鬼面の忍者 長篠セブン
九情承太郎
一章 息子に嫁を取ったら戦争になったぜベイベー
一話 だって戦国なんだもん(1)
ロックな生き様の武将だった。
奥平定能(おくだいら・さだよし)。
通称は
英語表記だと、98式AVイングラム(嘘ですぅ)
奥三河の亀山城(愛知県新城市作手清岳)を本拠地とする奥平氏は、戦国時代を満喫していた。
当時の三河は今川家の傘下に入る国衆(地方領主)と、絶対に今川の傘下には入らないぜベイベー、な国衆に別れて、ギスギスしていた。
同じ三河の武将たちが、バックを
今川(大手老舗企業)にするか、
松平(地元有望店)にするか、
織田(新興成金企業)にするか、
武田(最強大企業)するかで小競り合いを繰り返し、結局は今川の植民地にされた。
奥平氏は、一応は今川に恭順を誓い、奥平
定能は幸運値が高いらしく、人質時代は不自由でも身辺に危険は及ばなかった。
しかし、今川を嫌いになったのは確実である。
元服して実家に戻ると、反今川派と組んでクーデターを目論み、織田信長と手を結んでしまった。
「今川の植民地にされて、黙ってワーキングプアしてたまるか! 俺たちは武家だぞ! 望まない支配は、武力で跳ね除ける!」
父の定勝は今川派に与したままだというのに、奥平の半数以上が、この行動力のある武将に合力して織田に付いた。
仕方がないので、父の定勝も味方に加わった。
そして、続々と反今川派の武将が集まって、反乱軍に加わった。
奥平定能は、若くして三河を二分する騒乱の首謀者になっていた。
将才は、確実に有る。
最初は、互角以上に戦った。
だが、半年で敗北する。
敵の今川は親今川派に援軍を送って来たのに、味方の織田が援軍を送ってくれなかったのである。
この頃の信長は、同盟していた美濃国の義父・斎藤道三を失い、身内から反乱を連続で起こされている最中で、三河にまで手を回せなかった。
魔王もレベルが低いうちは、頼りにならない。
奥平定能にとっては、
「このタイミングで梯子を外しやがって、あの成り金サイコパス。尾張を統一してから、戦国大名ぶれっての、身の程知らずが。俺も、そうだけど!」
と、恨み言を言ってもおかしくない状況だけれど、言わずに体内で消化した。
奥平家の美徳である。
潮目が変わり、敗北が嵩むと、父の定勝が一同を代表して今川に再帰順を願い出た。
随分と奥平にだけ都合のいい話だが、何と、許可されている。
この騒乱の中で、最も武勲を立てた奥平貞直(定勝の弟、定能の叔父)を処分するという条件で、許された。
その位で叛逆の罪を赦免せざるを得ない程に、今川は奥平を評価し直していた。
とはいえ、定能まで無罪放免とはいかない。
何せ首謀者。
普通は死罪である。
良くても死罪である。
悪くても死罪である。
北条から父に送られた勧誘書類を持ち逃げして、北条に亡命しようかと定能が企んでいると、父の派閥から高野山へ追放された。
今でいうと、厚生施設での軟禁で済ませるようなもので、激甘の処分である。
当時の奥平派閥は、今川の三河統治には欠かせない勢力だったので、その処分で今川も呑んだ。
そして、なんと一年で赦免された。
同じように高野山で謹慎していた同類たちを糾合し始めたので、高野山から今川義元宛に「引き取ってください。もう手に負えません」と泣きつかれたらしい。
ここまで問題児だと、今川義元も面白がって、父親の監視付きで飼う方を選んだ。
義元自身も、仏門での暮らしが合わずに散々暴れてから飛び出た青春時代があるので、重ねてしまった可能性がある。
幸運値が、本当に高い。
本人は幸運値が高いという自覚は無く、この時期は不承不承、父の下で大人しく今川派陣営で働いた。
それでも今川配下なのにキッパリと叛逆して反乱軍を率いたという経歴は、その後のキャリアで有利に働く。
