俺はヒールしか使えない ~ 都市最強の治癒術師は一次職のヒーラー?! ~

ko2N

序章

第1話 追放

 西大陸の中央に位置する大都市、セントレア。

 十日後に年に一度の開拓記念祭を控えたこの地は、商魂たくましい商人から、増える依頼を目当てにやってきた冒険者はもちろん、気が早く一足先にやってきた観光客まで、様々な人がこの地に集い、これ以上ないほど賑わっていた。

 正門前広場は馬車がひっきりなしに行き交い、噴水の前では前夜祭のごとく様々な曲芸師が技を披露し、並んだ屋台からはいいにおいが食欲をそそる。まだ祭りの当日ではないというのに、その熱気は当日にも劣らないほど盛り上がっていた。


 そんな街の様子を、俺は馬車の窓からぼんやりと眺めていた。


 馬車は正門前広場で止まらず、そのまま街の奥へと進んでゆく。

 この馬車の行き先は、この大都市の一角にある、まるで金の城のような建造物。王城だと言われたら信じてしまいそうなそれは、冒険者であればその名を知らぬ者はいない、世界三大ギルドがひとつ――冒険者ギルド〝黄金の篝火〟の拠点ホームだ。

 そして俺達は、その有名な〝黄金の篝火〟に所属するメンバーである。久々に帰省するきっかけとなった出来事を思い出し、パーティメンバーが話しかける。

「にしてもマスターから直々の呼び出しなんて、久々じゃね? 一体なんだろうなー?」

 軽い調子で問いかけるのは、俺の向かい側に座る青年――と呼ぶにはまだ早い少年。

 黒い装束に身を包み、左右の腰には二本の大ぶりなナイフを携えている。髪が目立たぬように黒いバンダナで押さえつけた、灰褐色の髪の彼の名は、リック。このパーティの斬り込み隊長でもある、職業クラスナイトウォーカーの少年であり、俺の幼馴染でもある。

 彼の手には、俺たちの所属する〝黄金の篝火〟から送られてきた、緊急招集の手紙が握られている。こうして久々にセントレアに帰省することになったのは、それが理由だ。

「時期が時期だからね。ありえるとしたら…………要人の身辺警護とかかな」

 彼の質問に落ち着いた調子で答えるのは、俺の対角の席に座る青年。白銀の鎧を着込み、腰には金で装飾された長剣を帯び、横には白い大盾を携えている。金髪に爽やかな笑顔の彼の相貌はいかにも好青年といった感じだ。

 彼の名は、アラン。このパーティのリーダーである、職業クラスホワイトパラディンの青年だ。

 彼の返答を聞いていた俺も「詳細が書かれていなかったのもそれなら納得がいく」と肯定の言葉を返し、大きくうなずく。

 そんな俺達の勝手な推測を聞いて、隣から大きなため息が聞こえてきた。

「はぁ……。身辺警護ねぇ……そんな簡単な任務だといいんだけど」

 大きなため息と共に憂鬱気な声をもらすのは、俺の隣に座る少女。

 黒い外套の隙間からは、どこかの制服のように整った、可愛らしい衣服が見え隠れする。長い赤髪をポニーテールに結び、その頭には特徴的な黒い三角帽子をかぶった彼女の名は、クレア。このパーティにおける最高戦力でもある、職業クラスアークメイジの少女だ。

 彼女の珍しい一面を気にかけるように、俺は声をかける。

「どうした、やけに憂鬱じゃないか」

「っ、そりゃあね? 私だって人並みに興味はあるもの。開拓記念祭」

「……? そうか」

 ――意外だな。三度の飯より勉強好きのお前が、お祭りに興味があるだなんて。

 そんな言葉が真っ先に思い浮かんだが、わざわざ口にすることでもないかと口を閉ざす。

 代わりに俺はかけている眼鏡を軽く押しあげ、パーティを鼓舞するように次の言葉を紡いだ。

「どんな内容であれ、俺たち〝デュラン・デルト〟に不可能はない。そうだろう?」

 自信を持った俺の問いかけに、パーティの面々は「ああ!」「うん」「まぁね」と各々が笑って答える。

 自信だけじゃない。彼らは全員最上級冒険者と協会に認定された、最強の冒険者たちだ。その実力は疑う余地もない。そんな彼らを陰から支えるのが、俺の役目だった。


 そんなパーティを鼓舞する俺――緑の地味なコートを着て、左の腰には一振りの剣を、右の腰にはアイテムポーチを装着し、別途装備されたポーションベルトには様々な種類のポーションを用意している彼――白髪に眼鏡をかけた、仏頂面とよく言われる俺の名は、レイオス。レイオス・ライトハート。

