第3話 新パーティ加入(2)

 ひとつため息をついたアヤは、改めて彼らに受付嬢としての判断を告げる。

「まぁ、協会側としての判断は変わりません。いくら自己責任とはいえ、私たちも冒険者の皆様に死んでほしくはないですからね。……ところで、そんな皆様にお話があるのですが」

「……お話?」

 食いついたことを確認したアヤは不気味なまでの満面の笑みを浮かべ、とある提案を口にした。

「いやー実はちょうど手の空いている治癒術師の方に心当たりがありまして。実力的には申し分ないんですが、パーティを組む相手がいなくて依頼が受けられないと困っていたんです。もしよければ紹介致しますので、その人と一緒に依頼を受けてみるのはいかがでしょうか?」

「えっ、ウソウソホント?! こっちとしては願ったり叶ったりなんだけど!」

「ぜ、ぜひ! 良ければ紹介お願いできますか?」

 まるで営業中の商人みたいに、彼らに足りないものを提示するアヤ。

 嬉々として食いつき身を乗り出す少女達の陰で、彼女が打算的な黒い笑みを浮かべているのを俺は見逃さなかった。


「……ということで。レイオスさん、構いませんよね?」


「ああ。俺に異論はない」

「えっ?!」「はぁ?!」「この人と?」

 急に振られた話に、俺は迷うことなく応じる。話の流れからそうだろうなと思っていた。それに、俺としては断る理由はない。

 驚愕、動揺、困惑。三者三様の反応を見せる彼らに向き直ると、俺は一礼と共に自己紹介を告げる。

「俺の名はレイオス。レイオス・ライトハートだ。よろしく頼む」

 どうやらまだ理解が追いついていないようだ。呆然とこちらを見つめる彼らだったが、赤髪の青年はこの名前に心当たりがあったのか、ハッとしてその口を開く。

「レイオスだって? あの?」

「え? バル知ってるの? 実は有名人だったり?」

「……ああ。ある意味な」

 含みを込めた青年の言い回しに、耳長族エルフの少女は首を傾げる。何も知らない彼女に向けて、彼は自分が聞いた話を告げた。

「なんでもそいつは、ヒール以外の魔法が使えねぇ一次職らしい。その癖どんな裏技を使ったのか最上級冒険者としてのさばり、コネで最強の一団〝デュラン・デルト〟に所属して甘い蜜を吸ってるんだとよ。……なあ? レイオスさんよ」

「……風の噂ではそういうことになっているらしいな」

 俺の涼しい返答を聞いて、赤髪の青年は嫌悪感をあらわに舌打ちする。どうやら彼も俺に良い印象がないようだ。

 だが何も知らない耳長族エルフの少女は、その説明を聞かされてもピンとこなかったらしい。不思議そうな顔を浮かべ、彼に向かって聞き返す。

「……? どゆこと? ヒールしか使えない? いやいや冗談でしょ。そんな人いるわけ――」

「事実だ。俺はヒールしか使えないし、それ以外の魔法を使う気もない」

「えっ? ええっ?? な、なんでぇ?!」

 あまりに素直な反応を見せるエルフの少女。

 理由、か。どこから説明したものか。少し考え、その問いに答えようとしたところ、赤髪の青年の怒声にも似た声に遮られた。

「理由なんかどうだっていい、興味もねぇ。おい受付嬢、お前はこのヒールしか使えないポンコツを治癒術師だと言い張って、俺たちに『連れてけ』って言うのか?!」

「ええ。レイオスさんは協会が認める最上級冒険者。実力に不満はありません」

 怒声に臆せず、アヤは即答する。それは同時に『俺がいれば問題ない』という、彼女の信頼の証でもあった。

 だが赤髪の青年はまるで納得がいっていないようだった。認められるかと態度で表し、抗議の声を上げる。

「お断りだ! こんな奴より頼りになる治癒術師なんかいくらでもいるだろうがッ! てめぇら協会の連中が何考えてんのか知らねぇが、こんなふざけた奴に命を預けられるかよッ! 行くぞてめぇら!」

「え? 行くってどこに?」

「決まってんだろ! 一緒に依頼を受けてくれる治癒術師を探しに行くんだよ!」

 乱暴に告げてこの場を去ろうとする赤髪の青年。そんな彼の背中に向けて、俺は一言つぶやいた。

「……無駄だろうな」

「は? ……おいてめぇ、いまなんつった?」

 小さな声だったが、どうやら彼の耳には届いたらしい。苛立ちを込めて聞き返してきた彼に、俺は動じず、はっきりと告げる。

「探しても無駄だと言った」

「てめぇ、適当抜かしてんじゃねぇぞ!」

 襟首を掴まれ、荒い言葉遣いを浴びせる彼。そんな彼に向けて、至極冷静な見解を述べる。

「そもそも上級以上の治癒術師は、ほとんどがどこかのギルドかパーティに所属している。さらに今回は高難易度に指定されているの黒蜥蜴人ブラックリザードマンの討伐依頼。このあたりの危険度となると、見ず知らずの連中と組み、共に挑むような物好きはいない。……いるとしたら、精々俺くらいのものだろうな」