徳川家康からも
織田信長からも
豊臣秀吉からも
名前を覚えられて、褒美が貰える程に。
本当に、幸運値が高い。
1565年(永禄八年)
桶狭間の戦いで、今川義元が織田信長に討ち取られてから五年。
三河における今川の拠点は、吉田地方(愛知県豊橋市)だけになっていた。
松平家康(徳川家康)の元に集結した三河の武将たちは勝運に乗り、奥平定能も去年から今川を見限って松平家康(徳川家康)に従っている。
父の定勝から家督を譲られた途端に、今川から離れたのだ。
混乱に乗じて、また騒乱の首謀者に成られては堪らないからか、父は家督を重石として定能に載せた。
ロックな生き方をしてきた定能だが、根が真面目な性分なので、かなり大人しく振る舞うようになった。
今回は派手な反乱ではなく、普通に陣営を替えた。
「何だ。普通に鞍替え出来るではないか」
意外とスマートな外交が出来る定能を褒めると、ロックな息子は父親のアップデートが遅い認識を指摘する。
「今川は、俺の喧嘩を買えない程に、オワコンなんだよ」
「松平とて、いつ終わるか分からんぞ。二代続いて、三十路前に死んでいる」
「その分、慎重で用心深くて、健康志向の戦国大名になっている」
「一人死んだら転けるような勢力には、深入りするなよ」
「知っているよ。今川で体験したばかりだろ」
「今川が衰えた分、武田と直にやり合う機会が増える。松平は武田に勝てるのか?」
武田の方に誘導したい父に、定能は喧嘩にならない範囲で反論する。
「織田の援軍次第だ」
言い捨てた瞬間、馬鹿馬鹿しくなって親子で爆笑してしまった。
織田信長が援軍を出すかどうかで、奥平親子は大いに翻弄されている。
いまだに。
そして後々も。
「学習能力を鍛え直せ。武田は今川ほど、甘くない」
嫌な意見を披露しながら、定勝は隠居しながらも武将働きは辞めずに第一線で働き続ける。
もうすぐ六十歳に到達するのに、全く衰えない。
家督を譲っても、人脈を息子から取り戻して勢力を保持している。
「…今度は、自分で反乱を起こして、俺の方を巻き込む気か?」
同じ事をやり返されそうで、定能は警戒しながら家康に合力する。
奥平定能に対する家康の歓迎ぶりは、怖いくらいに大きかった。
遠江(静岡県西部)の三割近い所領と、三千五百貫文(約三億五千万円)を与えられるという高待遇だ。
今川から寝返った武将に対して、当時としては異常なまでに、見返りが大きい。
これを幸運値が高いせいだとは、定能は全く思わない。
「絶っ〜対に、後でこういう仕事を押し付ける為だと覚悟していました」
奥平定能は、軍議の席で酒井忠次に向けて渋面を作る。
吉田城を取り囲んで攻めている最中の松平軍の陣中で、奥平定能は臆せずに発言する。ここでは素直な武将と思われては損だと断じて、ゴネた。
男女を問わずに好かれるタイプの爽やかイケメンなので、渋面を向けられても相手が悪感情を抱かないという特典を備えている。
「拒否権を発動します」
この陣の責任者は、そういう小芝居には構わず、定能を見据える。
田舎に行けば百メートル四方に三人は見掛ける類の顔をしている初老の名将は、まだまだ若さを残している奥平定能に対し、松平家筆頭家老として再度言い渡す。
「吉田城は、無血開城する。小原が人質を殺さずに城を出るように、話を付けに行ってくれ」
行っただけで、殺されそうな仕事である。
しかし拒否しても、酒井忠次は、お構いなしに仕事を振った。
人質時代に熟知した城ではあるが、奥平定能には懐かしさよりも恐怖の方が大きい。
吉田城は三河から集めた人質を、ここ数年、ハイペースで処刑している。
一説には、串刺しの刑で陰惨に処刑したとも伝えられるから、この時期に吉田城へ向けられた松平軍からの怨嗟を察して欲しい。
怨み骨髄の松平軍から出された和議を、信用するような小原
