021 深夜のコンビニ

「いらっしゃいませー。あら? 弟くんじゃない! こんな深夜に来るなんて、いったいどうしたの?」


 コンビニに入店すると、早速シスターモンスターが話しかけてくる。


 俺のことを弟くんと呼ぶので、おそらくタイプはお姉ちゃんモンスターということだろう。


「普通に買い物だよ。今は仕事中なんでしょう? こっちのことは気にしないでいいよ」

「……それもそうね。弟くんが来たから、つい話しかけちゃったわ。お会計の時は声をかけてね」

「ああ、わかったよ」


 無事に会話を終えると、お姉ちゃんモンスターは作業へと戻っていった。


「はぁ、流石に緊張した。それじゃあ、俺はATMからお金を降ろしてくるから、皆は必要な物をカゴに詰めてくれ」

「わかりました」

「うん」

「コン〇ームは任せて」

「それは必要ないだろ!」

「え? もしかして生で? 凛也君がそれがいいなら、あたしは……いいよ?」

「うるさい。今はふざけている場合じゃないだろ! さっさと行け!」

「うぅう。凛也君が辛辣ぅ!」


 馬鹿なことを言った鬱実を追い払い、俺はATMからお金を引き出し始めた。


 この際なので、限界まで引き出しておく。


 そうしてお金を引き出すと、カゴを片手に俺も必要な物を入れ始める。


「凛也君。残念だろうけど、数年遅かったわね?」

「は? 何がだ?」


 すると、いきなり鬱実が俺の肩に手を置いて、憐れむようにそう言ってきた。


「今の時代では、コンビニにエッチな本が置いてないものね」

「……別に残念でも何でもないんだが?」


 確かに昔、コンビニでアダルト雑誌が販売されていたような気がする。


 そういえば中学校に入りたての頃、先輩たちが大人の振りをしてコンビニで買ったことがあるとか、自慢話をしていたんだよな。


 俺はコンビニの雑誌コーナーに視線を向けつつ、うっすらと過去の記憶を思い出した。


「仕方ないから、あたしで我慢しよ? ね?」

「はぁ、お前は全くもう。買いたいものが入れ終わったのなら、おとなしくしてくれ」


 そう言って鬱実の手を振り払うと、俺は買い物を続ける。


「うぅぅ。凛也君があたしに塩対応ぅ!」


 こんな状況下でも変わらないのは、ある意味才能だな。


「凛也先輩。こっちは入れ終わりました」

「るりも完了しました」

「そうか。俺もそろそろだから、少し待ってくれ」


 どうやら夢香ちゃんと瑠理香ちゃんは必要な物をカゴに入れ終わったようだ。


 俺も急いだ方がいいな。


 食料はもちろんのこと、消耗品や下着類も揃えておく。


 とりあえず、一度に運べる量を考えればこんなものだろう。


 そうして俺たちは重くなったカゴをレジへと持っていく。


「え? こんなに買うの? 今日は何故かお客さんが来ないからありがたいけど、弟くん、無理してない?」


 当然というべきか、これだけ大量に買おうとすれば驚かれる。


「問題ないよ。それより少し急いでいるから、大変だろうけどレジをお願いします」

「う、うん! 弟くんにお願いされたら、お姉ちゃん頑張っちゃう!」


 お姉ちゃんモンスターは、お願いされたことが嬉しかったのか、凄い手さばきで商品の会計をしていく。


 量が量なので一度断りを入れてから、先に各自持ってきたリュックサックに商品をしまう。


 もちろん全ては入りきらないので、レジ袋を買って順次入れていく。


 そして全ての計算が終わり支払いになると、俺はその額に冷や汗をかきながらも全てを支払った。


 ちなみに鬱実がしれっと全額出してきたが、半分だけ受け取り後は返しておいた。


「今日はありがとうね。お姉ちゃん、弟くんの来店をずっと待っているわ」

「い、いや、それだと逆にプレッシャーで来づらくなるから、待ってなくていいよ」

「そう? 残念……」


 危ない。何気ない会話に、トラップが仕掛けられている。


 ずっと待っていることを止めなければ、俺のことをマークするということに繋がる。


 ここまでスムーズだったが、目の前の女性もシスターモンスターということを忘れてはならない。


「凛也君。行くわよ」

「あ、ああ」


