006 助けに行く理由
何を言っているんだろうか?
そんな風な視線を俺は受ける。
確かに夢香ちゃんは危なくて、俺が大丈夫だとは言えない。
正直命は惜しいし、とても怖かった。
だが、この中で行くとすれば俺しかいない。
夢香ちゃんは運動が苦手だと以前聞いたことがある。
鬱実は運動神経そのものはいいが人見知りが激しく、初めて会う人物を助けられる気がしない。
またこの基地を避難場所にしてくれたこともあるし、機械の操作にもたけている。
そう考えると、消去法で俺が行くしかなかった。
助けないという選択は無い。
ここで見捨てれば、後々それが原因で問題が起こる気がした。
だから、俺が夢香ちゃんの妹を助けに行く。
そのことを、納得していない二人に丁寧に説明した。
もちろん反対されたものの、最後には俺の意見に理解を示してくれる。
「凛也君、行くなら、お昼の時間がいいわ。あいつらは、普通に学業をしていた。つまり、給食の時間には教室にいる可能性が高いと思うよ?」
「なるほど。確かにその通りだな」
給食の時間帯なら、あの少女と遭遇する可能性は減るだろう。
「り、凛也先輩。妹、瑠理香をお願いします。瑠理香、あなたもお願いして」
『凛也さん……お願いします。助けてください。とても怖いです』
未だに繋がっているスマホから、スピーカ状態で妹ちゃん、瑠理香ちゃんの悲痛な声が届く。
「ああ、待っていてくれ! 絶対に助けるから、諦めないでくれ!」
『は、はい。ありがとうございます』
そうして俺は、瑠理香ちゃんの通う中学校までのルートと、校舎内の構造を夢香ちゃんに教えてもらう。
俺は元々この街の人間ではないので、中学校の内部に詳しくはなかった。
距離はここから約十五分と、比較的近い。
小中高と、それぞれ近距離にあるようだ。
そこまで距離がなくて良かった。
遠ければ遠いほど、救出や帰還が困難になる。
「凛也君。本当は行かせたくないけど、凛也君が決めたのなら、反対できないよ」
「そ、そうか。理解してくれて助かる」
正直、鬱実が行くのを許してくれるのは意外だった。
許可してくれた理由が気になるが、ここで余計なことは口にしない。
それがきっかけでやっぱり反対と言われたら面倒だ。
「これ、行く前に何か食べと言うた方がいいよ?」
「あ、ああ、ありがとう」
鬱実はそう言って、ゼリー飲料やチョコバーをくれた。
どうやら、この基地には最低限非常食が備蓄してあるみたいだ。
食料か……これも、後々考えないとな。
生きていく上で、食料は当然必要だ。
どうにかして手に入れる手段を得なければならない。
だが今は夢香ちゃんの妹、瑠理香ちゃんの救出が先決だ。
現在の時刻はおよそ11時。
中学校の給食は12時30分~13時20分の50分間。
移動時間に余裕を持たすことを考えると、12時ごろに出るのがベストか。
ここからは普通だと約15分で着くが、道中少女に遭遇したり、迂回しなければ行けない可能性がある。
そう考えると、30分でも少し短いか?
いや、逆に早く着きすぎて待機している方が危険かもしれない。30分というのが丁度いいだろう。
さて、あと一時間ほど余裕があるな。
急にやることが無くなって、手持ち無沙汰になる。
ふと視線を夢香ちゃんに向けると、未だに瑠理香ちゃんと通話を繋ぎ、小声で喋っていた。
そういえば、瑠理香ちゃん中学二年生だっけ? 中学校にスマホを持っていくのは普通に禁止だと思う。
だが、そのおかげで生存が確認できたわけだし、良かったと考えるか。
以前夢香ちゃんに妹がいるとは聞いていたけど、どんな子だろう。
中学校にスマホを持っていく子だし、派手な子かな?
