三十二話 最後まで、闘志は消えていなかった
クランドがパーフェクトローナーストライクを放ったことで、絶対領域・ハンティングフィールドは解除された。
そして思いっきり殴り飛ばされたブラハムは、リングを超え………壁に激突。
壁に亀裂が走るほどの衝撃を受けたが、ブラハムは血を吐くだけで、そこからピクリとも動かなかった。
「……っ、試合終了! 勝者はクランド・ライガー!!!!」
クランドの勝利が審判によって宣言された。
普通なら、ここで大歓声や拍手の嵐が巻き起こるところ。
今大会、ブラハムが勝とうと、誰が勝とうともそれが当然だった。
しかし……今、観客たちは目の前で起こった内容を、冷静に受け入れられていなかった。
(えっと、拳ぐらい上げた方が良いか?)
審判は直ぐに医療班に声を掛け、ブラハムの治療を補助している。
なので、一先ずクランドは本当に自分が勝利したと証明する為、右拳を高らかに上げた。
すると……一人、二人、三人……波紋の様に拍手の波は広がり、やがて大歓声が起こった。
「……ふふ、やっぱり歓声を浴びるのは良いものだな」
観客たちに軽く頭を下げ、クランドはリングから去った。
そして事前に父親のオルガと約束していた場所で合流。
「お疲れ……と言う程、疲れてはいないか」
「そうですね。体力面では、特に疲れていません」
そう、体力にはまだまだ余裕がある。
しかし……ブラハムは途中から危機的状況に突入していたが、降参という選択肢を取ることはなかった。
状況を考えれば、降参という選択肢を取ってもおかしくない。
それでも、最後まで彼の眼から闘志が消えることはなかった。
その事実が更に恐ろしさを感じさせる。
「……あの試合で、俺は逃げました」
「ふむ。逃げた、か」
「はい。その通りです」
結果としては、クランドの勝利。
それはクランド自身も、それはそうだろうと認識している。
「確かに、お前は逃げたかもしれない。だが、あのブラハム・ダグレスに勝利した。それは胸を張って誇るべき内容だ」
どんな手を使ったにしろ、学生最強の男を倒したことに変わりはない。
それは紛れもない事実。
ここで胸を張らないのは、逆に相手にとって失礼になってしまう。
クランドも、それは理解していた。
「そうですね……堂々と、胸を張らせてもらいます」
「うん、そうするべきだ」
不意打ちに近い形で勝負を決めた事に対し、負い目は完全に消えた。
そんな中……美味い料理があると誘われ、クランドは大会のお疲れ様会的な集まりに参加することになった。
(……今更だが、俺が参加しても良いのか?)
お疲れ様会の開催は、大会が終わった日の翌日。
ちなみに……クランドの強烈な八撃を食らい、最後にパーフェクトローナーストライクを食らったブラハムは、試合後の表彰式に参加することが出来なかった。
勿論、彼は死んでいない。
彼の生まれつき強靭な体のお陰、瞬時に魔力操作で必要な場所に膨大な魔力を集めた事。
それらの強さが重なり、絶命に至ることはなかった。
とはいえ、一度意識は失った。
治療スタッフとして待機していた回復魔法使いたちのお陰で、既に体の回復は済んでいる。
一晩も寝れば、魔力も回復する。
ただ……ブラハムが目を覚ましたころには、既に表彰式は終了していた。
この件に関しては、特に怒りを持っておらず、クランドが試合前に零した謝罪だけが、ずっと気になっていた。
そしてお疲れ様会当日、クランドがゲストとして参加。
すると、大勢の参加者たちの視線が集まる。
(仕方ないのは解るが、あまりそういった視線でジロジロ見られるのは好きじゃないんだよな)
自分の外面、中身を探るような視線は、前世から今でも慣れない。
しかし、特別に招かれたこともあり「ジロジロと見んじゃねぇ!!!!」などと怒鳴りつけることは出来ない。
なので、誰も寄って来ない状況を利用し、美味い料理を食べることだけに集中しようと決めた。
「昨日ぶりだな」
「あっ、どうも。昨日ぶりですね」
数品の料理を皿に乗せたところで、一人の男子学生に声を掛けられた。
その学生とは……先日、クランドが思いっきりボコボコに下ブラハム・ダグレスだった。
「その、体はもう大丈夫なんですか」
「あぁ、大丈夫だ。大会の治療スタッフたちは優秀だからな。心臓や脳が潰れていない限り、傷か残ることもない」
骨はバキバキに折れており、内臓も損傷していたブラハムだったが、心臓や脳は無事だったため、問題無く復帰。
本当は安静の為にベッドで寝ていなければならないが、クランドがお疲れ様会に参加すると聞き、無理矢理参加。
「そうなんですね。それは良かったです」
絶対に勝つためとはいえ、クランドとしても少々やり過ぎた感じていたため、ブラハムが問題無く行動出来ることに、ほっと一安心。
「ところで、お前に一つ聞きたい事がある」
「? なんでしょうか」
「試合が始まる前……何故、俺に謝罪した」
意識が目覚めてから、こうして再開するまで、ブラハムはその事ばかり考えていた。
それでも、一向にそれらしい考えが思い浮かばない。
そんなブラハムの質問に、先日の試合に勝利した事実に対して胸を張るために、試合前に零した言葉について話し始めた。
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