四十九話 同じ同じ

キャントによる身体強化に加えて、一般的な身体強化スキルの発動。

更に、そこに鬼心開放による身体強化が追加。


一対一で戦うのであれば、そこまでする必要はない。

そのクランドの分析は間違っていない。


体格は劣っておらず、その他の要素も劣るどころか勝っている。

ただ……それでも、クランドは盗賊たちの実力を嘗めていなかった。


他の能力では勝っていても、人を殺す経験だけは、自分よりも勝っている。

そんな殺人鬼を相手に、手加減なんてことを考えていれば、こちらが手痛い目に合う。


「がっ!?」


完全に殺す……そこまではしない。

勿論、殺さないという意味ではない。


ある程度戦闘不能まで追い込むことが出来れば、リーゼの魔法で十分殺せる。


それを考えたうえで動き、首元やわき腹を抉る。


一秒と関わらず、五人の内二人が地面に倒れる。


「ぎっ!!??」


その次に、首の後ろを手刀で軽く切断。


この時点で、三人が戦闘不能に追い込まれ、いずれも重傷。


「「っ!!!」」


手を出してはいけない獣が現れた。


盗賊たちから手を出したわけではないが、それでもその獣がこれから自分たちを許してくれることはない。

絶対にあり得ない。


そう思った盗賊たちの判断は早かった。


青年と一緒に現れた女を即座に殺し、先程まで痛めつけていた女冒険者三人を人質に取れば良いと。


ゲスく、いかにも盗賊らしい考え。

ただ……この戦況で、自分たちが優位に立つにはと考えた時、確かにその判断は間違いではない。


しかし、クランドに背を向けることは……殺してくれと言っているのと変わらない。

残った二人の判断は確かに最善だったが、背後から迫るクランドのスピードに反応出来ず、リーゼが待機させていた攻撃魔法を放つことなく、二人の首が半分削られた。


「「「えっ?」」」


リーゼに守られていた三人は、目を丸くして驚く。


キャント、身体強化、鬼心開放。

三つの技によって強化されたクランドの速さは、彼女たちには目で追えなかった。


言葉通り、誇張はなく、気付いたら終わっていた。


体の一部から血を流し、誰一人として起き上がれない。

完全に急所を狙った攻撃を行い、たった一人で五人の盗賊を殺した。

その事実だけは理解出来た。


「クランド様、水です」


「ありがとう」


証拠として、クランドの両手に盗賊たちの血が付いていた。


あまりにも一瞬の出来事に、状況を飲み込むに時間が掛かり……飲み込めたタイミングで、ようやくクランドという自分たちと同じルーキーが、どれだけ凄いのが理解した。

いや、理解せざるを得なかった。


「あ、あの!!!」


「?」


「っ……あ、ありがとうございます!!」


「「ありがとうございます!!!」」


まだ人を殺したことがない彼女たちにとって、目の前の光景は中々にショッキング。


恩人であるクランドに若干恐怖を感じてしまったが、それでもお礼を言わなければという思いが勝り、深く頭を下げた。


「どういたしまして」


そう言いながら、亜空間からポーションを取り出し、彼女たちに渡す。


「それ、使ってくれ」


「えっ!? いや、でも」


命の恩人に、そこまでしてもらう訳にはいかない。


この反応に……クランドは尚更使って欲しいと思った。


「そこまで高いポーションじゃない。だから気にすることはない。こいつらの装備品を売れば、お釣りがくるからな」


盗賊にしては悪くない装備品を身に付けており、売ればそれなりの金になる。


「……こいつらの中身、見ておくか?」


これは完全にお節介だった。


今のうちに人の体内を見ておけば、いざ彼女たちが盗賊と戦闘を行うとなった時、初めての体験で気持ち悪くなり、戦闘不能になる可能性を下げることが出来る。


とはいえ、突然の提案……その内容に、三人は当然後退る。


「慣れておいた方が、得ですよ」


ここで同性であるリーゼが、クランドの提案を肯定。


普通に考えれば、中々得られない経験。

それでも躊躇する内容ではあるが……彼女たちは二人の好意を受け取った。


そして…………。


「「「おえぇぇぇ~~~~~~」」」


三人は見事に吐いた。


乙女が異性の前で見せる姿ではないが、そうなってしまうのも仕方ない。


予め小さな穴を掘っていたので、ゲロの匂いは直ぐに閉じ込められた。


「懐かしいな。俺もそうやって吐いた」


「えっ」


目の前の屈強な青年からは、全く想像できない。


「俺だって同じ人間だ。こんな慣れない物を見れば、吐いてしまうよ。今では慣れたけど、当時は三人と同じく思いっきり吐いた」


「……そう、なんですね」


自分たちが戦うどころか、怯えることしかできなかった盗賊たちを瞬殺した、雲の上の力を持つ存在。


そんな青年も、自分たちと同じ部分があった。

その一つの共通点が、彼女たちの意識は少し買えた。


「さて、残ってる遺体は回収しておかないとな」


死体を亜空間に放り込み、本日の探索は終了。

彼女たちと一緒に街へ戻り、門兵に盗賊の一件について話し、死体を見せた。


門兵の一人が慌てて冒険者ギルドへ報告に向かい、偶々その話を耳にしたベテラン冒険者は、飲み込もうとしていたエールを思いっきり吹き出してしまった。

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