第14話 少し未来の『擬人化』ダンジョン

▽第十四話 少し未来の『擬人化』ダンジョン

       ▽A級冒険者パーティ『断刃』

 突如として発見された『無名』のダンジョン。

 王都から三日という近距離にあるダンジョンながら、数ヶ月は発見されてこなかったのであろう規模を有する。


 出現する魔物は低級ばかり。

 ゴブリンやオーク、スライムにゴースト。またはスケルトンやゾンビといった死霊系の魔物も存在している。


 傾向としては満遍なく、初心者レベルの敵が現れる。

 強力な罠の類いもなく、ダンジョン初心者は経験として挑戦するべき場所となっている。実際、王都でも「新人がダンジョンを試すならば」という名目で、冒険者ギルドがここを紹介しているらしい。


 馬鹿な、とA級冒険者パーティ『断刃』の弓師は思う。


「今回の任務はダンジョンコアを確認することだ。これはべつにギルドの依頼ではないが、重要な任務だと思ってほしい」


 弓師の声に全員が頷く。

 ダンジョンは危険に満ちた場所である。何よりも危険なところは――その目的がまったく不明瞭なことにある。

 昨日まで安全だったダンジョンが、今日になって突然に牙を剥くことがある。


 ダンジョンに時間を与えてはいけない。

 奴らは招き入れた人間を糧に、徐々に力をつけ、やがては大氾濫を起こす。ダンジョンからあふれ出た魔物たちが地に満ち、たちまちにすべてを蹂躙しかねない。

 ましてやここは王都から、たったの三日で辿り着ける山なのだから……


「場合によってはボス戦だ。このような低級しかいないはずのダンジョンで、まだダンジョンコアが未確認なのは明らかにおかしい。絶対にコアを確認、破壊する」


 こうしてA級パーティの任務が開始された。

 第一層。

 ここはただの洞窟と変わらない。やや迷路じみている構造をしているものの、決して出られないというわけでもない。

 現れるのはゴブリンやオークといった雑魚ばかりだ。

 強いて言うなら物理攻撃を無効化するゴーストが厄介、くらいだ。もちろん、魔法使いや弓師が矢に魔力を込めれば、それだけで解決するていどの問題だ。


「見つからない……」


 魔道士が疲れたように首を振る。

 違う階に向かうための階段が見つからないのだ。ただし、おそらくは隠匿されているのだろう。

 しょうがない。ここは力の使いどころであろう。


「……魔法を使ってくれ。大規模な風の魔法だ」

「解った」


 魔道士が風魔法を放つ。

 この魔法の名を「旋風」と言い、決して攻撃能力は高くないのだが、隠し通路を見つける時には役に立つ。

 風がダンジョンの壁を軽く削っていく。


 ダンジョンの壁は基本的に破壊不可能となっている。だが、隠し通路がある箇所ならば、わずかにではあるがダメージが入るのだ。


「ここにはない」

「では、別の箇所を狙っていこう。……今日は隠し通路を探すので終わりそうだな」


 実際、その後も隠し通路を探すことには難儀した。

 が、三日目にしてようやく隠し通路を発見することに成功した。なんと通路は足下……匍匐前進せねば侵入できないほどの低位置にあったのだ。


「ここのダンジョンマスターはかなり狡猾のようだ。おそらく、この先の罠は苛烈となるな」


 弓師は思考する。

 この事実を他の冒険者に伝えるべきか、否か。

 この隠し通路の一を発見することは、意外と難しいのだ。ダンジョンマスターは理性なき魔物が務めていることが多く、このような「策」を練るような魔物は高位魔物しかいない。


「問題は……ことが露見したと知ったマスターが、何を起こすのかが解らない、ということだな。私が王都に使いをやっている間に、自暴自棄になって大氾濫を起こされるのは困る」

「一応、伝えておくのは悪くないと思う」

「……そうだな。我々が勝てば良いだけ、というのも暴論だろう。今日は休んでMPを回復、同時に王都に使いを出そう」


 冒険者たちは練習しに来ていた新人冒険者たちに文を渡した。


 内容は『隠し通路の位置。策を有していることから、理性と知恵を持った魔物である可能性が高いこと。そのような戦略を取っていることから、まだ戦力は充実していない可能性が高いこと。もしも、自分たちが帰ってこなかった場合、勇者かSランク冒険者が必要なこと』を端的に記した。


 文は五通。五組の冒険者に渡す。

 これで憂いは失せた。無論、敗北する予定はないのだが保険は必須だ。


 こうしてA級冒険者パーティ『断刃』は、ダンジョンに飛び込んだのだ。


       ▽A級冒険者パーティ『断刃』

 このダンジョンを設計した魔物は、イカれている。

 そう弓師は理解した。

 匍匐前進でなければ進めない通路がある。このような進行をさせられたことなんて、冒険者になってから一度もなかった。

 機動力もへったくれもない。

 進ませる気がないのだ。


「本当に行くのか?」

「念のために聖術と風魔法で両面を防御して進もう」

「魔力が減るのは?」

「我慢するしかない。突破してから休息が取れるなら取る。無理そうなら私たちで戦い抜くしかないな。このような細工を仕掛けるダンジョンなんだ。戦力はそこまでない、と見たい」

