18. 縁は異なもの
縁と言うものはどこにあるかわからない。私の実家は洋装生地と仕立ての店をしており、よく来ていたS住宅会社のN氏が、「福生で洋品店をしている良い青年がいるから紹介したい」と縁談を持ってきた。いまは個人情報とやらで渡さないかもしれないが、言われるままに身上書と写真を渡した。東京五輪の年だった。
それを持って、依頼者の家へ行く途中、用事があったのか、八王子にある夫の家に立ち寄り、「これから福生へ縁談を…」などと話したらしい。ちょうど夫と母親がいて、写真を見せてほしいと言われ、N氏はあっさり見せてしまった。のんきな時代だ。
福生のほうへ行く前に会わせてくれないかと頼まれたN氏から、うちに連絡が入った。洋品卸業をしている好青年だと言う。あれ?と思ったが、まあ会ってみてもいいわと言う感じで承諾した。それまでに二、三、いわゆるお見合いをしていたので、あまり深くは考えなかった。
八王子の料亭で、彼と母親、私と母、そしてN氏が一緒に昼食をしながらの懇談。母親同士は良く話し、すぐに交際したいと申し込まれた。彼は私の家族に会いに来て、父も認めてくれたので付き合い始めた。話はどんどん進んだ。N氏はあとで、初めに話を持っていくはずだった人には平謝りしたと頭をかきつつ、それでも縁のものだから決まってよかった、と喜んでくれた。その人とは会っていてもまとまらなかったかもしれない。
休日の度にドライブに誘われ、様々な話をした。その中で彼の父親の話があった。建築技師で台湾総督府の建設に携わり、裕福な暮らしをしていたらしい。夢を抱いて海を渡ったものの敗戦で総統府となり、失望したのか、戦後は病気がちで仕事もしなくなったようだ。十歳年上の兄は外語大を出て、英語を活かした良い仕事に付けたが、自分は三男で商業高校へ行かされたという。なぜ兄は良い大学へ行けたのに自分は商業高校なのか、と夫は泣いて頼んだけれど、母親も泣きながら、お金がないのだから我慢してくれ、と説得したらしい。そんな話に同情と言うか心を動かされてしまった。
昔は跡継ぎの長男長女は優遇されたが、次男三男は待遇が違ったし、期待もされない場合が多かったのだ。私も総領娘の姉が高校を出てから洋裁を習ったので、たとえ私が大学へ行きたいと望んでも受け入れてもらえないと初めからあきらめていた。高校を卒業してから、好きだった絵画を習いたいと願ったが許されず、好きでもない洋裁を習わされたのは、手に職をと願う親心は理解できても悲しい思いをしたものだ。
それでも夫は大手のアパレル会社に就職し、期待されて鍛えられ、仕入れに腕を振るったという。しかし若気の至りというか、自分の力を過信して、自営のほうが儲かると考えた。母親も息子に期待し、独立を勧めたようだ。もう一つの要因は、はじめ長男夫婦が同居したものの、姑や小姑のいる大家族を養って仲良く暮らすのは大変だったのだろう。横に広い家を半分ほどに分け、別居することになったとき、夫は自分が母親の面倒を見ると約束したようだ。私には「一度は嫁のせいにできても、二度も別居になったら姑が悪いと世間に思われるのだから、仲良くやってくれと言ってあるので、安心してほしい」と言った。
それはともかく、夫は独立したけれど地盤も資金もなく、仕入れができるのは安物の下着類ばかり。売り込みに行ってもなかなか買ってもらえず、買ってもらえても利益は少ない。細かい作業で値札をつけたり、箱に詰めたりする人手もいる。小売店を回っても看板のない若造は苦戦を強いられ、従業員の給料を払うのにも苦労する。増える借金に困っていたので、商家の娘と結婚すれば援助してもらえると思ったのかもしれない。私は話し上手な夫と意気投合し、というか乗せられたのかは不明だが、外面の良い夫を素直に信用して結婚した。
九州へ一週間の新婚旅行。行きは飛行機、帰りは新幹線。途中の船は特別室で、船長が挨拶に来た。観光はすべてハイヤー。夫にとっては後先構わぬ贅沢三昧な旅だった。が、帰って一週間もたたないうちに「お金が足りない」と言い出し、私のお金をあてにし始めた。貯金通帳は見せてあったので断れない。借金返済や生活費、手形を落とすためなどに次々と使われて、結局七か月後に倒産したのだから唖然とするしかない。
父は九紫の私が一白方位へ移ったので、苦労するのは想定内だったらしい。そのころ室内装飾店を次々と出していて、一支店を任せてくれた。二人の姉夫婦も支店を出し、インテリアブームでずいぶん繁盛したので助かった。そんな話をすると、K女は「良かったり悪かったりだから人生は面白いのよネ」と笑うが、あまり波乱は起きないほうがいい。
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