026 弟党

 あの日中に外出した日から数週間経った。


 俺たちは、相変わらず秘密基地で暮らしている。


 食料の配給には、あれ以来行ってはいない。


 しかし、全くの補給無しでは厳しいため、度々深夜のコンビニへは行っている。


 お兄ちゃん保護法によって、男性の生存性は確かに上がったが、代わりに女性が餌食になっているようだった。


 鬱実が調べたところによると、シスターモンスターは男性に噛みつけない鬱憤を、女性を噛みつくことで晴らしているらしい。


 なので、鬱実たち三人には今まで以上に警戒してもらっている。


 それと、最近では漢田さんとも頻繁に連絡を取っていた。


 普通に情報を交換しているだけで、俺が向こう側に目覚めた訳ではない。


 聞いたところによると、やはりお兄ちゃん保護法を破って男性に噛みつくものがいるそうだ。


 漢田さんのチームのメンバーも何人かやられてしまったらしい。


 そう考えると、あの時シスターモンスターに囲まれたのは、本当に危なかった。


「凛也君、これ見て」

「ん? なんだ?」


 俺がそんなことを一人で考えていると、鬱実がタブレット端末を持ってやってくる。


 画面を見せてもらうと、そこには新しい政党が誕生したことが書かれていた。


弟党おとうとう?」


 何やら、お姉ちゃんモンスターが党首を務めている政党のようだ。


 党首の姿は、黒いスーツに赤いネクタイをしており、黒髪ポニーテールと少し厳つい感じの雰囲気が特徴的な高身長の女性。


 その党首の名前は、タタというらしい。


「名称はどうでもいいの、この人たちが目指していることをよく読んでみて」


 鬱実が指さすところを読んでみると、そこには驚くべきことが書かれていた。


「うそだろ。お兄ちゃん保護法をぶっ壊すとか……」


 どうやらこの弟党おとうとうとやらは、お兄ちゃん保護法を無くすことが目標であり、また改正や対抗措置を用意しようとしているみたいだ。


 お兄ちゃん保護法が無くなれば、再び男性は狙われることだろう。


 いや、無くなった直後はその反動により、もっと大変なことになる。


 しかも国会内でもかなり支持されており、国民からの反応も良好だった。


 それだけ男性に噛みつけないというのは、シスターモンスターにとってストレスになるのだろう。


「近いうちに突然無くなることはなくても、何か対抗措置が用意される可能性が高いわ」

「まじか……」


 お兄ちゃん保護法で希望が見えたと思ったら、これである。


 やはり人類は絶滅する運命にあるのかもしれない。


 だが、ここで諦めるわけにはいかなかった。


 これが確実という訳でもないし、またお兄ちゃん保護法を越える法律ができるかもしれない。


 俺たちにできることは、耐え忍ぶことだけだ。


 この日を境に、弟党おとうとうはシスターモンスターからの支持を集めていった。


 そして暫く経ったある日、決定的な事件が発生する。


「これは……」

「事実よ」

「そうか……」


 お兄ちゃん保護法を作った総理大臣であるソリ―ちゃんが、裏で男性を秘密裏に囲っていたことが判明した。


 更に、自分だけ男性を何人も噛んでいたという憶測が日本中で飛び交う。


 これによって、ソリ―ちゃんの支持率と発言力が失墜してしまった。


 その代わりに、弟党おとうとうの党首タタの人気が急上昇してしまう。


 実質、お兄ちゃん保護法が今後無くなることが確定したようなものだった。


 シスターモンスターでも、汚職はするんだな……。


 俺はこの結果に絶望した。


 中にはお兄ちゃん保護法に対する保守派もいるようだが、何時まで持つのか分からない。


 いや、お兄ちゃん保護法が特別だっただけだ。


 それが元に戻るだけだろう。


 今だってコンビニくらいしか行っていないし、何も変わらないはずだ。


 念のため、俺は漢田さんにもこの事実を伝えた後、四人で今後について話し合う。


 結果としては現状を維持しつつ、状況を見て深夜へコンビニに行くのを控えるくらいしか決まらなかった。


 この秘密基地以外に、今更隠れ住む場所など見つからない。


 また俺たちからシスターモンスターにできることも無かった。


 これが物語なら、シスターモンスターを効率よく倒す方法が見つかるかもしれない。


 しかし、これは現実だ。


 俺たちにできることなど、本当に限られている。


 そうして、また月日が流れていく。


「本当に、こんなことになるとは……」


 タブレット端末に表示されている文章を見て、俺は絶望した。


 とうとう、恐れていた日がやってきたのだ。


「弟くん収穫祭……」


 弟党おとうとうの党首タタがある法案を提出して、それが賛成多数により可決された。


 それが、弟くん収穫祭。


 お兄ちゃん保護法により、シスターモンスターたちの我慢はピークに達していた。


 更に、総理大臣であるソリ―ちゃんがこっそりそれを破っていたことも問題視されていた。


 それを発散させるために、三日間を祝日として、その期間だけお兄ちゃん保護法が無効になる。