 このパーティ、〝デュラン・デルト〟の回復役を一手に担う職業クラスヒーラーの青年であり――そして、ある意味ではこのパーティにおける汚れ役でもあった。


     +     +     +


 ――冒険者ギルド〝黄金の篝火〟正門前。

「「おかえりなさいませ、〝デュラン・デルト〟のみなさま」」

 馬車から降り立った俺達を出迎えたのは、見知った双子のメイドだった。わざわざ俺達を待っていたのだろうか。

 白のショートヘアーと、黒のロングヘアー。髪色は対象的な二人だが、性格や顔つきはそっくりそのまま。彼女らは接客担当パーラーメイドということもあり、深く関わりがあるわけではないが、お互いよく見知った間柄ではある。

「ギルドマスターがお待ちです」「ご案内します、こちらへどうぞ」

 そう言って門を開き、先導するメイド達に続き、俺たちも後に続くように歩き出した。


 豪華なシャンデリアが照らす大広間を抜け、定間隔に鎧の彫像が並ぶ、長い廊下を歩き続ける。こつ、こつ、と足音が響き渡るたび、緊張で胸が締め付けられるよう感じがする。過去に何度も訪れたことはあるが、未だにこの緊張感には慣れない。

 廊下の行き当たり、大きな扉の前に辿り着くと、先導する双子のメイドはそこで一度足を止めた。

「失礼します、マスター・オイコス」「〝デュラン・デルト〟のみなさまをお連れしました」

 こんこんと軽いノックに続いて要件を述べると、少しの間をおいて、扉の奥から「入れ」と威厳ある声が響き渡る。確かに部屋の主からの御命令を耳にした双子のメイドは、一礼と共にその扉を左右に開き、静かに道を譲った。

 リーダーである先頭のアランが振り返ると、俺たちは肯定の意味を込めて軽くうなずく。彼が一度息を吸い込むと、覚悟を決めて足を踏み出し、俺達はその後に続いて部屋へと足を踏み入れた。

「……待っていた」

 低く、重厚な男の声が執務室に響き渡る。

 緊張する俺たちを出迎えたのは、威圧感にも似た威厳を感じさせる、三人の老人達だった。


 右手に佇むは、鋭い目つきでこちらを睨む、顎髭が特徴的な老騎士――軍神ランドルフ。

 左手に佇むは、静かに微笑みこちらを見つめる、老獪な雰囲気の老人――賢者マティス。

 そして正面には、神々しさにも似た威厳をまとった、厳格な顔つきの老人――首座オイコス。


 かつて〝橙の魔王〟との戦い、神魔戦争で大活躍を収めた英雄であり、このギルドを統括する三人が一堂に会していた。

 後ろの扉が閉まったことを確認すると、アランが一歩前に出て跪き、メンバーを代表して挨拶を交わす。

「〝デュラン・デルト〟リーダー、アラン・アーサー。及びそのパーティメンバー。ギルドマスターの招集に応じ、馳せ参じました」

「……うむ。長旅ご苦労であった。」

 彼の挨拶を聞きひとつ頷いたオイコスは、俺達全員に目を向ける。ひとしきり俺達を見つめた後、早速とばかりに彼は話を切り出した。

「本日集まってもらったのは他でもない。レイオス・ライトハート、貴殿に話がある」

「……? 俺に、ですか?」

 こちらに向けられた鋭い視線に、一番後ろに立っていた俺はアランと並ぶように前に出る。

 なにかを確かめるように上から下へと姿を一通り見渡したオイコスは、ひとつの間を置いて、端的にその要件を口にした。


「レイオス・ライトハート。本日を以って、貴殿を当ギルド〝黄金の篝火〟及び〝デュラン・デルト〟より除名する。……異論はあるか?」


「……ッ!?」

 それは想像にもしていなかった言葉。あまりに唐突で、そして無慈悲な通告だった。

 理解が追いつかず目を見開き、衝撃で声の出ない俺に代わって、後ろのリックが叫ぶ。

「はぁッ?! おい何言ってんだよ!? レイオスが除名? なんで? 突然過ぎて意味わかんねぇよッ?!」

「口を慎め、リック・ブリック! 身の程をわきまえろッ!!」

「……ッ、でも!!」

「理由をお聞かせ願えますか?」

 ランドルフに一喝されて尚、まだ反論しようとする彼を手で制し、代わりに俺は冷静なフリをして前に出る。そんな俺の問いに答えたのは、首座オイコスではなく、隣に控える軍神ランドルフだった。

