陰陽亭〜短編集〜

祇園ナトリ

狐の攻防(2022年ハロウィンSS)

「――Trick or Treat?」


「は?」


 目の前には対話鏡たいわきょう。その中で憎たらしい笑顔を浮かべているのは五歳児そふ。その口から発せられた聞き馴染みの無い呪文に、僕は思わず威嚇を返した。


「やだなぁ、今日はハロウィンだよ?」


「は? 知りませんよ何なんですかそれは……お願いですから妙な事に僕を巻き込まないで下さい」


「現し世の祭りさ! 何でも、今日は死後の世界とこの世界が繋がって死者が帰ってくると言われているみたいだね!」


 祖父は僕の苦言を気にすることなく続ける。その言葉に苛立ちつつも僕は納得していた。

 恐らく宵霞に仕込まれたのだろう。だが彼女に罪は無い。悪いのは、忙しいと分かっているはずなのにちょっかいを掛けてくる鏡の中の阿呆そふだ。


「あぁそうですか……じゃあ貴方も死後の世界に帰ったらどうです?」


「あはは、僕は死者じゃなくて既に人神だからそれは難しい話だねぇ!」


「チッ……」


 僕の苛立ちと皮肉を込めた言葉はあっさりと躱され、僕は思わず舌打ちを漏らした。この人はいつもそうだ。僕が何を言っても、こうやって笑いながらのらりくらりと躱すのである。ふざけるんじゃない。


「……で? 用件はなんです?」


「――? 無いよ! ただ十六夜にトリックオアトリートと言いたかっただけだからねぇ」


「は?」


 祖父ジジィはキョトンとしながら言い放つ。今度こそ全身から殺意が溢れ出した様な気がした。再度繰り返された呪文も意味が分からず、尚更腹が立った。


「あぁそうそう! これの意味はだねぇ、お菓子かイタズ――」


「黙らっしゃいッッ!!!!」


 僕はこれ以上祖父ジジィが何かを言う前に通信を切った。

 もうこれ以上、あのからかう様な顔を見るのはうんざりだった。それにあのまま続けていたら、何か良くないことに巻き込まれる様な気もしたのだ。


 と言うより、僕はそもそもこんなことをしている場合では無いのだ。無理に妖街道を動かしたせいで生じた問題が山積みなのである。


 あの馬鹿野郎たぬきジジィ、次にちょっかいかけてきたら絶対に許さない。


 僕はそう決意して、机の上に平積みにされていた書物を一冊引っ張り出し、勢いよくそれを開いた。


「――ッ!? はぁっ!? ま、まぶ……っ!」


 瞬間、僕の執務室が眩い閃光に包まれた。僕は悟る。絶対にあのクソジジィのせいだ。怒りと悔しさで思わず唸る様な声が漏れた。


「……はぁクソッ! 絶対に許さ――」


 ようやく閃光が収まり、僕は苛立ちの捨て台詞と共に目を開け、絶句した。

 書物の言葉が全て異文化の言葉に変わっていた。僕は知っている。これはと言う奴だ。だが知っているのはその存在だけ。微塵も読める訳が無い。


「――――」


 ただ呆然と意味の分からない文字列を眺める僕の目の前に、一枚の紙が舞い降りてくる。どうやらそれに書かれているのは日本語の様だ。僕はそれを手に取って目を通した。


『やぁ十六夜。多分君のことだから、僕の話を全部聞かずに強引に話を遮ったはずだ。だからここで解説をしてあげようじゃないか! トリックオアトリートと言うのは、お菓子かイタズラかという意味だ。つまり、お菓子をくれなきゃイタズラするぞ、ということさ! これはお菓子をくれなかった君へのささやかなイタズラだよ! 二、三日もすれば元に戻るからそれまで楽しんでおくれ! 晴明』


 もちろん僕は怒りのままに、その紙を真っ二つに破り狐火で燃やし尽くした。僕は燃えカスを握り潰しながら、一人で激情の絶叫を響かせるのであった。


「……ぁぁあんのクソジジィぃぃいいいい!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る