荒療治

「こちらです」


 男は恙無く俺を誘導したあと、憑き物が落ちたかのような軽やかさで踵を返し、颯爽と廊下の薄暗がりへ消えていく。俺は心の中で労をねぎらい、木の扉をノックする。


「レラジェです」


「どうぞ」


 扉を押し開いて中に入ると、ベレトは机に向かって、姿勢を正しく保ち読書に勤しむ姿があった。考慮の余地もなく犯人を俺だと断定する、その気構えに唇を噛んだ。国は違えど、同じ地球に生まれたよしみで、少しでも親身になってくれてもいいだろう。


「あの、俺は殺してないですよ」


「そうか」


 潔白を証明する根拠はなく、ひたすら温情に訴える形になったが、どうしてこれほど無関心でいられるのだ。この城の主であるはずのベレトの態度は甚だ疑問である。


「ベレトさん、俺の話を聞いてますか?」


 それでもベレトは、本から目を離さないまま、片手間に答える。


「あれは、柱の顔に泥を塗り、城内の人間を蜂起へ扇動する小賢しいネズミの浅知恵さ」


 ベレトは俺の意表をついた。あの場ではろくに話し合いにも応じず、おいそれと犯人を決めつけていたが、期待外れなほど簡単に一連の所作を翻した上、殺人を起こした犯人の思考を淡々と推測し、その慧眼を遺憾なく発揮した。


「それが分かっているなら、どうして」


 理解が及ばず、落ちかける頭を辛うじて繋ぎ止めながら、ベレトの本音を授かろうとした。するとベレトは本を閉じて、口端を釣り上げる。その微笑は、教師が生徒を試す阿漕な小テストを持ち出す前の腹積りと瓜二つで、学び舎に於ける最も嫌悪されてきた表情の一つであった。


「君に探してもらおうと思って」


 やはり、俺の感覚は正しく、値踏みするようなベレトの顔が今は忌々しい。


「これも、力を制御する為の練習だと思って」


 片目を閉じる愛らしさは、俺にとって唾棄に値した。鼻から空気を吸い込み、心を落ち着かせなければ、忽ち気炎を吐いて口汚く罵る言葉が矢継ぎ早に出てくるだろう。


「コツを教えてくださいよ」


「力」と形容されるものの、出自や成り立ち、如何にして異世界の基準となっているかを理解していない。ベレトは俺に対して頻りに制御を求めるが、それは暗中模索をするのと変わらず、道標が必要だ。


「コツかぁ……」


 ベレトは思案の尻尾を見せると、四方八方に目配せを繰り返し、暫く経つと足を組み直す。物差しでは測れない長物たる閉口に痺れを切らしかければ、漸く口を開いた。


「想像と感覚かなぁ」


 捻り出した言葉は書割のように薄っぺらく、指南のいろはをまるで弁えていないようだ。


「……」


 そぞろに頭を抱えたくなったが、あくまでもベレトが俺と遜色のない存在である事を改めて証明した。尚且つ、ベレトの言う事に心当たりはあった。脱糞を五人の人間に見られる事は、死に程近い辱めであり、きっと俺は心の底から憎んだはずだ。そうすると、五人の身体に異変をもたらし、ひっくり返った虫のように手足で苦しみを体現した。揺れ動く心を鋭敏に感じ取った「力」は、五人を排斥に追い込んだ。

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