海外へ行く

第21話 特訓!



21話目


 そこは月額で貸し出されている部屋だ。広さは一般的な体育館くらいで、その見た目から体を動かすために作られていることがわかるが、飛び箱や体操をする場所ではない。

 その部屋は個性の強化に使用される場所なのだ。だから、体育館と呼ぶべきか怪しいと思うほどの特殊な設計が施されている。


 そんな場所でアルトと、一緒に研究した仲間である明輝くんがド派手な組手を行っていた。


「今日のアルトさん少し厳し過ぎやしませんか!」

「そんなことないよ。いつも通り明輝くんを捻り潰そうとしているだけ。」

「毎回そんなこと思っていたんですか?! もうちょっと気合の入れ方変えてくれません!」

「じゃあ自然力膨張症の治療方法確立記念として潰そう。」

「変わっていないじゃないですか!」


 半年くらい前から体を鍛えたいと明輝くんに言われて始めたこの組手。毎週続けてきたかいあってそれなりに様になっているが、年の功があるアルトには手も足も出ていない。

 まあ、研究室籠もりで骨と皮膚と脂肪のみになった体に筋肉が出来上がっているところを見ると、続けている意味はあるのだろう。


 この前も筋肉が出来たおかげで、彼女ができたとウキウキだったし。


「治療方法確立記念だからゴージャスになっているよ。」

「組手にゴージャスなんて概念はないでしょ!」

「自然力を見たらゴージャスになっているかもしれないさ。」

「アルトさん以外自然力を見れる人は居ないでしょ! まして僕なんかは見れる可能性すら皆無ですよ。」

「頑張れば見れるんじゃない? 神様に頼んだりして見たらさ。」

「それこそ無理ですよ!」


 ガンガンと拳がぶつかり合う音が鳴り響く中、悠々と会話をしていた。明輝君は必死であるがその割には会話の内容が明確であり、まだまだ余力を残しているように見える。


「なら物理的に豪華にしてあげるよ。明輝君の血と肉を散らして。」

「冗談に聞こえないからやめてください!!!!」

「ほら、、耐えてね。」


 常に余力を残しておけといつも言っているが、訓練の時くらい全力でやってもらいたい。そういう主観から明輝君の態度にイライラしたので、今日はいつもよりも気合をいれていく。

 しっかり腰が入ったパンチに合わせるように構えた腕は、鈍い音を立てながらも耐えている。しかし流石に堪えたのか降ろすことが出来ずに、そのまま固まった。


 痛いのだろう苦しいのだろう。しかしその程度ではまだまだだ。


「はい。次」


 ぼーっとしている間に二発目をいれようと足を振り上げ、丁度頭の高さを蹴る。まだ腕が痛いのか、ワンテンポ遅れて足の前に腕を割り込ませる。そのせいか完全に耐えきることは出来ず、腕ごと押し切られてしまった。

 しかしワンテンポ遅れているとは言え防御は出来ている。

 

 一週間前までであれば今の蹴りでダウンしていただろう。

 僕は大きく目を開いて成長を実感した。


「次」


 だが、手加減するかと言えばそれはまた違う。倒れた明輝君に対して容赦なく追撃をいれていく。溝内を狙った蹴りはジャストフィットし2メートルの距離を開けた。


「回避と防御は使い分けなって何度も言っているよね。さっきの反射的に防御したのは良いけど、次の事が全く頭にないよ。」


 明輝君は走って来る僕を見て直ぐに起き上がろうとするが、明らかな隙だ。2メートルの助走で勢いが付いた蹴りは明輝君の頭を下から掬い上げるように入った。


「いまのだって反射的に起き上がろうとしたんだろうけど的でしかなかったよ。」

「ゴホ、ゴホ……ハァースゥーハァースゥー」

「ほら、立ちな。」


 みぞおちに入った蹴りのせいで呼吸が十分に出来ていないようだ。立つには厳しいダメージを負ったせいで、もがくばかりである。

 良心が痛むが仕方がない。そう思いながら明輝くんの襟を持ち上げて無理矢理立たせる。

 