「…………チッ! 『だから俺を連れてけ』とでも言うのか?!」

 悪態をつく声には迷いが見て取れた。彼も内心では、俺の言っていることを理解しているのだろう。やたらと敵対心を見せる彼に、「そんなに俺が嫌か?」と投げかける。

「あたりめぇだ! てめぇの悪評がただの噂だったとしても、初級魔法のヒールしか使えねぇのは事実なんだろ?! んなの、治癒術師としては論外だろうが!」

 ――治癒術師の腕前は、そのままパーティの生死に直結する。

 俺はそのことを誰よりも知っている。だから彼の心配は当然だと理解しているし、同時に無条件で信じるような冒険者よりも好感が持てるとも思った。

 だが、こうして言い合いを続けたところで進展はない。……仕方ないな。俺は彼を説得するため、少し卑怯だと思いながらも切り口を変える。

「お前は先程こう言ったな。『そもそも黒トカゲの討伐程度、回復もいらない』と」

「ああ、言ったな。それがなんだ?」

「だったら俺が役立たずだろうが問題ないだろう。協会を説得するための条件だと割り切って、後ろで荷物でも持たせておけばいい。……それとも、お前の先程の言葉は嘘だったのか?」

「……ッ、てめぇ……」

 これ以上なくわかりやすい挑発だが、効果はそれなりにあったようだ。

 上手い返しで思いつかなかったのか、それ以上の言葉が続かない。一触即発の空気の中、彼は乱暴に俺の襟首を離すと、自身の負けを認めるようにその口を開いた。

「チッ、口は回るようだな。……ああわかった、俺の負けだ! てめぇのその口に免じて、今回だけは渋々割り切ってやる。だけどな、ただ荷物を持ってるだけで同じ分前がもらえると思うんじゃねぇぞ!」

 悪態をつきながらもパーティを組むことを容認し、赤髪の彼は改めて俺から依頼書を奪い取ると、受注手続きのために窓口に立つ。

 素直じゃない奴だ。と小さく笑みをもらした横で、耳長族エルフの少女が話しかける。

「あーもう、バルったら! 初対面の人に失礼すぎない?! ……えっと、レイオスくんだっけ? ホントにいいの? というか、あんなこと言われて怒ってない?」

「……? なにか気に障るようなことでも言っていたか?」

 極めて真顔で答えた俺に、耳長族エルフの少女はきょとんとした顔を浮かべる。

「あ、うん。気にしてないんなら別にいいんだけど……」

「……あれだけ言われてなにも感じてないんですか?」

 首を傾げる少女二人。……ふむ、なにかおかしなことでも言っていただろうか?


「これが彼の平常運転なんですよ……」

 そんな様子を手続きしながら見ていたアヤは、誰にも聞こえない声でつぶやき、一人小さく苦笑を浮かべるのだった……。


     +     +     +


 ――……翌朝。都市セントレア、正門前広場にて。

 様々な人が他の都市へ発つこの場所に、今日もまた、旅立ちを控えた冒険者が集まっていた。

 既に三人は待ち合わせ場所に到着しており、馬車の前で俺の到着を待っている。

「遅ぇぞポンコツヒーラー!」

「定刻通りだ。遅くはない」

 ポケットから懐中時計を取り出し時刻を確認するが、約束の九時まで五分は余裕がある。時間通りと言って差し支えないだろう。

 そんな俺の態度が気に入らなかったのか、赤髪の青年はふんと鼻を鳴らし、そっぽを向く。

「では全員集まったことですし、早速馬車に乗って出発しましょうか」

「ああ、そうだな」

 馬車は冒険者協会が用意してくれたものだ。待機していた御者に声をかけ、続々と馬車に乗り込む。

 まず向かう先は、今回の目的地に最も近い位置にある小さな農村、ライトットだ。いまは村の人は避難しているため誰もいないが、本来ならばのどかな村だったはずだ。

 馬車に乗って三時間ほど。距離的にもそこまで離れておらず、俺も駆け出しの頃に何度も行った地域だ。最近は行く機会がなかったので、なんだか懐かしい気持ちになるな。

 全員が乗り込んだことを確認すると、馬車がからからと動き出した。無事にセントレアを出発したところで、おとなしい弓使いの少女が口を開く。

「そういえば自己紹介がまだでしたよね。改めまして。私の名前はマリネ。マリネ・ベックフォードです。職業クラスはトレジャーハンターになります。索敵はお任せください」

「ああ。頼りにしている」

 そういえば昨日は早々に解散したため、まだ名前も聞いていなかったか。

 マリネと名乗った少女に続き、耳長族エルフの少女が元気に手を挙げる。

「はいはーい! あたしはライナ、ライナ・エンフィールド! 見ての通りのソードダンサーだよ! 改めてよろしくね、レイオスくん」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 最後は、と目を向ける先は、不機嫌な様子で窓の外を眺める赤髪の青年だ。「バールー?」と声をかけられると、諦めたようにため息をつき、ぶっきらぼうに名を名乗る。

