神の贋作と秘密集会
神の贋作と秘密集会 -1
告解部屋は赦しについてが多いと思われているが、ヘロンベル教の告解部屋についてはその限りでない。
厳密に言えばもちろん赦しの場であるのだが、昔のように赦しばかりのある人間ではない。心に抑えておく事が難しい事を、神に懺悔し言葉にする。それがヘロンベル教の告解部屋。
そしてその中でも祭司に言うのもはばかれるような告解を聞くのが、夜の告解部屋だった。
そんな夜の告解部屋で主となるエヴァは、困ったように肩を落としている。小窓越しに見える手は女性のもので、どうやら爪をいじる癖があるらしくさっきから忙しなく動いている。
昼間のミサで聞こえてきた、夜の告解部屋への希望。
それに合わせてエヴァも話を聞く事にしたが、内容を確認すると決めつけのような内容でもあった。
「なのでピクシー様、私は黙っているのが苦しいのです、シスター達が異端に染まったのではないかという状況なのに……しかし、そんな事祭司様には恐れ多く言えません」
先ほどから繰り返すこの言葉も、もう何回目か。
「……ミセス、シスターも夜な夜な集まる事はございます」
もちろん、嘘だが。
そもそも彼女の告解は、教会内の小さな空き小屋にシスター達が集まっているのを見てしまったという話だった。あの小屋には悪魔が住まっている、だから調べてほしいと。
(彼女は、この告解部屋を便利屋かなにかだと思っているのでしょうか?)
夜な夜な集まるシスター達がなにをやっているかなんて、それだけを聞くとただの知りたがりのようになってしまう。シスターであっても、人は人。祈りの時間以外は、プライベートの扱いなのに。
これでは、いくら聖職者として身を置くからと言っても自由があまりにない。
(……けど同時に、彼女が心配する理由がわからなくもない部分がある)
彼女の発したうちの、一つ。
異端に染まったのではないかという部分。
もちろんそんな事はないに等しいが、今のマーレット教会周辺は異端の存在にかなり敏感になっている。
「しかしピクシー様、彼女達がもし夜明の鷹に堕ちていたら!」
そう、この事である。
(夜明の鷹……ここ最近名前をよく聞くようになりました)
夜明の鷹というのは、ここ最近問題になっているテロ紛いの事をする信者達や聖職者を意味する。エヴァの記憶の中でこの存在を最近聞いたのは、リリアから相談を受けた時だったと覚えている。
誰が言ったか、それとも名乗ったのか。突然現れたその存在は、早い話が現教皇反対派から成り立っている。
甘く、お人好しで信者以外にも救済をする教皇様。もちろんヘロンベル教のトップとしてあるべき姿という意見が大半を占めているが、ヴィカーノ皇国に伝わる神話を読み解くとそうと思えない部分がある。
神は自分を崇拝するものに手を差し伸べる。
鐘の音を聞いたものは、救われる。
この節の通り、ヘロンベル教で神が救済を行ったのは自分の信者や教徒のみだった、という見解も少なくない。
そんな中で現れた現教皇はお人好しで、神話に書かれた内容とは真逆の事を行っている。それを、よく思わない人々も現れた。
そして出来上がってしまったのが、夜明の鷹。
鷹はヘロンベル教で、革命を意味する。ヘロンベルに革命を、教徒に救いを。
(まぁそれだけでしたら、話は簡単だったのですが)
過激派や異端なんて言葉を使われるのは、もちろん訳がある。
小窓の向こうにいる彼女が心配しているように、今現在夜明の鷹は堕ちると言う扱いをされる。
これは夜明の鷹が縋った先――悪魔が問題だ。
(悪魔崇拝なんてしてしまっていますからね、あそこは)
悪魔はヘロンベル教で、必要悪の扱いとされている。
神が道を踏み外しそうな時に神話の中で現れる、そんな存在。神はその悪魔の誘惑に惑わされるが、最後は誘惑を跳ね除ける、という内容だった。
悪魔がいなければ、神は一歩でも足を踏み外した場合考えるタイミングがなくなってしまう。悪魔の声があったからこそ、立ち止まる事ができた。だから悪魔は必要な存在である。
しかしそれが現実の話となれば、訳が違う。
実際の悪魔崇拝はもちろん禁止されているし、悪魔召喚なんて話になった日には処刑ものだ。その中で夜明の鷹は悪魔に縋り、かつての神話と同じように必要悪になるよう祈りを捧げている。
「……ミセス、もしなにかあったとしてもシスターは聖職者……神に仕える身です。彼女達の真の心の声を、神はいつでも聞いておいでです」
「……そう、でしょうか」
「えぇ」
少し不安そうな言葉を零す彼女を安心させるように、優しく話す。少し納得いかないような反応ではあったが、どうやらエヴァの言葉は聞いてくれたらしい。それ以上、食い下がってはこなかった。
「…………」
夜明の鷹や、シスター達の事。
エヴァの中では不思議と思える事がたくさん浮かんでいるが、それよりもエヴァは少し気になる事が目の前にある。
『なんで、こんな事をするのだろう』
彼女から聞こえてくる声は、なぜか赦しを乞うものではなく心からの疑問だった。
だからつい、エヴァも首を傾げてしまう。
赦しを自分で乞いてきたのだから、こんな事をするの言葉は矛盾になっている。
けど同時に、詮索するのはよくないともわかっている。
この部屋は、そしてピクシー様という存在は話を聞き心を軽くする場所。エヴァ自身もピクシー様を名乗ったわけではないがそれは理解していて、むしろこの夜の告解部屋を開くようになったのも人の心に触れたいからだったのだから。いまさら、深く踏み入るような存在にはなりたくなかった。
「ミセス、心配には及びません。この教会に異端はいませんし――皆神への祈りで、清き心を持っております」
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