白い穴の先は
くまの香
第1話 この白い穴の先は異世界? プロローグ①
ある日の朝、通勤途中のいつもの交差点、信号待ちで歩行者用の信号が青になるのを待っていた。
「あぁ、今日はまずアレを片付けないとな」
などと、ぼぉっと仕事の手順を考えていたら、突然目の前の横断歩道が白く光り始めた。
目の前の横断歩道に直径5メートルほどの光の円が浮き上がり、真っ白い光を放ちながら横断歩道の横シマを消してアスファルトの中に沈んでいった。
横断歩道の地面が沈没…というか白い円の中は真っ白いモヤで底は見えない。
近くで信号待ちをしていた学生やらサラリーマンが地面に出来た白い穴をガン見したままザワザワと騒ぎ始めた。
「コレ、アレ…じゃね?」
「うわっ出たよ、白い穴!」
「初めて見た……オレ」
「きたああああ、異世界への入口!」
手にしていた携帯で写真や動画を撮る人が目に映り、俺も慌てて上着のポケットからスマホを取り出した。
もちろん、目の前に出来た光る白い穴の動画を撮るためだ。
『異世界の入口』
いったい誰が言い始めたのか。
始まりはアメリカあたりだったと思う。
アメリカのアリゾナだかどっかの砂漠にポカリと開いた白い穴が、ある日発見された。
砂漠の渇いた地面に直径5mほどの大きな穴。
穴は白く光るもやのようなもので満たされており、穴の底は全く見えなかった。
たしか、たまたま通りがかった男性の飼い犬がその中に落ちたとか何とか。
いくら呼んでも犬は穴から上がって来ない。
鳴き声もしない。
よほど深い穴なのか慌てた飼い主が騒いだ事により、穴の存在が公になったのだ。
町や州が穴の調査に乗り出した。
白いもやの中に入れたカメラは何も映せず、機能は停止してしまった。
数メートルも下ろすとカメラ自体が消えてしまい、鋭利な刃物で切られたようなロープだけが残されていた。
何度試しても同じ結果になった。
勇気のある調査員が周りが止めるのも聞かずに、縄ばしごを下ろして穴の中に入っていった。
そして彼は戻らなかった。
それから少しして、穴は忽然と消えた。
『謎の穴遭難事件』として世界各国にニュースが流された。
だが、大抵の国はアメリカのマユツバものと本気で取り上げたりはしなかった。
もちろん日本も「アメリカのフェイクニュースか」とほとんど取り上げる所はなかった。
そんな中、第二の穴がイタリアの観光地に突如出現した。
その穴は僅か1時間ほどで消失したため、TV局や調査の入る時間はなかったが、大勢の観光客により撮影したものが、観光客たちの自国でネットを通じて広がった。
そして穴はその後立て続けに世界中のあちらこちらに出現するようになっていった。
出ては消え、場所を変えてまた出ては消えを繰り返したのだった。
その穴はどの国でも共通して直径5メートルほどのサイズの穴であり、穴の中は白く光るもやで満たされていた。
深さは解らず、電子機器等はもやの中に入れた時点で停止してしまう。
また深さ5〜6メートルあたりを越えると機器そのものが消滅してしまうのだった。
ただし、その白い穴が出現してから消失するまでの時間は場所によってまちまちであった。
速いものだと、出現後数分で消えてしまうものもあれば、長いと数日間、現在最長で消失まで12日間の穴もあった。
消えるまでの時間が不明な事とあまり長くないことから穴の調査は捗らず、どの国でも穴の正体は解明されないままだった。
穴の先が不明な事から「白いブラックホール」や、「ホワイトホール」「異次元の穴」などと呼ばれていた。
日本では何故か一部の若者達から「異世界の入口」や「召喚の穴」と呼ばれ始めていた。
それはいわゆるファンタジー小説の中で、主人公が異世界から召喚される際に足元に白い光の輪が現れることなどから、ラノベ愛読者がネットを通してその呼び方を広めていったようだ。
彼らはあの白い穴の底は異世界に通じているに違いないと、密かに期待と妄想を膨らませていたのだ。
斯く言う俺もそのひとりだ。