「チッ、バルロスだ。バルロス・レヴィン。ウォリアーだ。一応この〝トラベルウォーカー〟のリーダーみたいなもんだ。言っとくが、このパーティに加わった以上、てめぇが最上級冒険者だろうが関係ねぇ。リーダーである俺の指示には従ってもらう、わかったな?」

「ああ」

 俺の返答を聞いたバルロスは、ぷいっと再び窓へと目を向けた。そんな彼の様子に、ライナとマリネは苦笑いを浮かべる。……やれやれ、俺も大分嫌われたもんだな。


     +     +     +


 ――三時間後。俺達は無事ライトットに到着した。

 ここまでは至って平和な道中だった。黒蜥蜴人ブラックリザードマンの襲撃さえなければ、ここで過ごしていた人も、のどかな日々を過ごしていたんだろう。

 何故か馬車での移動中、ライナとマリネの二人が必死に俺やバルロスに声をかけていたが、俺は馬車の窓から風景を眺めるのが好きなので特に苦でもない。バルロスの方は、といえば返事は簡素で、俺とは逆方向の窓を眺めていた。彼も景色を眺めるのが好きなのだろうか? 意外と気が合うかもしれないな。

 ……不思議と馬車を降りた時、ライナとマリネの二人は疲れているように見えたが。……揺れに酔ったのだろうか?

「そんじゃあ、早速トカゲ野郎をぶった斬りに行こうじゃねぇか!」

「待ってくれ」

 腕を鳴らし、村を抜けて森の方角へ歩き出した彼。俺はその手を掴み、一度この場に引き止める。

「まずは村の被害状況を調べたい。すこし時間をもらえないだろうか?」

「あぁん?」

 高い知能を持つ黒蜥蜴人ブラックリザードマンが、何の理由もなしに人里を襲うとは思えない。何か理由があったとしたら、それを推測できる要素が見つかるかもしれない。

 協会の調査も不十分。相手の規模もわからない。つまり、今の俺達には情報が足りない。そんな状態で突っ込むよりは、先に手がかりを集めた方が、安全に事を進められるはずだ。

 だが、さっさと事を済ませたいバルロスは、俺の提案に反発する。

「おいポンコツヒーラー。さっき言ったよな、『リーダーの指示に従う』って」

「む、それは……そうだが……」

 むむ……。先ほど指示に従うと約束した手前、それを言われたらなにも言い返せない。

 とはいえ、本当にこのまま事を進めても良いのだろうか。俺が困った様子で顔をしかめていると、横から助け舟が入った。

「私はレイオスさんの意見に賛成です」

「そうだよ、バル。一旦落ち着こ? そんなに急いで事を進めなくても、黒蜥蜴人ブラックリザードマンは逃げないって。マリネちゃんに居場所を探ってもらってる間、あたし達で被害状況を調べておこうよ!」

「む……」

 ライナとマリネの二人だ。どうやら彼女らは、俺の意見に賛同してくれたらしい。

 どうやらバルロスは、彼女らには弱いらしい。「ああ、わかったよ!」と渋々自分を納得させると、横に背負っていた大きなバックパックを投げ捨てた。

「おいてめぇ、昨日は荷物持ちでも任せてろって言ったよな? そいつを持ってついてこい。いいか、こいつはリーダー命令だかんな」

 トゲのある言葉を投げかけて、村の奥――家屋のある方へと歩き出すバルロス。

 そんな彼の態度にため息をつくと、助け舟をくれた二人にお礼を言う。

「ありがとう。助かった」

「いえいえ。私達も被害状況がどんなものか気になりますし」

「それじゃあマリネちゃん、あたし達は村の方を調べてくるから、居場所を探るのはお願いね!」

「はい。何かあったら信号石サインストーンで連絡しますね」

 そう言って彼女は、自分のペンダントを見せつける。

 信号石サインストーン――仲間内で連絡を取り合う時に使う縞模様の魔石だ。魔力を込めると光を送ることができ、慣れた人なら短い音声も飛ばすことができる。

 冒険者にとっては必需品ではあるそれは、人によって好きなアクセサリーに加工していることが多い。例えば俺の場合は指輪にしている。

「一応、こいつも渡しておこう」

 そう言うと俺はポーチから取り出した筒状のアイテムを彼女に手渡した。

「信号弾だ。これを打ち上げたら、すぐさま俺達も駆けつける。もし急に黒蜥蜴人ブラックリザードマンに遭遇したら、これを迷わず打ち上げてくれ」

「ありがとうございます、レイオスさん」

 マリネはそれをカバンにしまうと、「いってきます」の言葉と共に森側へと駆けていった。

 彼女は見送った俺達は、改めて先に行ったリーダーを追いかけるべく、向きを変える。

「それじゃあ俺達も行くとしようか」

「うん! ……にしてもレイオスくん、真面目だね?」

「……?」

 自然な流れでバルロスの大きな荷物を背負った俺は、ライナの急な言葉に首を傾げる。何か真面目と言われるようなことでもしただろうか……?

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