「理由だとぉ? 貴様の世間での評価、知らぬわけがあるまい!」

 さも当然かのように言い切る彼に、心当たりのない俺は「と、いいますと?」と先をうながす。すると腕を組み、嘲笑するかのように鼻を鳴らし、この場の全員にわかるようにその理由を述べる。

「最上級冒険者となって尚、貴様は未だ一次職! 使える魔法はヒールだけ! 己の実力不足をパーティメンバーに強いるその魂胆、前々から儂は気に入らんと思っていた!!」

 ――

 冒険者協会で登録し、選んだ職業クラスの中で最も初級のものである。最大で三次職まであり、条件となるスキルを全て習得し、試練を乗り越えることで上位職へと上がり、習得できるスキルが増えてゆく。この世界はそういう理でできている。

 。最後の主張だけは違うが、言われていることはおおむね事実だった。

 俺が「……何か問題でも?」とさも当然のように返すと、何故かランドルフは顔を真っ赤に染め上げ、声を荒げはじめる。

「貴様についての悪評はいくつも耳にしておる! その最上級冒険者の肩書も金で買ったものだという噂まで出ておるんだぞ!!」

 ……なるほど、そういうことか。彼が言いたいことは大体理解した。

 つまり、『俺の現在の評価は不当なものであり、そんな俺をギルドとして看過することはできない』ということだろう。確かに俺の書面上の能力だけ見れば、不当だと思われるのも納得ではあるが……。

「勝手なこと言わないでよ! レイオスがただの無能だって言うんなら、私達はパーティなんか組んでいないし、協会から最上級冒険者として認められるはずがないでしょ!!」

 黙ってられないと声を上げたクレアに、アランとリックが同意の意を示すようにうなずく。

 しかしそんな彼らに対し、マティスは静かに首を横に振って言葉を紡いだ。

「確かに。事実、彼は最上級冒険者として認められてはいます。……ですが、貴方達の立場を考えると、それだけでは足りないのですよ」

「……マティス様? それはどういう意味ですか?」

 首を傾げるクレア。

 不敵な笑みを浮かべるマティスは、わからないといった様子の彼女に説明を述べる。

「最上級冒険者とはその強さはもちろん、あらゆる冒険者の模範となるべき存在。つまりは、それ相応の立ち振る舞いが求められます。……ですがレイオス殿に関して聞く話は悪評ばかり。他の方々と比較すると、とてもとても模範的とは言えませぬ」

「っ、なんですって!? おじさま! いつ、誰がレイオスの悪口を言ってたというのですか!!」

「その様子ですと、ご存知なかったようですね。……それと、この場ではマティスと呼ぶようにと何度も言っていたはずですが」

 反射的に声が出たクレアに、手で顔を覆い首を振るマティス。

 その手の指の間を開き、こちらを睨みつけてきた彼は、意地悪な声で俺に問いかける。

「まさかレイオス殿は知らなかった、とは言いますまい?」

「……レイオス、そうなのか?」

 その意地悪な問いかけに、俺は「ああ」渋々肯定するようにうなずいた。

 前々から、一人の時に嫌味を言われるのは日常茶飯事だった。みんなは知らなかっただろうが、新進気鋭のパーティ〝デュラン・デルト〟をいいように思ってない同業者は少なからず存在する。そんな輩にとって、一次職という明確な汚点がある俺はいい標的だったのだろう。