俺はあくせくと働く平凡なサラリーマンの毎日のある日、魔法が使えるファンタジー世界に召喚される、そんな妄想を繰り広げていた。
「おはようございまーす」
俺は職場の自分の席に座りながら周りを見回した。
早くも仕事を始めていた先輩を見つけた。
「先輩、先輩! 俺、今朝アレ見ちゃいましたよ 。召喚の穴!」
「召喚の穴ぁ?」
手元の書類から顔を上げて先輩が話に乗って来た。
「信号待ちしてたら目の前に突然出現したんですよ!ビックリしましたよ。横断歩道に光の輪が現れてモヤモヤぁっと地面が…」
「ああ、ホワイトホールか。俺たちの街にもついにホワイトホールが出現したかぁ。日本で何番目だ?」
「もう結構出てますよね?30か、50ヶ所くらい?」
「全世界だとかなりの数だろ?」
「今朝、あやうく落ちるとこでしたよ。信号が赤だったから止まってたけど、あれ青だったら、おれ今ごろ白い穴の中です」
「おおお、良かったな、落ちなくて。今日は忙しい日だからな」
「ヒマだったら落ちてもいいんですかぁ」
笑いながら先輩と話していたけど、実際は笑えない話だ。
日本でも穴に落ちて行方不明になった者がたしかすでにひとりかふたりはでていたはずだ。
穴落ちの行方不明者は全世界で20名を超えていた。
実際は気がつかれていないだけで落ちた者はもっといるだろう。
狭い島国日本では穴を発見したらすぐに通報するように国がメディアを通して国民に呼びかけていた。
発見された穴は警察機関により、穴への立ち入り禁止の措置が取られていた。
人口の多い都市では警官による24時間の監視をおこなっているようだが、全ての都市がそれを出来るわけではなかった。
穴はいつどこに出来るかわからず、出た場所が地方の山間部のような過疎地では、ほおっておかれることもままあった。
どうせ長くても数日で消える穴であったからだ。
ただ、人口密集地では誤って落ちる事故を防ぐために警察以外にも地方自治体も動き出し、小中学校の登下校の際は先生や親の付き添いでの登校を呼びかけたりもしているようだった。
穴が気になって仕事中その事ばかり考えていた俺は、仕事をさっさと終わらせて定時に会社を出た。
交差点へ着くと"召喚の穴"はまだ消えておらず、ロープで周りを囲まれて「キケン 立入禁止」の看板が立てられていた。
都会と違いここのような地方都市は警官が24時間監視をするというようなことはなかった。
時々、通りかかった学生がロープ越しに穴の写真を撮っていた。
俺は交差点の前に立つ三階建のビルへと入り、階段を登って最上階にある喫茶店にはいった。
地方都市の駅前の喫茶店なんて観光地でもない限りいつもガラガラである。
俺はもちろん窓際の席に座った。
テーブルの上にスマホを置いてカメラを窓の外に向けた。
角度を調整して召喚の穴がバッチリ映るようにセットした。
穴が消える瞬間を動画に取ろうと思ったのだ。
スマホをセットした後そこで夕飯を食べ、コーヒーのお代わりもした。
スマホを撮影で使用しているので暇がつぶせない。
レジ横にあった新聞を読んでみたりしたが飽きてしまった。
現代日本の若者はスマホがないと間ーがー持ーたーなーいー。
気がついたら居眠りをしていたようだ。
慌てて窓の外を見た。
穴は消えずにまだそこにあった。
店の壁にかかっている時計を見たら0時に近かった。
ヤバい、これ以上は電車の終電を逃してしまう。
しかたなく諦めてスマホをカバンにしまい喫茶店を出て駅に向かった。
家に付いてシャワーをザッと浴びたことで目がスッカリ覚めてしまった。
さっき撮影した動画をチェックをすることにした。
早送りにして見ていたが穴は変わることなくそこに映っていた。
時々通りかかる学生やサラリーマンが立ち止まり覗いては去っていった。
動画がかなり進んだ辺りで画面に4人の高校生らしき人物が映り込んで来た。
こんな遅い時間まで塾とは、高校生も大変だな。
と呑気に思いながら動画を止めようと思ったが、何だか様子がおかしい。
一人が三人に無理やり引っ張られているように見える。
イジメだろうか?