オワコンの今川家の中で、なんと反攻勢を仕掛けて成功するような戦さ上手でもある。
(俺だって信用しないよ。利口な小原なら、尚更だ)
ここで使者として赴く際の条件を粘らないと、奥平定能は、一番嫌な記憶が残る吉田城で無駄死にする事になる。
「無血開城が絶対条件で、その和議の内容に関しては、俺に裁量を任せてもらえますか?」
「どこまで、妥協する気だ?」
奥平定能が持ち出すであろう特例雇用条件を、酒井忠次は楽しそうに待つ。
酒井忠次も今川嫌いで、織田に寝返って今川に反抗した経歴を持つ。その後、今川に反攻されて再帰順した経緯も、同じだ。
違いは、酒井忠次が常に自力で勝ち残った事。
今川は奥平を負かして再帰順させたが、酒井忠次には勝てずに、再帰順する条件で妥協した。
(このおじさんが俺の方に付いてくれたら、半年で終わらなかったのになあ)
定能も、この武将には敬意を払うしかない。
酒井忠次は、かなり早い段階から家康の三河統治を望んでおり、それをほぼ実現させて筆頭家老の地位を不動にした。
(視野が長期的なのが、俺と酒井の違いだな。俺は五年先までが、やっとだ。酒井は十年先まで確実に見ている)
感慨を玩びながら、定能は存念を述べる。
「酒井殿が、小原に人質を出して下さい。そうすれば、小原は安心して吉田城を立ち退き、他の人質は無事に…」
軍議に参加した武将たちの少なくない数が、奥平定能を殴りに殺到する。
これ以上、今川に人質を殺させない為の軍議で、更に人質を出すように意見したのだ。
激発しても、責められない。
奥平定能は、抵抗せずに殴られてやりながら、酒井忠次の返答を待つ。
「いい意見だ」
酒井忠次の普通の音声に、ブチ切れていた武将たちが、ピタリと止まる。
会釈で奥平定能にプチ詫びながら席に戻り、酒井忠次の邪魔をしないように振る舞う。
「わしが人質を出す。それで吉田城が開城され、今までの人質が戻ってくる。良案だ」
奥平定能は鼻血を懐紙で拭きながら、この意見を平気で受け入れる酒井忠次を見直す。
殴らずに怒らずに嘆かずに、平常心を保つ姿勢に。
(かなり怖い人だな、これ)
人質問題を、コスパで割り切る。
普通は、出来ない。
家族・親族の生死が掛かっている。
だからこそ、この時代は頻繁に人質を送り合う。
(そのやり方の逆手を取れるとは、武家の家老だよな)
合理的思考も、度が過ぎると、怪物に見える。
(味方だし、まあいいか)
それを理解する奥平定能も、かなり合理的思考が過ぎる傾向がある。
案が気に入られただけでなく、同類と見做されたのか。
他の者が使者に選ばれ、案だけが採用されて、吉田城は無血開城された。
小原
松平家中で見直された反面、奥平定能は酒井忠次に見込まれて、一緒に戦働きをする年月を重ねてしまう。
釣られて、全国レベルで武名が上がってしまった。
武名が上がると、仲良くしようと近寄る輩も増える。
息子に良い縁談がバンバン舞い込んで来たが、息子は惑わされずに、初恋の人である親戚の娘と早めに祝言をあげてしまった。
「手近で済ませやがって。正室の座は、空けておけよ。とびきりの縁談が来た時の為に」
定能からの、中級武家なら当然の忠告に対し、息子の九八郎(息子にも同じ幼名を継がせた)はキッパリと言い返した。
「おふうとは、子供を五人作る予定なので、余計な嫁は必要ないです」
「もう床入りしたのか?!」
息子も息子の嫁も、十歳を越えたばかりである。
昔の基準でも、早い。
祝言も、婚約同然。
昔の基準でも、子作りは急がせない。
「家族計画の発動は、体の成熟を待ちます」
息子さんは親と違って心身ともに健全なので、幼妻にもまだ手を付けていない。
「慌てていません。心配ご無用」
「うん、辛抱強い性格で、安心した」
(俺より父上に似たか?)
