幕間 一方その頃(2)

 ――……一方その頃、強盗団を倒し終わった〝デュラン・デルト〟は。


「ありがとうございましたっ! この時期が強盗に狙われやすい時期なのはこちらも把握していたのですが、あの規模の強盗団を討伐できるパーティがいなくて困っていたんです。本当に助かりました!」

「当然のことをしたまでだよ。相応の依頼料をもらっているしね」

 時刻は夕方の五時。依頼完了の報告に訪れたアラン達を、アヤが笑顔で応対する。その莫大な金額に、横から見ていた若い冒険者は驚きでざわついていた。

 依頼料の金貨袋を受け取ると、そんな彼らに目もくれず、飄々とその場を立ち去った〝デュラン・デルト〟一行。まずは打ち上げがてら酒場で分配することにした。

 歩いて数分。行きつけの酒場に辿り着いた彼らは、まだ夜には早い時間で空いている店の中、料理と酒を飲み交わす。

「ぷはーっ! やっぱ仕事終わりの酒はしみるなぁ! なあアラン、この後はどうする?」

「せっかくの開拓記念祭だしね、しばらくは自由行動にしようか。……といっても、なにかあった時は緊急招集をかけるかもしれないけどね」

「りょーかい。私は先にアイテムの補充だけ済ませとこうかしらね。なにかあった時困るし」

「あ、俺も俺も! 買い出しなんて久々だなぁ」

「いつもレイオスが必要なアイテム全部揃えてくれてたものね」

「あいつは用心深すぎるとこあるけどなー。こんなのいつ使うんだよってアイテムまで揃えてたしな、はははっ!」

 美味しい料理に、賑やかな談笑。

 まだ慣れない中、それを聞いていた新参者のセラは、勇気を込めて手を上げた。

「あ、あのっ、みなさん。聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

 視線がセラに集まる。緊張に声を震わせながらも、彼女は聞きたいことをはっきり口にする。

「その、前任者のレイオスさんのことがもっと知りたいんです、お話聞かせていただけませんか?」

「ん? まぁいいけど……何を聞きたいんだい?」

 食事をしながら、いつもの調子でアランが応じる。そこまで深く考えないで声に出したので、質問の内容までは考えておらず、咄嗟に気になったことを問いかける。

「じゃあ……、そうですね、どんな人でした?」

「そうねぇ、無愛想でクール。にみえるけど、実は頭の硬いバカかしら」

「違いねぇや! んで、めっちゃ仲間思い。あいつ俺達のことになると熱くなるからなぁ」

「僕から見た彼は……努力家かな、それこそ行き過ぎるほどにね」

「な、なるほど……」

 ぜ、全然イメージが掴めない……。

 というか、〝黄金の篝火〟で聞いていた話とは結構食い違いがあった。冷徹で、無口で、何を考えているのかわからない――過去にセラが聞いた彼のイメージは、そんな感じだった。

 余計に謎が深まるばかりで混乱するセラに、若干酔いが回っているのか饒舌になっているクレアが笑顔で絡んでくる。

「セラちゃんは真似しない方がいいわよ~。自分にできないことは寝る暇も惜しんで何十時間も練習することで克服するタイプのバカだから、あいつ」

「あー。俺も何時間スパーリングに付き合ったか覚えてねぇや。最初は剣すら持ったことなかったのに、最終的に俺の【四重分身カルテット・ダンス】すら捌けるようになってたしな」

「……それ、現実的に可能なんですか……?」

 最上級冒険者の四人分身攻撃。自分ではどれだけ練習したところで捌けるのはおろか、見切ることすらできるとは思えない。努力でどうこうできる範疇を超えている。

 どれほどの努力を重ねたら、その境地に到れるのだろうか。セラにはわからなかった。

「ある意味では、僕達の役に立つことが生き甲斐みたいな奴だった。そのためにはなんだってする、みたいな危うさすらあるくらいにね」

「………………」

 なんとなく、わかる。並大抵の努力をしていたわけじゃないのは。

 私は――私も、努力していた。その自負があった。けれど、力不足を自認した今の自分には、本当に十分努力していたのか、疑問に思ってしまっていた。

 上級冒険者と、最上級冒険者。その違いを、今肌で感じている。

 一次職だの、ヒールしか使えないだの、そんな悪評は既に吹き飛んでいた。この最強の仲間達に心から信頼されている彼は――そんな言葉遊びの遙か先に行っていることを、認めざるを得なかったから。