 その過程で首が締まってしまったようだが、元々呼吸がままならないようなので同じだろう。


「ほら立てたね。」

「むりやり、立たせたんでしょう!」

「そんなこと言っていいの? 早く構えなよ、そうじゃないと気絶しちゃうよ。」


 足元がおぼつかなくフラフラしているみたいだが、まだ組み手は終わっていない。

 油断して手を下げていては、ワンテンポもツーテンポも遅いのだから避けられるはずがない。


 腰の入った拳をそのまま受けてしまい、踏ん張る気力なく倒れてしまった。


「今日はこれでおしまいかな。」

「……」


 反応はない。

 これだけ殴られたとしても起き上がってくれるなら、鍛えがいがあるのだけどと思ってしまうが魔術師でないのだから仕方がない。しかし僕に教えてもらっているのであればもう少し気合が合ってほしいのだけれど。

 失望とまでは行かなくとも、この程度かと体育館から出て行こうとする。


 気絶してしまったら何も出来ないから。

 そう思っていたいのだが、突然後ろから声が聞こえた。


「まだ、終わってません」


 明輝君だ。あのパンチを真正面から喰らってしまったのだから、気絶したと思っていたんだけど……

 いや、ちゃんと気絶はしていた。


「回復するの早いね。」

「足掻くのだけが取り柄ですから。」


 もう立ち上がっている。ここまで回復が早いのは人間としての地力が違うのだろう。流石と言うべきだ。しかし立ち上がれたと言っても、気絶直後でガクガクいっている足ではこの攻撃に耐えることが出来るのか?

 そう思いながら目の前まで移動し、しゃがみながら足払いをする。


 明輝君からは目の前に僕が来たと思ったら消えたと感じるだろう。目がついてこれていない。


「うわ!」


まんまと転んでしまった明輝君は、頭を打たないように受け身を取りながら僕から離れる。


「何も出来ないなら出来るだけ離れる。」


 立ち上がったことを確認すると、また勢いよく近づき今度は顔面の高さの飛び蹴りを行なう。勢い相まって受け止めることは出来ない程の威力だ。その事がちゃんとわかっているのか明輝君は回避する。

 それと同時に、飛んでいる僕に攻撃してこようとする。

 

「隙だらけですよ!!」


 だが、それは悪手だ。

 隙があれば攻撃した方が良いのは当たり前だが、その隙は本当に隙なのか? 見極めなければいけない。


「だめ。誘っているそが分からないの?」

「グハ!!」


 避けられることをあらかじめ予測していれば、どれだけの隙が有ろうと対策は出来る。腰の入っていないひ弱なパンチを掴み、前へ押し出す。それだけで転んでしまった。


「足掻けばいいさ。個性が無いなりに頑張ればいいさ。それだけで生きてきたんでしょ?」

「……そうですよ。生まれてからずっと必死に足掻いてきたんですから。」

「まあでも、足掻くしか脳が無いから僕に一撃もいれる事が出来ていないんだろうけど。」

「それは個性を持っている人でも同じでしょう。たとえ瞬間移動が出来たとしてもアルトさんに勝てるビジョンなんて浮かばないんだから。」

「いやいや、瞬間移動が出来るのなら僕なんて一瞬で倒れるよ。」

「魔術を使ったら?」


 この一年間でいろんな人を見てきたが、個性と言うのは奥が深い。何と言っても魔術を生理現象のように自然と使えるおかげで隙が無いんだ。

 それに対して魔術は詠唱をしたり、術式を魔力で再現したりとタイムラグがある。


 つまり、もし瞬間移動の個性を持っている人がいたら、僕が一つの魔術を使う間に何十回も瞬間移動できるだろう。

 でも負ける気はサラサラないが。


「そんな事よりも今度は明輝くんから向かってきなよ。やられっぱなしは嫌でしょ?」

「……そうですね。一撃くらいはいれてやりますよ。」


 そう言い明輝君は向かってきた。








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