ゲーミング聖剣、抜けちゃいました!~悠々自適の異世界スローライフを終えた僕はゲーマーとして魔王を討伐する~

ながやん

第1話「詰んだゲーム、積んでたゲーム」

 その日も彼は、老人とゲームに興じていた。

 名はサイジ、日本人だ。

 盤面にはいつものように、騎士ナイト女王クィーンの駒が並ぶ。元いた世界でいう、将棋やチェスに似ていた。それでいて、オリジナリティ溢れる些細な違いが全く違うゲーム性を生み出している。

 14歳の少年にとっては、この世界で……異世界で唯一夢中になれるものだった。


「おじいさん、これで詰みですよ」


 今日もまた、サイジの圧勝だった。

 この異世界に飛ばされてきて、はや一ヶ月。不戦敗を除けば、通算成績百勝目の記念すべき勝利だった。

 老人はニコニコと笑顔で駒に手を伸ばす。


「ボウズ……三手ほど、いや、五手ほど戻してもいいかね?」

「ええ、どうぞ」

「いやはや、強い強い……この村では、ワシが一番強かったんだがね」

「その強さに学べたから、僕も随分成長しました」

「うんうん、もはや免許皆伝めんきょかいでんじゃなあ」


 ここは名もなき辺境の村で、その酒場だ。

 遠く大陸の中央では、人間たちの王国が危機に瀕している。魔王率いる闇の軍勢と戦い、破れつつあるのだ。

 そして、様々な世界より召喚された勇者たちは、一人、また一人と倒れていった。

 サイジと違って、勇敢に戦いを選んだ人間の末路だった。


「よしよし、勝負再開じゃあ! ……うん? なんじゃ、外が騒がしいのう」

「……お爺さん、すみません。ゲームを中断して逃げましょう」

「うん? どうしたんじゃ、こんなド田舎いなかじゃモンスターだって」


 老人の声を、悲鳴と絶叫がかき消した。

 即座にサイジは椅子を蹴って立ち上がる。仮にも救国の勇者として召喚された身、鋭敏な感覚は瞬時に研ぎ澄まされた。

 反射神経と身体能力も、日本で中学生をやってた時とはまるで違う。

 血塗ちまみれの男が酒場に転がり込んできて、疑念は確信に変わる。


「おいっ! モンスターだ! とうとうこの村にもモンスターが襲ってきたぞ!」

「だそうです。さ、お爺さん。避難しましょう」

「し、しかし、ボウズ」


 平和な村だったのだ。

 だからサイジは、のんびりゆっくりとここでの暮らしを楽しんでいた。

 サイジたちを召喚した王国からは、戦いを強制されなかったからである。

 だが、そんな隠居生活もこれで台無しになった。

 そう思うと少し腹が立って、シュバババと手を動かす。数手前に戻っていた盤面を、高速で最適解の行き交う戦場に変えたのである。

 そして、最後にコツンと騎士の駒を置く。


「また詰みです。お爺さんの行動パターンを再現した上で、ね」

「あ、ああ……」

「さ、避難しましょう。生き延びればまた、一緒にゲームできますよ」


 サイジは半ば強引に手を引いて老人を立たせる。

 そのまま外へと飛び出れば、既に村は炎に包まれていた。白昼堂々、阿鼻叫喚あびきょうかん地獄絵図じごくえずである。どうやら自警団の大人たちは苦戦しているようだった。

 とりあえずサイジは、逃げ惑う人たちの流れを把握し、その中へ入る。

 不意に頭の中で声が響いたのは、まさにそんな瞬間だった。


『――よしっ! リセマラ完了ですわ! 三日三晩の奮闘によって、厳選は既に済んでてよ……さあ、最強の聖剣よ! ゲームスタートなのですわ!』


 溌剌はつらつとして、どこか気取ったふうな少女の声だった。

 思わず振り向くサイジは、眩い光が落ちてくるのを目撃する。

 それは、一振りの剣だった。

 荘厳な装飾が施された、七色に輝く巨大な剣。

 それがまるで、舞い降りる羽根のようにふわりと地面に突き立つ。

 虹の刃がオーロラのように揺れて見えた。


「あれは……?」


 もう、この村は駄目だ。そう思った瞬間に現れた希望。サイジにはそう見えた。

 そして、何かしらの奇跡が起こった、そう思った者は彼だけではなかった。


「な、なんだ! 空から剣が……これぞ神々の救いか!」

「よ、よし、貸してみろ! こいつぁ凄い業物わざものの気配だぜ、フンッ!」

「おいおい、遊んでないで早く抜け! ど、どうした!?」


 自警団の戦士たちが、我先にとその聖剣を抜こうとしていた。

 そう、まさに聖剣といった貫禄があった。

 だから、誰にも抜けないと直感した……自分以外の誰にも。


「お爺さん、みんなと逃げてください。僕は……逃げるの、やめてみますんで」


 どうやら、先程の少女の声はサイジにしか聴こえなかったらしい。

 そして、とうとうゴブリンやコボルトに続いて、大型のモンスターまで村に入ってきた。

 無数の首を持つ山のような大蛇、ヒュドラである。

 その巨体はのたうち進むだけで民家を木端微塵こっぱみじんに破壊していた。

 逃げ出す大人たちとすれ違う。

 全力疾走で身を浴びせるように、突き立つ大剣を手に取った。


「……ん、見た目より軽いな。ほいっと、抜けた。で? それで、どうする?」

『待ってましたわ、勇者! あなた、王国に召喚された勇者ですわね!』

「ええ、まあ」

『その聖剣

「なるほど。じゃあ、僕でも戦えそうです、ねっ!」


 振り向きざまに、空を覆うようなヒュドラに対して剣を振るう。

 小柄なサイジの全身を覆うほどの巨剣が、指揮者のタクトみたいに軽やかだ。きらめく両刃は虹霓こうげいに冴え渡り、生み出された衝撃波が無数に散って多頭たとうの蛇を切り刻む。

 あっという間にヒュドラは倒された。

 強力過ぎる武器、興奮も感動もない。

 ただ、ラッキーだとは思った。

 これはただただ、幸運が訪れたに過ぎない。

 だが、その幸運を最大限に活かすのがサイジという男だった。


『わたくしはこのゲームを遊んでる女神、名はアナネムですわ。あなた、お名前は?』

「僕は……僕の名は、サイジ。ごくごく普通の中学生、そして」


 ――

 そう名乗ったら、自然と聖剣が手に馴染むような感覚があった。

 そう、サイジは王国が召喚した勇者である前に……ただ一匹のゲーマーなのだ。

 そして今、女神アナネムのゲームが始まろうとしているのだった。

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