 ……わざわざ心配をかけることでもないと思って黙っていたが、こんなところで表沙汰にされるとはな……。

 ショックを受けるアランとクレア。だが、リックはそれがどうしたと言わんばかりに声を張り上げる。

「だとしても、今それが関係あんのかよ!? つまりお前らは、仲間の俺たちの言葉より世間の悪口を信じるってのかッ?!」

「いえいえ。ただ、『民衆の支持を得る』。それも冒険者に求められている能力だと私は言いたいのですよ」

 突っかかるような言葉にも動じず、マティスは涼しい顔で切り捨てる。

 毅然としたギルドマスター達の反応を見るに、彼らの中では既に意見が固まっているようだ。そして俺自身も、その主張にある程度納得してしまっている。

 だが、そんなギルドマスター達の主張に納得しているのは、当事者である俺だけだった。普段は寛容なアランが珍しく感情をあらわにし、屹然とした態度で食い下がる。

「マスター・オイコス。どうか考え直しては頂けませんか? レイオスは僕達にとって、かけがえのない大事な仲間です。例えマスターの言葉でも、それだけは絶対に譲れない」

「ふむ。……他に代わりがいたとしても、か?」

「レイオスの代わりが務まる人なんて、他にいませんよ」

 即答だった。オイコスの言葉に、アランはきっぱりと断言する。

 長い付き合いというのもあるが、彼は俺に絶対の信頼を置いてくれた。『ヒールしか使わない』という、常人には理解できない俺のスタンスにも理解を示してくれるほどに。そしてそれは、他のパーティメンバーも同様だった。

「……正直に答えよ。リック、クレア。お前達もアランと同意見か?」

「ああ!」「当たり前でしょ!」

 オイコスは奥の二人に向けても質問を投げかけるが、返ってきた言葉は同じだった。

 それを聞いてオイコスは静かに口を閉ざし、思考を巡らせる。……ランドルフとマティスと違って、彼だけは判断を迷っているようだった。

 無言の時間。まるで永遠にも感じられる時を経て、オイコスは決断する。

「………………。……致し方あるまい。ギルドの方針に逆らうのであれば、それ相応の処罰を下さねばならぬ」

「ッ?!」

(なん、だと? それ相応の処罰だと?!)

 俺はいい、わかってる。自分でも理由を理解している。相応の理由だと納得もしている。だが他のメンバーに関しては、ただのとばっちりじゃないか! 俺のせいでギルドを去ることになったりしたら……認められない。それだけは断じて認められるものか!

「待ってくれ! 今回の件に俺だけが問題なんだろう?! アランもリックもクレアも関係ない! ギルドを去るなら俺だけで十分だ、そうだろう?!」

「おい何言ってんだよレイオス?!」

「そうよ! あんた一人が出ていく必要なんてないじゃない!」

「……レイオス」

 気付けば俺は口を開いていた。仲間たちをかばうように前に出て、柄にもなく大声で主張する。

 後ろから飛んできた仲間達の言葉に、俺は振り返って笑いかけると、諦めるように静かに首を横に振った。

「いいんだ。俺に良くない噂が流れているのは紛れもない事実だしな。……それに、お前達なら俺が抜けたところで問題はないだろう。なにせ、都市最強と名高い〝デュラン・デルト〟のメンバーなんだからな」

 それだけ告げると、俺は首座オイコスの前に立ち、所属する証のエンブレムを胸から外して、彼に渡す。

「いままでお世話になりました。マスター・オイコス」

 マスターの、そして俺の気が変わらない内にと、返事も聞かずに踵を返すと、

「じゃあな、みんな。元気でな」

 すれ違い際に、かつての仲間達に別れの言葉を告げる。

 顔は見なかった。少しでも迷う素振りを見せたら、引き止められてしまいそうだったから。

「っ、勝手に行くなバカレイオス! あんたも含めて〝デュラン・デルト〟でしょうがっ!!」

「おい! 本当に行っちまうのかよッ?! 俺まだ納得してねぇぞッ!! おいッ!!」

 すこし遅れて、背中に言葉が投げかけられる。

 かつての仲間達と線を引くように、俺は黙って扉を閉めると、そのままこの場を後にした。


     +     +     +


 帰り道。一人で歩く長い廊下は、実際の距離以上に長く感じられた。

 引き返す途中、アランがギルドマスターに告げた言葉を思い出す。

『――レイオスは僕達にとって、かけがえのない大事な仲間です。例えマスターの言葉でも、それだけは絶対に譲れない』

「……ああ、そうだな。俺にとってもかけがえのない、最高の仲間たちだったよ」

 かつての拠点ホームを後にして、空を見上げる。ちょっと前まで一緒だったのに、今は仲間たちが空の向こうに行ってしまった……そんな気分だった。

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