 また不法侵入罪なども、男性を襲うためであれば、この時は基本的に無罪になってしまう。


 つまり、男性への噛みつきが解禁され、この三日間はシスターモンスターたちに襲われ続けてしまうという訳だった。


 開催日は、今週の金・土・日の三日間ようだ。


 今日は火曜日なので、明々後日にはこの弟くん収穫祭が始まる。


 いったいどれだけの男性が犠牲になるのか、分かったものではなかった。


 俺たちにできるのは、荷物をまとめてそれに備えることだけ。


 ここに籠城するしか、他に方法が無い。


 いったい、どこに逃げろというのだろうか。


 逃げる場所なんてどこにも無い。


 世界中が、ほとんどシスターモンスターに支配されているのだ。


 安全な場所は最早、地球上にはほとんど存在しなかった。


 また念のために、入り口にバリケードを設置しておく。


 この潜水艦にあるような重厚な扉を破られた時点で、バリケードなどほとんど意味をなさないが、無いよりはましだった。


 結局、シスターモンスターって何なのだろうな……。


 今更ながらに、そう思う。


 だが、そんなことを考えたところで、意味は無い。


「凛也先輩、少しいいですか?」

「ん? なんだ?」

「話したいことがあるので、できれば二人きりになりたいのですが……」

「わかった」


 一息ついていると夢香ちゃんがそう言ってきたので、俺たちは空き部屋の一つに移動した。


 こんな時に話しって何だろうか。


 もしかして、何か対策でも思いついたのか? いや、なら何で二人きりに?


 俺が不思議がっていると、夢香ちゃんは緊張したような面持ちで、ゆっくりと口を開く。


「あ、あの。もう今しかチャンスが無いかもしれないので、言わせていただきます。私、凛也先輩のことが好きです! だから、思い出をください!」

「はっ?」


 寝耳に水だった。いや、夢香ちゃんが俺に惚れていることは知ってはいたが、今ここで告白されるとは思ってもみなかった。


 これまでこの秘密基地で誰かが恋人になるということを、俺たちはどこか避けていた。


 もちろん、鬱実はああいう性格でおかしなことを言うが、あれは例外だ。


 今の夢香ちゃんのように、覚悟を決めたような雰囲気は無い。


 だからこそ、この告白に驚いてしまう。


「凛也先輩が誰とも付き合う気が無いのは知っています。だから、これは私のわがままです」


 そう言って、夢香ちゃんが突然服を脱ぎだす。


「ちょ、ちょっと待ってくれ! お、思い出ってそういう意味なのか!?」

「はい、私は本気です。私の初めてを、どうか貰ってください!」

「くっ!」


 まずい。このままだと、本当にまずい。


 どうすればいい? 逃げればいいのか? いや、それだと夢香ちゃんを傷つける。


 据え膳食わぬは男の恥ってやつか? でも、ここで流されてしまうと、いろんな意味で戻れなくなってしまうかもしれない。


 俺が慌てふためいている隙に、夢香ちゃんが下着姿になる。


 顔を真っ赤にさせながら、続いて下着に手をかけたそのとき。


「ちょっと待ったぁ!!! お姉ちゃんそれは抜け駆けを通り越して厳罰行為だよ!!」

「なっ!? 瑠理香!?」

「た、助かった……」


 突然ドアを開けて、瑠理香ちゃんが入ってきた。


 バリケードの設置後に疲れて眠っていたはずだが、どうやら異変に気が付いて起きてきたようだ。


「お姉ちゃんだけずるい! る、るりだって、お兄ちゃんとしたいのに!」

「くっ……そ、そうだ! なら、瑠理香も一緒にしない? もうこんなチャンス無いかもしれないんだよ?」

「い、一緒に?」

「う、うん。なんなら、初めては瑠理香に譲るから、ね、お願い」


 な、何を言っているんだ。俺の意思は? それよりも、瑠理香ちゃんはこの誘いに乗らないよな?


 俺は嫌な予感がしつつも、瑠理香ちゃんの回答を待つ。


「……わ、分かった。る、るりが最初なら、いいよ」

「ありがとう瑠璃香! 三人でいっしょに、頑張ろうね!」

「う、うん」


 そう言って、瑠理香ちゃんも恥ずかしそうにしながらも、夢香ちゃんに合わせるように下着姿になる。


 嘘だろ、なんでこうなるんだよ……。


 二人の美少女が下着姿になり、俺に迫る。


 俺は後ずさり、気が付けばベッドの側まで来ていた。


「大丈夫だよ。ちょっとだけだから。るりに全て任せて? 凛也お兄ちゃんは、天井の染みを数えていれば終わるから」

「凛也先輩、安心してください。責任は取りますから」

「ま、待て二人とも、こ、こんなの何かおかしっ――」


 そこまで言ったとき、俺はベッドへと後ろから倒れる。


 そしてそれを合図に、二人が俺に襲い掛かろうとして……。


「うぅぅ。あ、あたしの凛也君が、泥棒猫の姉妹に寝取られてるぅ! あたしの方が先に好きだったのにぃ! くやしぃい! はぁはぁはぁ」


 ドアから顔を出して興奮している鬱実が、そこにいた。

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