「願望だな……まあいい。大氾濫が起きて王都が滅亡するよりか、俺らが全滅のほうがマシだろう。負けたら勇者さまのご登場かね」


 編成は前方がタンク、弓師、魔術師、神官、剣士と決まった。

 魔術師と神官がバリアを張ったのを確認してから、彼らは進んだ。と同時、左右の壁から開く小さな穴から、凄まじい轟音が炸裂した。


「――っ、攻撃されてるっ!」

「私が弓で反撃するわ! 魔力組は防御に専念、進むわ」


 小さな穴の向こうには、スケルトンが鉄の筒を構えている。発射されるのは、おそらくは鉄の弾――アレは他国の勇者がかつて開発した銃に似ている。

 だが、発射のスパンが桁違いだ。

 何十発もの弾丸が続けざまに撃ち込まれ続ける。おそらく、後衛職である弓師ならば、十発も撃ち込まれたら死亡するだろう。


 ただの低級のスケルトンでも、A級冒険者を殺しうる――兵器。


 弓師は針の穴を通すような狙撃で、スケルトンを片付けていく。しかし、スケルトンを射殺しても、すぐに後方に控えていたのであろう、予備のスケルトンが銃を拾って交戦を始める。


「ガードスキルを使って!」


 神官たちのバリアに罅が入る。慌ててタンクがアクティブスキル『堅牢の誓い』を発動する。一日の使用回数の決められた、タンクの切り札のひとつだ。

 スキルの効果時間中、タンクの背後の仲間が防御的に強化される。


 五分。

 無数の射撃を受けながら、どうにか冒険者たちは匍匐前進の通路を突破した。


「正直、これを永久にやられていたらなすすべもなくやられてた」

「どうして途中で止めたのかしら?」

「おそらくDPの限界があるんじゃないか。あの鉄の矢を呼び出す収支が見合わなくなると判断されたんだろう」


 つまり、選別は終了した、ということだろう。

 ここからがこのダンジョンの本領発揮なのだ。


「どうする、ここで休む?」

 と弓師は一応は問うてみる。

 返ってくるのは、当然のように否定であった。


「こんな手を使ってくる奴が休ませてくれるわけがねえ。気が緩む前に突破しちまおう。おそらくはここから死地だ」

「そうね。死ぬ覚悟は?」


 全員が一斉に頷く。

 このパーティは全員がダンジョンの大氾濫によって、家族や大切な人を喪っている。ゆえにダンジョンを見過ごすことはできない。

 命なんてあの日、すでに捨ててきた。


「行きましょう」


 目の前にあるのは巨大なドアである。先ほどまでの隠し通路ではなく、その威風堂々とした扉には――強者の気配が感じ取られた。

 剣士が扉に手を触れる。

 タンクが盾を構え、弓師が弓を構え、魔道士がMPポーションを飲み、神官が祈る。


 扉が開く。

 直後。A級冒険者パーティは全身が凍えるような寒気を感じていた。立っていることがやっと、というような威圧を感じる。

 魔道士が悲鳴をあげた。


 二人。

 扉の向こうに居たのは、たったの二人きりだけだった。

 王都にあるような玉座の間。

 玉座の隣に立っているのは、信じられないような美少女である。鮮烈すぎる桃色の髪に、澄んだ碧のハイライトが幾重にも折り重なっている。勝ち気な表情は凜々しく、A級パーティたる『断刃』を見下ろしている。


 かなりのやり手だろう。

 

 だが、魔道士が悲鳴をあげたのは、その少女に対してではない。その隣、玉座に腰掛ける少年にこそ、彼らは一様に恐怖を覚えていた――刻みつけられていた。

 一見、ただの優しそうな少年だ。

 やや退廃的な雰囲気を纏いつつも、綺麗で美しい、黒髪の少年。


「な、なんだあの――膨大な魔力量は!」


 可視化されるほどの膨大な魔力。

 紅いオーラを身にまとった少年は、玉座に腰掛けたまま、その唇を開く。


「ぼくの名はクラノ。このダンジョンを支配する――人間だよ」


 そう、あり得ないことを言った。

 あり得ない理由は二つだ。

 ひとつは人間のダンジョンマスターだなんて聞いたことがない。

 そして、ふたつ目は――このような強大なMPを有する人類なんているわけがない。


 かつてAランクとしてドラゴン退治に参加したことさえあるのだ。その時だって、このような途方もない魔力量ではなかった。

 最低でもドラゴン以上――悪魔か、なにかだ。


 人間を真似る悪魔は、気怠げに溜息を吐く。


「……話し合いは無理そうだね。といっても話し合うなんてしない。ぼくがキミたちを信用できないからだ。ぼくには守らなくてはならないものがあるし、キミたちにだってあるのだろうね……互いに尊重しよう」