嫌なものを動画で撮ってしまった。
目が離せなくり止めずに観ていると、三人は一人を小突き出した。
小突き回されていた少年が穴の淵まで追い詰められた。
「おいおい、危ないぞ」
カメラ向かって思わずツッコんだ。
穴の淵に立った少年にひとりがカバンを思い切りぶつけた。
1回、2回、3回‥‥。
他のふたりは笑い転げてそれを見ていた。
5回目のカバン攻撃が顔面にヒットした。
彼が顔を両手で押さえたところを6度目のカバンが今度は膝にヒット。
上半身を警戒していたようで突然きた膝への攻撃により彼はバランスを崩し、穴へ、落ちた。
白いモヤの穴へ、落ちたのだ!
三人はゲラゲラ笑いながら穴を指差して見ていた。
三人のうちのひとりが、ふと地面落ちていた靴を拾い、
穴に向かって投げ入れた。
カバンで殴っていた少年もそのカバンを穴に投げ込んだ。
そして三人はそこから去っていった。
俺は今の部分をもう一度見直し、これはヤバイと思った。
もはやイジメなんかじゃなく、これは殺人なんじゃないのか?
すぐに警察に届けなくてはと思いつつ、念の為に動画のデータを保存した。
どうする、こんな夜中じゃ警察に行くにも電車は動いてない。
自分は車もないし、そもそもここから一番近い警察ってどこだ?
ネットで近い警察を検索しようとして、ふと我にかえった。
「110番だよ、110番があるじゃないか。落ち着け、俺!」
普通に生きているとそうそう110番なんてかける機会はない。
ドキドキしながら電話して、電話に出た相手に今見たことを伝えた。
同様のイタズラの通報が多いそうでなかなか信じてもらえなかった。
証拠の動画があると訴えるとようやく信じてもらえたようで、明日(今日?)の朝証拠の動画を持って最寄りの警察署に行くようにと言われた。
最寄りの警察ってどこだよ!
自宅住所を言い最寄りの警察の場所を聞くとうちから電車でふた駅先だった。
なんだかんだで時間は明け方の3:30をまわっていて、今更寝る気にはなれなかった。
ベッドに入っても落ちた少年の事を考えてしまいそうだ。
日本を含め世界中で「穴」は相変わらず正体不明のままだったし、落ちて上がって来れた人の話は聞いたことがない。
俺が知らないだけかも知れないが。
落ちた人は生きているのか、死んだのか?
グルグルと考えてしまうので寝るのは諦めて、会社の先輩にメールをした。
「昨日見た召喚の穴に、高校生が落とされるのをスマホで撮ってしまいました。その件で今日は警察に行くので、会社を休むと思います」
警察署って何時からやってるんだろう?
24時間営業か?
とりあえず、4:50の電車の始発に乗って行こうとかいろいろ考えていたらあっという間に時間がたっていたので慌てて自宅を出た。
朝一番の電車に乗り、滅多に降りない駅で降りて警察署に向かった。
夜勤担当?の人に昨夜110番で話した内容を繰り返し、それから動画を見せた。
そうこうしているうちに 、警察署内に人が増えてきたようだ。
何人かが入れ替わり立ち代りやってきて、同じ話をさせられて、また動画を見せたりを繰り返した。
証拠としてスマホの提出を求められたが、スマホがないと日常が困ると抵抗して、動画のみそこにいた若い警官のスマホに転送した。
ようやく警察署を出た俺はその足で近くのコンビニに走った。
ペットボトルの飲み物数本とパンやおにぎりとお菓子をいくつか、それとライターを買った。
そしてあの交差点へと急いで戻った。
穴はまだ消えていなかった。
俺はコンビニで買ったものを袋ごと穴に落とした。
穴の先がどうなっているのか不明だが、もし、本当に穴の先が異世界だったら。
穴の先が異世界に繋がっていたとしたら、あの高校生の少年が異世界の森だか草原だかに落ちたかも知れない。
白い穴の先の異世界で、まだ生きているかも知れない。
そう思ったら、せめてこんな物でも届けばいいなと考えたのだ。
同じ場所、同じ時間に届くとは限らないけど、もしもファンタジー小説のように異世界に転移していたとして、そこにパンや飲み物が入ったコンビニ袋が届いたら。
少しは助けになるのでは、と、夢みたいな事を思ったのだった。
ホント、バカみたいだけど。
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