次々と

「大丈夫、ですか?」


 だが、返事を返す余裕もないほど、五名は手足をバタつかせて苦しんでいる。まるで毒に侵されているかのように。そのうち皆一様に口から泡を吹いて、遂には動かなくなってしまう。


「何なんだよ」


 すっかり腹が軽くなり、飄々と立ち上がる。排泄に似つかわしくない場所でのお漏らしは、期せずして溜まりに溜まった糞を押し出す手助けになった。


 大理石と思しき地面が仄かに光を放ち、殺風景な広間の歩くべき場所を示しているが、頭上は暗がりが跋扈し、天井との距離間は一切測れない。ただ、音の広がりからその高さを察する事ができ、大聖堂を彷彿とさせる規模感を肌で感じた。


 ティーシャツに短ズボンという出立ちにバツの悪さを思い、倒れた一人からローブを拝借する。俺の身長を遥かに越した扉は、日本ではなかなかお目にかかる事がなく、ここが外国のどこかに属していなければ説明がつかない。全身を使って扉を押し開いていくと、この部屋の警備にあたる二人の背中が目前に現れ、俺は肝を冷やした。


「?!」


 一斉に顔を此方へ向けて、俺を不審者だと言いたげな怪訝な目付きをあけすけにする。


「どうも」


 俺は阿るように頭を下げつつ、二人の間を通り抜けようとしたが、あえなく肩を掴まれる。


「待て」


 勃然と苛立ち、振り向きざまに俺は二人の顔に向かって唾を吐きかけた。殴り合いに発展して当然の悍馬の如き身持ちは、以前の俺を慮ると突拍子もない癇癪持ちだと形容する他ない。一体何に準じてこのような振る舞いをとったのか。疑問がこんこんと湧いて、次々と自己に投げてみたが、それらしい解釈や首を縦に振って納得するような答えは見つからなかった。つまりはこうだ。俺は機嫌が悪い。


「目っ、目がぁ」


 一人は両目を抑えて膝崩れを起こし、もう一人は発作を起こしたかのように顔を両手で覆う。大人が何人も横並びになろうが過不足ない広い廊下で、二人の喘ぎ声がやけに大きく響き、その見苦しさを俺は事も無げに振る舞う事ができなかった。両目の異常を察して膝立ちする一人の襟首を掴み、俺は耳元で囁く。


「黙れ」


 すると、ローブの隙間から覗く健やかな白い肌がやおら黒みを増して、茶褐色に染まっていく。そして、倒木の枝を想起する退廃的な皺が弛みとなって肌を形成し、見る間に老生した。急速な老化に声を出す事もままならず、俺が望んだ通りの結果が目の前に現れた。顔面を覆い隠して耐え難い苦痛から逃避するもう一人にも、俺は同じ事をする。


「黙るんだ」


 もはや神通力が備わったとしか思えない人智を超えた力の発露に身震いした。溢れた笑みを咎めるように、蝋燭灯に照らされる薄暗い廊下の右手から近付いてくる足音を聞いた。このまま繰り返していけば、今世紀に名を残す大量虐殺も想像に難くない。ただ、そんな機運に逆らって、俺は舞台袖から飛び出すように視線の先にいる人影に向かって走り出す。そして、肩で息を切らしながら言うのである。

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