「我が君、もうよろしいのでありますか?」

「うん、良いよ――アンフェス」


 アンフェス、と呼ばれた少女が嬉しそうに、その両手を向けてくる。どのような攻撃をされたとしても、即座にカウンターを返せるように構える。

 これはボス戦なのだ。

 タンクが防御系のスキルを行使した、直後。


『ポイズン・アイス――ブレス!』


 少女の両手から死の奔流が放たれた。

 タンクは全力で盾を構えるも、あっという間に鋼鉄の盾が腐敗し、塵と成って消滅してしまう。タンクの逞しい肉体が凍り付き、腐り落ち、衝撃に耐えきれずに吹き飛ぶ。


「ドラゴンのブレスだと!?」


 咄嗟に回避行動。

 魔道士が遅れて肉体を吹き飛ばされてしまう。


 剣士は前に飛び出し、その剣を以て前線を切り開こうとする。相手は詳細不明ではあるが、竜しか使えないはずの『ブレス』攻撃を放ってくるのだ。

 絶対に殺さねばならない。


「ム。死体を残せなかったであります。我が君の戦力になり得た人材……もどかしいのでありますな」


 竜少女が呟いてから地を蹴る。

 気づけば剣士と竜少女の爪が鍔競り合っている。Aランクの前衛たる剣士が、少女の膂力に押されている。


 勝ち気に口元を吊り上げる少女、歯を食いしばる剣士の相対。

 火花が散る。ダンジョンの地面が軋みをあげた。

 咄嗟に弓師は弓を放ち、神官は攻撃力上昇のバフを送る。だが、


「ぼくもいるよ――『スタン・ボルテックス』」


 玉座の少年が魔法を放つ。

 ――上級攻撃魔法『雷鳴』魔法の範囲攻撃だ。

 雷鳴魔法は発動速度が速く、威力も大きい上、麻痺の状態異常まで引き起こす。燃費があまりにも悪いために使う者は少ないが、メリットだけ見れば最強の攻撃魔法だ。


 それが一切の躊躇いもなく放たれた。


 剣士が目を見開く。

 慌ててヒーラーが叫んだ。


『セルフ・サクリファイス!』


 ヒーラーの全身が焼き焦げ、その場に倒れ伏す。死んでいる。

 今の聖術は味方に襲いかかるダメージを、すべて自分に流す聖術なのだ。剣士だけではなく、弓師のダメージまで受け止めた神官は、あっという間に息絶えた。


「貴様らあ! よくも仲間をおお!」


 剣士は竜少女を剣で弾く。鍔迫り合いの力も神官が受け止めてくれたからこそ、生み出せた、一瞬の時間。


 剣士が疾走する。

 竜少女が消えるような速度で追おうとするも、弓師が『幻矢』を放って動きを止める。


「行きなさい! ダンジョンマスターだけでも殺すのですっ!」


 剣士が向かうはダンジョンマスターたる、黒髪の少年。


 竜少女に牽制の矢を放ち、弓師はダンジョンマスターにも矢の雨を降らせる。敵は透明の壁を貼って矢の雨を防いでいる。

 前方はがら空きだ。


「敵は魔道士だ! 剣士の一撃なら殺せるっ!」

「行くぜ、ダンジョンの災厄! 剣技――『アクセル・クラッシュ』!」


 速度にバフをつけ、力だけでなく、速度も加算する一撃だ。

 竜だって惨殺するような一撃が、玉座の少年に襲いかかる。少年は避けるそぶりもなく、呆然と剣を見つめている。

 振り抜く。


 ――獲った!


 剣士が笑みを浮かべると同時、背中を竜少女に貫手で抉られていた。抜き出された心臓が握り潰され、血液の霧が巻き起こる。剣士の肉体が死んでいる。


 だが、それでも少年のほうは殺した。

 そう思った弓師であったが、彼女が望む姿は玉座にはなく、むしろ、


「『エレクトロ・クロー』」


 背後から声が聞こえたと理解した時、弓師は死を迎えていた。

 Aランク冒険者パーティ『断刃』はこうして全滅したのだった。


「……仲間たちを殺されて怒っていたようだけど。キミたちはぼくの大切な人たちを殺そうとしたんだよ」


 綺麗な少年は、寂しそうに微笑んで――無表情を作った。


「でも許そう。キミたちが被害者だと思いながら死ねたなら……」


 少年が指を鳴らせば、死体を魔力が覆い始める。やがて死体は操り人形のような形で立ち上がり、玉座の間――その向こうにある第三階層に向かい始めた。


「アンフェス、ぼくは野暮用のあと第四階層に戻るけど。どうする?」

「自分たちはここの守護を続けるであります!」

「うん、解ったよ。では、ちょうど殺した魔術師のワイトを補佐につけておこうかな」

「ありがたき幸せであります」

「防衛ありがとう。助かるよ」


 少年の姿が消える。

 しばらくしてから、玉座の間に五つのパーティがアンデッドとしてやって来た。手にしているのは手紙――『断刃』の保険はただの紙切れと化していた。


 これが『無名』のダンジョンこと『擬人化』ダンジョンの通常営業であった。

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