 一瞬身体が硬直したが、鬱実の言葉で俺は気を取り戻し、コンビニを出るため歩きだす。


「ありがとうございましたー」


 背後からお姉ちゃんモンスターの強い視線を感じた。


 振り向いたらヤバイ気がする。


 コンビニの店員をしていなければ、今にでも襲い掛かってきそうだ。


 そんな雰囲気を感じながら、俺たちはコンビニから出た。


 これで、後は帰るだけ……。


 コンビニの自動ドアが閉じたことで俺は緊張が切れ、気を抜いてしまう。


 なので近づいてくる人物に、気が付くのが遅れた。


「あれー? 弟くんじゃん。なにその大荷物! 超キャパいじゃん! ウケる―!」


 そう言って笑みを浮かべながら俺を指さすのは、金髪サイドアップにナチュラルメイクをした十代後半に見える少女。腰にはカーディガンを巻き、着崩した制服を身に纏っている。


 いつの間に!? 俺も気が付かなかったが、夢香ちゃんと瑠理香ちゃん、鬱実までも反応に遅れるなんて思わなかった。


 両手は荷物で塞がっている。この状態で一気に距離を詰められれば、一巻の終わりだ。


「どしたの? あ、あーしが持つのを手伝おうか? うん、それがいいっしょ!」


 そんなことを考えている間に、ギャルっぽい少女が近づいてくる。


 まずい。何とかしないと。


 俺がそう思った時だった。


「待ってください! 別に困っていません! 助けは結構です!」


 夢香ちゃんがギャルっぽい少女に向けて、力強く言い放つ。


「は? 今あーし、妹ちゃんに構っている暇ないんですけど?」


 ギャルっぽい少女は夢香ちゃんの言葉に動きを止めると、機嫌を悪くしてそう答える。


 一瞬夢香ちゃんはたじろぐが、引く様子はない。


「見て分かりませんか? 彼は既に私たち三人を囲っているんです! あなたの入る余地はありません!」


 ゆ、夢香ちゃん、一体何を……。


 自分で言っていて恥ずかしいのか、夢香ちゃんは顔を赤くしている。


「なっ!? お、弟くん、ヤリチンじゃん! それってマ?」


 ギャルっぽい少女は、見た目に反してうぶな反応を示す。


 もしかして、こういう話が苦手なのか? なら、乗るしかない。


 俺は夢香ちゃんの言葉に合わせるように、言葉を選ぶ。


「ああ、本当だ。これから四人で朝まで一緒にいるつもりだよ。今夜はもう眠れそうにないな」

「そう。凛也君のぱおんがしごできのレベチで最&高なの。一度体験したらわりガチにやばたにえんなのよ」


 鬱実も話に乗ったようだが、何を言っているのか全く分からなかった。というかそれ、通じるどころか意味あっているのか?


「それ、エグちすぎ……」


 あ、どうやら通じたようだ。


 ギャルっぽい少女は、俺というより鬱実を見ておののいている。


「そうです! 凛也お兄ちゃんは瑠璃を乗せて凄いんですよ! ぱおんがご立派なんです!」


 っておい、瑠理香ちゃん! 乗せてって背中にだよな!? それにぱおんの使い方間違っているぞ!? ぱおんは確かぴえんの上位互換的なやつじゃなかったか? その言い方だと要らぬ誤解を招く! いや、わざと言ったのか!?


「えっ、弟くん、ロリコンじゃん……」


 ほら見ろ! 勘違いされた!


 しかし、ここで誤解を解くとそれはそれで面倒なことになる。


 俺は涙を呑んで、そのことを否定しなかった。


 むしろ、ギャルっぽい少女がドン引きしている今がチャンスだ。


「ま、まあそういう訳だから、別のフリーな弟くんを探してくれ。皆行くぞ!」

「ちょっ!?」


 ギャルっぽい少女は何か言いたそうに手を伸ばしたが、それ以上何かしてくることは無く、俺たちが離れていくのを立ち尽くして見ているだけだ。


 よし、このまま逃げ切るぞ。


 そうして、相手がドン引きしている間に、俺たちは無事離脱に成功した。


 しかし代償として、俺は何か大事なものを失う。


 なんだろう。とても心がむなしいんだが……。


 そんな気持ちになりながらも、俺たちは秘密基地に向けて帰還を急ぐのであった。

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