハチ」


 以下省略。うんうん、大体いるな。あれ、でも一人足りないような。モニターをくまなく見ると一人だけ水中映像が映っていた。No.6陽キャのサンダーのだ。あー浮かれてたから回収すんの忘れてた。


「そういえば全員無事でいいんだよな?」


 平民の男からちょうどいい質問がきた。ここは一人ぐらい犠牲者を出しておいた方がリアル感出るか? よし、どうせ操作持て余すし殺そう!


「いや、実は一人サンダーが……」


「さんだぁ?」

「誰?」

「そんな奴いたっけ?」


 まずい、俺が陽キャじゃない故に使ってなかったせいで認知されていない。……うん、やっぱ死人は良くないな!


「いや、生きている。ちょっと一人で水遊びして遅れているだけだ」


 うん、やっぱ不死身の騎士団設定で行こう。そうしよう!


 ということで帰らぬ人は居なかった。


「よし、大体挨拶は終わったな」


 馬の兜を被って騎士団の真ん中に隠れていた俺本体が満足して頷いた。


 女王マルメロや教皇、近衛兵シトローンはいないが、まぁ色々と忙しいのだろう。どうせ後で会えるのでその時にゆっくり話そうと思う。


 ふー、終わったね。さぁ、帰って休もう。


 ……あ!


 忘れてた! 占い師クズヨさんをみていない! ……まぁいいか。友達いなさそうだし、こういう人混みは嫌いなんだろう。また今度会ってお礼を言おう。一応役に立ったし。

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