「俺、未だになんで追放されたのか納得いってねぇんだよなぁ」

「私も。まぁおじさまの考えだから、何の考えもなしにってことはないんでしょうけど」

 レイオスが追放されてからまだ二日。だというのに、未だに実感が湧かない。

 既に過ぎたことなのについ言葉に出てしまい、言い繕うようにクレアが声を上げる。

「あ、セラちゃんが悪いって意味じゃなくてね?」

「い、いえ! 後任が前任者と比較されるのは当たり前ですし、……それに、私自身力不足なのも自覚していますから……」

 先日の戦いでは、足を引っ張ってしまった。

 もしそのレイオスという人物なら、私と違って、しっかりパーティを支えられたのだろうか。

「そんなに気になるなら、一度レイオスに会ってみたらどうだい?」

「えっ」

 思い悩むセラにかけられた言葉は、思いもよらぬ言葉だった。

「僕らは知らないけど、たぶん冒険者協会のアヤさんならなにか知ってるんじゃないかな。レイオスはアヤさんと仲良かったみたいだし」

 確かに、とうなずくリック。

 ただ、今の自分が会ってもいいのだろうか。自分の意図せぬこととはいえ、無理矢理席を奪った私のことを恨んでないだろうか。そんな不安が膨れ上がる。だが、

「僕らなんかより、先輩として、なにかいいアドバイスをもらえるかもしれないしね」

「……!」

 そうだ、何を弱気になっているんだ。自分が力不足なのは百も承知、大事なのは、これからみんなに追いつくために、何ができるか、だ。

 そのレイオスって人に貶されてもいい。軽蔑されてもいい。でも、このまま足手まといのままは――それだけは、嫌だった。

 強くなりたい。これから先、さらに強くなるためには、先を照らす道標が必要だ。

 会って何が変わるかはわからない。だが、行動を起こさないと変われないことだけは間違いなかった。

 踏ん切りがついたセラは、元気な声で感謝を述べる。

「……ありがとうございます、アランさん!」

「私はあんまりオススメしないけどね。あいつもあいつで規格外だもの」

「そう言って、もしレイオスに一目惚れしたら困るから焦ってんだろ~? あばばばばばば!!」

「あんたは酔い過ぎ」

 酔ったリックに、お仕置きの雷撃。

 相変わらずの風景。賑やかな笑い声が酒場に響き渡るのだった。


     +     +     +


 ――……翌朝。

 一人、冒険者協会に訪れたセラは、その大きな建物を見上げる。

 冒険者が行き交う、荘厳な建物。〝黄金の篝火〟とは違った歴史を感じさせる巨大な建物に、ある人はまた今日も仕事を求めて、ある人は冒険者としての第一歩を踏み出しに。そしてある人は優秀なスタッフから助言をもらいに、この地に訪れていた。

 いつもはパーティ単位で来ることが多いだけに、一人だとこんなに心細いものかと不安になる。いやいや、と首を振って弱気な自分を追い出したセラは、勇気を持って足を踏み出した。

「いやホント、昨日は大変だったねー」

「ま、その分報酬金は奮発してもらったけどな! ハハッ!」

 セラと入れ替わるように、桃色の髪の耳長族エルフの少女、大剣を担いだ赤髪の大男、灰茶色の髪の弓使いの少女の一団が協会を後にする。ふと気になって振り返ってみる。

 仕事終わりだろうか、全身傷だらけの装甲を身に着けているあたり、激しい戦闘を終えてきたのだろう。心の中でお疲れ様です、とつぶやく。

 整然とした広いロビーでは、様々な冒険者が談笑を交わし、掲示板に張り出された新規の依頼を眺めている。狙いは難易度が低くて報酬の高い依頼だ。とはいえ、そういった依頼は張り出されると同時に取り合いになる。この時間になれば、美味しい依頼は大体取られていった後で、見ているのは話の種にするためでしかない。