顔は定能に似て、爽やかイケメン系なので油断していたが、オワコンの方に義理立てする隔世遺伝が発現してしまうかもしれない。
父だけでなく息子の挙動にも少し警戒しながら、縁談を持って来る人々に
「イケメンの息子は、ロリ嫁で満足しているので、縁談はご遠慮してください」
と返事をして遊んでいると、定能自身にトンデモないラブレターが来た。
松平家康が徳川家康に名を変えた頃、奥平定能は武田信玄から書状で直接口説かれようになった。
「挨拶&ヘイユー、武田と徳川が戦う時は、こっちに付きなよ! 愛しているぜ!」
という意味合いのラブレターが届くようになった。
武田信玄の、直筆ラブレター。
怖いので酒井忠次が城主になった吉田城に出向き、そのまま直筆ラブレターを渡して、二心が無いという証にする。
「信玄坊主からの勧誘。一流武将の証拠だな」
「いえ、怖いです」
酒井忠次は茶化すが、武田信玄に口説かれたら、怖くて仕方がない。
断れば、消される確率も上がる。
「わしも毎年、口説かれておる」
この機に乗じて、酒井忠次が自慢してきた。
実際に殿堂入りの名将なので、自慢されてもケチな嫌味しか返せない。
「ストライクゾーンの広い人なんですね」
「相手に聞こえるから、口に出さない方がいい」
奥平定能はビビって、吉田城内を見渡す。
そこには、人質時代と違って、質実剛健な武家本来の気風が溢れる機能的な城内に変化している。
昔は今川家の人々を上位に戴く階層社会だったのに、今は酒井忠次を中心とするオーバーワーカーの巣窟と化している。
奥平定能も、多忙に揉まれて武家のハードワークをこなしていたが、息子がそろそろ戦場デビューを考える頃合いになると、考えてしまう。
徳川を見限って、武田に付く可能性を。
考えるだけだが。
(筆頭家老も、考えた事はあるだろうなあ)
忠義者揃いとして名高い、三河武士たちの顔を見ながら、奥平定能は失礼な思考を巡らせる。
(でも連敗して不利になったら、この中の少なくない人数が、寝返るって。俺も経験者)
酒井忠次は吉田城の城主になって以降、東三河の国衆を束ねる立場にある。
この時点では徳川家のナンバー2であり、迫る武田との戦いで迎撃態勢を積極的に整えている人だ。
(今度は酒井殿が、人質を取って仕切る側とは。因果だねえ)
そういうシビアでニヒルな思考に浸っていると、筆頭家老は奥平定能に対して、ハッキリと短く言い渡す。
「武家が強い方に付くのは当然だ。武田に付いても、文句は言わぬ」
そう言って、酒井忠次は、奥平定能宛てに送られたラブレターを、何枚も写させてから、オリジナルを返却する。
「殿と、わしと、石川数正にも、写しを預けておく。武田と仲良くして、情報を流してくれ。服部半蔵が取りに行く。但し、本当に裏切れば、これを証拠に奥平を処分する」
「変わった人質ですね」
変わった人質を取られた上で、奥平定能は二重スパイ生活を送る事になった。
「わしがその役を兼ねるつもりだったが、多忙だ。九八郎(定能)に任せる」
「ついでに、三河衆を半数、武田に寝返らせていいですか? その方が、俺らしいし」
酒井忠次は、思わず刀を引き寄せかけて、苦笑して動作を止める。
「今回は、静かに慎重に立ち回ってくれ。欲しいのは、武田中枢部の情報だ。織田の援軍を当てにせずに、励んでくれ」
助けなしで難しい仕事をしろと言われて、定能の方がムッとする。
(元から、あの低レベル魔王には、期待していないよ)
顔には出たが、口には出さずに、信玄の直筆ラブレターを火鉢に焚べた。
「助けが欲しければ、服部半蔵経由で頼め。少しは遠回しに、何かしてやれる」
「服部半蔵を使っていいなんて、贅沢な仕事ですな」
貴重で危ないラブレターをキッパリ灰にしながら、定能はこの仕事に愉悦すら感じ始めた。
(服部半蔵の情報網を使えるなら、別の目もあるな。二人の戦国大名を相手に、そこそこ上手く立ち回ってみよう。戦国時代だもの、誰も責めないさ)
こういう立場を楽しんでしまう武将なので、酒井忠次は平気でそのように扱った。
三十年近く無敗を誇り、戦国最強を謳われた武田の軍勢が露と消えた『長篠の戦い』は、このフットワークの軽くて強かな武将の起こした羽ばたきから連鎖して、起きた。
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