陰陽亭〜短編集〜
祇園ナトリ
狐の攻防(2022年ハロウィンSS)
「――Trick or Treat?」
「は?」
目の前には
「やだなぁ、今日はハロウィンだよ?」
「は? 知りませんよ何なんですかそれは……お願いですから妙な事に僕を巻き込まないで下さい」
「現し世の祭りさ! 何でも、今日は死後の世界とこの世界が繋がって死者が帰ってくると言われているみたいだね!」
祖父は僕の苦言を気にすることなく続ける。その言葉に苛立ちつつも僕は納得していた。
恐らく宵霞に仕込まれたのだろう。だが彼女に罪は無い。悪いのは、忙しいと分かっているはずなのにちょっかいを掛けてくる鏡の中の
「あぁそうですか……じゃあ貴方も死後の世界に帰ったらどうです?」
「あはは、僕は死者じゃなくて既に人神だからそれは難しい話だねぇ!」
「チッ……」
僕の苛立ちと皮肉を込めた言葉はあっさりと躱され、僕は思わず舌打ちを漏らした。この人はいつもそうだ。僕が何を言っても、こうやって笑いながらのらりくらりと躱すのである。ふざけるんじゃない。
「……で? 用件はなんです?」
「――? 無いよ! ただ十六夜にトリックオアトリートと言いたかっただけだからねぇ」
「は?」
「あぁそうそう! これの意味はだねぇ、お菓子かイタズ――」
「黙らっしゃいッッ!!!!」
僕はこれ以上
もうこれ以上、あのからかう様な顔を見るのはうんざりだった。それにあのまま続けていたら、何か良くないことに巻き込まれる様な気もしたのだ。
と言うより、僕はそもそもこんなことをしている場合では無いのだ。無理に妖街道を動かしたせいで生じた問題が山積みなのである。
あの
僕はそう決意して、机の上に平積みにされていた書物を一冊引っ張り出し、勢いよくそれを開いた。
「――ッ!? はぁっ!? ま、まぶ……っ!」
瞬間、僕の執務室が眩い閃光に包まれた。僕は悟る。絶対にあのクソジジィのせいだ。怒りと悔しさで思わず唸る様な声が漏れた。
「……はぁクソッ! 絶対に許さ――」
ようやく閃光が収まり、僕は苛立ちの捨て台詞と共に目を開け、絶句した。
書物の言葉が全て異文化の言葉に変わっていた。僕は知っている。これは
「――――」
ただ呆然と意味の分からない文字列を眺める僕の目の前に、一枚の紙が舞い降りてくる。どうやらそれに書かれているのは日本語の様だ。僕はそれを手に取って目を通した。
『やぁ十六夜。多分君のことだから、僕の話を全部聞かずに強引に話を遮ったはずだ。だからここで解説をしてあげようじゃないか! トリックオアトリートと言うのは、お菓子かイタズラかという意味だ。つまり、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、ということさ! これはお菓子をくれなかった君へのささやかなイタズラだよ! 二、三日もすれば元に戻るからそれまで楽しんでおくれ! 晴明』
もちろん僕は怒りのままに、その紙を真っ二つに破り狐火で燃やし尽くした。僕は燃えカスを握り潰しながら、一人で激情の絶叫を響かせるのであった。
「……ぁぁあんのクソジジィぃぃいいいい!!!」
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