そういえば、瑠理香ちゃんの容姿を知らない。
これは確認しておいた方がいいな。
「夢香ちゃん。ビデオ通話に変えてくれないか? 俺、瑠理香ちゃんの見た目知らないから、助ける前に知っておいた方がいいと思うんだけど」
「あ、そうでしたね。今から変えます。どうぞ」
夢香ちゃんはスマホの画面を操作して、ビデオ通話に切り替える。
俺が画面を覗くと、そこには身だしなみを少し気にした黒髪ツインテールの小柄な少女がいた。
やはり姉妹なのか、瑠理香ちゃんも小動物のような雰囲気を受ける。
夢香ちゃんがおっとり系の小動物なら、瑠理香ちゃんは天真爛漫な小動物といったところだろうか。
「顔を見るのは初めてだね。瑠理香ちゃん、改めてよろしく!」
『は、はい。よ、よろしくお願いしますぅ……』
どうやら、すごく緊張しているようだ。
おそらく人見知りなのだろう。
それから、俺たちは三人で軽く会話を交わし、瑠理香ちゃんのスマホのバッテリーが少なくなったところで、会話を終了した。
その間鬱実はというと、基地内でやることがあると姿を消している。
この基地の構造は、いったいどうなっているのだろうか?
余裕ができたら、一度探検してみたいと思ってしまう。
やっぱり、秘密基地は男のロマンだよな。
持ち主の鬱実は女の子だけど。
ロマンといえば、この画面が六つもあるパソコンだろう。
このパソコンで、鬱実は一体なにをやっているんだ?
画面の多さからして、株とかFXとかだろうか?
俺は何となくパソコンに近づいてマウスに触れてみる。
すると、パソコンは休止状態だったのか、急に画面が明るくなった。
「えっ……これは……」
そしてそこに映されていたものに、俺は嫌な汗が流れる。
「これって……どこかのアパートと、誰かの部屋でしょうか?」
夢香ちゃんも気になったようで、画面を見て首をかしげていた。
「あ、ああ。これ……俺のアパートだよ。部屋も、俺の部屋……」
「えっ!? そ、それって……」
「盗撮だな……」
鬱実が、この場所から俺のアパートがよく見えるベストスポットだと言っていたことを思い出す。
そうだ、あいつよく見えると言っていたが、直接ではなく画面越しからだったのかよ!
もちろん、この秘密基地がある場所は俺の住んでいるアパートから距離も近い。
少し外に出て歩けば、俺のアパートを遠くから眺めることができるだろう。
正直、ベランダを見られる程度だと思っていた。
だが実際にはどうやったのか不明だが、部屋の内部まで盗撮されている。
六画面それぞれに、違う映像だった。
「えっと……なんと言えば、いいのでしょうか……」
「いや、何も言わなくていいよ……」
「はい……」
あまりの酷さに、俺は心が無になる。
鬱実にいったいどれだけ、見られたのだろうか?
そこへ、鬱実が戻ってくる。
「あっ……凛也君、見てしまったのね?」
どこか誇らしげに、鬱実は言った。
「何で誇らしげなんだよ……」
「あたしね、凛也君が不審者に襲われないように、見張っていたんだよ? おかげで何も起こらなかったでしょ?」
「いや、お前が不審者だよ!!」
「そんなぁ! 凛也君が辛辣ぅ!」
「辛辣も何も、誰だって六画面も盗撮されてたらキレるだろ!」
鬱実にはこれまで様々なことをされてきた。
だが、これは酷い。プライバシーの侵害だ。
「じゃ、じゃあ、これからは、代わりにいつでもあたしのこと盗撮していいよ? トイレも、お風呂も、一人エッ――」
「それ以上言っちゃダメ――!」
「むぐぅ!?」
何かヤバいこと口走りそうになった鬱実を、夢香ちゃんが両手で口を押さえて止める。
だが、それは手遅れだよ。
鬱実が何を言おうとしていたのか、これまでの経験から予想できてしまう。
しかし、だからといって鬱実を盗撮する気は当然ない。
「はぁ、もういいよ。今更、どうにもできないからな。だが、次同じことをしたらただじゃおかないからな!」
「ぷはっ、う、うん! もうしないよ? あたし、凛也君の嫌がることしないもん?」
こいつ、ちゃんと理解しているのだろうか? いや、していないのだろうな。
呆れる俺の横で、鬱実は終始ニコニコしていた。
そして、時間は過ぎていく。
瑠理香ちゃんを助けに行く時間が、ついにやってきた。
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