第65話 礼儀作法とダンスのレッスン

「あー、でも、夏の終わりの大舞踏会、正直、かなり面倒くさいなー」


私は、寮の自分の部屋に戻って、鏡の中の銀色の髪と青い目を覗き込みながら、ぼやいた。


私がハウエル商会へ行った数日後に、アランソン公爵邸に正式な招待状が届いた。

それによると、私はルーカス殿下たちと共に勲章をもらうことになっていた。

しかも特別賞を。


「そんな勲章、聞いたこともないわ」


魔力で戦ったおばあさまや殿下はアルメー勲章を、私はアルメー・クロス勲章というのをもらえるそうだ。


でも、勲章は売れないらしい。特にアルメー・クロス勲章は、特殊すぎて、誰が売っ払ったのかすぐバレるのでダメらしい。


「大人しくもらっといて、家に飾っておいてください」


なぜか、珍しくバスター君にまで叱られてしまった。


多分、裏でいろいろと何かが動いている気がする。


それが何なのかは、わからない。


でも、気になるのは、どんどん私が表舞台に引きずり出されているってことだった。


ほんのちょっと前までは、平民だったと言うのに。




「授賞式とは! なんと言うことでしょう! 最年少でアルメー・クロス勲章の授与を受けるだなんて、すばらしいことですわ! お任せください。それらしくキリッとした衣装と宝飾品を考えますわっ」


ドレスデザイナーさんはノリノリだった。後ろの方でバスター君が老練有能執事よろしく金に糸目はつけないとドレスメーカーのオーナーに耳打ちしていた。オーナーはこのためにわざわざ当家へやってきたのである。なんでも、ドレスメーカーの命運にかかわる大イベントなんだそうだ。


メイフィールド夫人も、いつも表情を崩さない人なのに、どう見てもやる気満々、すごい気合いの入りようである。


そして宮廷で儀官を務めていたという高齢の男性が、メイフィールド夫人の伝手で呼び寄せられ、一日二時間、みっちり儀式の時の立ち居振る舞いについて教えられることになった。


肝心の叙勲式に、私が粗相を仕出かさないためである。


ただし、元儀官は男性だったので、もう一人宮廷で女官を務めていたという女性も呼び寄せられ、監督をすることになった。で、二人の意見が合わない場合があり、それが私の休憩時間になった。


そのあと、ダンスの教師が来て、(なにせ大舞踏会だから)ダンスを仕込んでくれた。


しかし、殿下がその話を聞きつけて、パートナー役を買って出てきた。


セス様が嫌な顔をしながら、やむなく公爵邸の絨毯を調整して、殿下が出入りできるようにした。


「いいですか? 殿下。今だけですからね、今だけ。これ、バレたら、ベリー公爵夫人にのされますから。殿下だって、ベリー夫人に勝てるかどうかわかんないでしょう?」


「勝てるね」


「どこからそんな自信が?」


私とセス様はブツクサ言ったが、メイフィールド夫人とメアリ、それからセス様以下が吟味して選んだ侍女や女中たち一同は、いつも突然現れる殿下に、ものすごく喜んでいた。


「美しい殿方ですこと。礼儀作法も完璧」


「しかも素晴らしい魔力の持ち主で、赤い閃光を放つんですって」


「もう、本当にカッコいいお方ですわ」


殿下はかっこいいけど、媚薬酔い起こすことがあるからなあ。侍女の皆さんたち、殿下のあの体たらく見たら、なんて言うことか。


そして私はあれ以来、殿下には引き気味だった。ダンスのお相手になんか立候補しなければいいのに。


だが、不思議なことに殿下の方も少々緊張しているらしかった。もしかして、媚薬酔いの時のことを覚えているのかもしれない。そしてまずかったと思っているのかもしれない。


そんなわけで二人の間にはこれまでにはなかった距離感が生じ、私はやっと少しだけ安堵した。


「アルメー勲章と、アルメー・クロス勲章の受章者同志のダンスだなんて……」


見ていられないほど、片方がへたくそなのはさておいて、ウチの侍女の皆さんはキャアキャア大喜びだった。



気の毒なのは、闇の帝王だった……


いやー、ほんとに気の毒。漆黒の闇の帝王で冥府の支配者とか言ってたけど、ずっと兵站部の担当させられてたから、勲章も何もない。


「いいんですよ、私は戦闘力ないから」


「あ、でも、私もないから」


メイフィールド夫人自らが、心を込めて殿下にお茶をお出ししている様を、遠目に見物しながら、私はセス様を慰めた。

その後ろには職務放棄した従業員一同(女)が、嬉しそうに殿下を見つめている。

そして、誰が殿下にお茶を出すかでもめていた。


「私は、戦闘以外ならオールマイティだし、私の興味は戦闘以外のところにある」


「あ、私も私も。私の興味は、戦闘力ではなくてお金にあります」


「ええい、黙れ、小娘。今は、闇の帝王が語っているところなんだ」


「……じゃー語れよ」


仕方ないから譲った。


「俺は魔力の源を研究してるんだ」


「魔力の源?」


「魔力って本当は何なの?ってことだ」


「本当は?……」


私はそんなこと疑問に感じたことがなかった。


だって、私もおばあさまも、それから家でよく一緒に遊んだ仲良しの姉も魔力に満ち溢れていたからだ。


「その姉って、女装したルーカス殿下だけどな」


セス様が注意した。


「お前ら大貴族は、魔力があって当たり前だと思ってる。だけど、魔力を持つ者たちは、どんどん減っていってるんだ」


そうなのか?


「いずれ魔力は無くなっていくかもな。魔力を持つ子供の数は減っていっている」


私は呆然とした。


なぜ?


「ほら、なぜって思うだろ?」


セス様が笑った。


「たいていの人間に魔力はない。なくたって生きていける。だから、魔力が無くなっても問題はない。いらないものは消えていくのかもしれない。だけど気になるよね。それが、私のライフワークかな」


私にとって当たり前の魔力。伝えていきたいと思う。


「俺は戦闘力だけが欠落しているんだ。悲しかったよ。逆だったらよかったのになって、思った。活躍したかった」


セス様の視線の先には、どうやら順番で殿下にお茶菓子を持って行ったり、御用を伺っていいことになったらしい職務放棄組が、キャアキャア言いながら順番待ちの列を作っていた。


「つまり、カッコだけでも、魔力溢れる戦闘系大魔術師になっときたいと。ですけど、そんな格好してると余計モテないと思い……イテ」


「やかましい。そんな単純な理由じゃないわい」


しかし、和やかに語らっていると、ついに業を煮やしたらしい殿下が、職務放棄組を押し退けてやってきた。


「俺を除け者にするな。何話してんだ。ダンスのレッスン時間、二時間に延長するぞ」






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