 残っているのは高難易度に該当する、上級冒険者以上の依頼が二枚、普通、としか言いようのない中級から下級冒険者に向けた依頼が五、六枚。そして、協会直々に出された緊急依頼が一枚――ちらりと内容を一瞥したセラは、その内容を見て感想を抱く。

(冒険者協会からの緊急依頼――この時期だから、珍しくもないんでしょうけど)

 詳細の書かれていない、緊急と書かれている最上級冒険者向けの依頼。恐らくは人手が足りておらず、早期に解決する必要があるが、難易度を確認する暇がなかったのだろう。

 こういう仕事は比較的報酬が美味しい――が、対人要素が含まれるなど、厄介な仕事であることが多い。今のところは誰も受けていないが、最上級冒険者なら美味しい案件だ。――暇している〝デュラン・デルトみんな〟に連絡してみてもいいかもしれない。

「……っと、そうでした」

 今日はこっちが目的じゃないんだった、とセラは窓口に向き直る。

 下級から上級以上の依頼受注窓口まで別途の窓口となっており、下級の依頼受注窓口のところには人が絶えない。

 初心者ならわからないことも多いので、時間がかかりがちというのもあるが――雑用といった依頼は常に絶えないのもある。中級冒険者となっても、下級冒険者用の依頼には長いことお世話になる。……最上級冒険者ともなれば、引っ張りだこだって聞いたことあるけど。

 その上級以上の依頼受注窓口を担当しているのが、アヤ――アヤ・クサナギという受付嬢だ。上級担当の彼女は、その分仕事が少なくて暇そうに――してるわけがなかった。

 窓口に座りながら、険しい顔で机で様々な依頼申請書を処理している彼女。山のように連なる膨大な申請書を、険しい顔で手際よく的確に目を通し、ハンコを押してゆく。

「あ、あの……」

「……! いらっしゃいませ、本日はどのようなご要件でしょうか?」

 邪魔してもいいのだろうか。そう思いながら声をかけるとと、その瞬間人が変わったかのようにぱあっと顔を明るくして、笑顔でこちらに問いかける。

 その変化っぷりに若干驚きながらも、彼女に今回の要件を伝える。

「今日は依頼じゃなくて、アヤさんに聞きたいことがあってきたんです」

「私に? はい、なんでしょうか?」

「レイオス――レイオス・ライトハートって方をご存知ですか?」

「知ってるか知らないかでいえば、もちろん知ってますよ。なんていったってこの都市唯一の最上級冒険者の治癒術師ですから」

 ここまでは想定通りで、ここからが本番だ。ぎゅっと拳を握りしめると、窓口に手を置いて乗り出すように問いかけた。

「彼が今どこにいるか、知りませんか?」

「……? 一応、理由をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

 アヤに聞かれ、昨日の出来事を洗いざらい告げる。

 自分がレイオスの後任に選ばれたこと、先日の依頼で自分の力不足を理解したこと。その中で話に出てくる前任者であるレイオスに興味を持ち、彼の助言が欲しいと強く思ったこと――。

 話を聞き終えたアヤはうんうんとうなずく。

「なるほど。そういうことでしたか」

「はい、もし知っているなら教えていただけませんか?」

 そんなセラの切実な願いに――アヤは静かに首を横に振る。

「残念ながら、冒険者の個人情報をお伝えするわけにはいきません。伝言くらいならできますけど――協会の立場上教えられないこと、それはご理解ください」

「……そう、ですよね」

 当然といえば当然だ。仕方ない。がっくりと肩を落とし、それでも前向きに、伝言を頼んで会えないかお願いしてみようか――そんなことを考えていた、その時。

「で、ここからは独り言なんで聞き流してもらっていいんですけど」

「……?」

 すこし砕けた口調になって微笑むアヤは、



 と、何やら意味深な言葉をつぶやいた。

「それは、どういう――」

 こつこつと、足音が響き渡る。

 右手にある階段から、誰かが降りてくる。

 ふと音に反応してそちらの方を向くと――そこには。


 レイオス・ライトハート。

 緑のコートを着て眼鏡をかけた、落ち着いた雰囲気の白髪の青年が――写真で見たことのあるその姿が、そこにいた。

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