第86話 全員集合
殿下は、平然とレストランで私たちと同じものを発注し、殿下をにらみつけているグレイ様に向かって、さらに新たな爆弾を投げつけた。
「ところで、もう一人来るがよろしいかな? 僕たち婚約者同士の席に、関係ない男性が一人だけ同席するのは気まずいかもしれないと思うので、側近を一人呼ぼうと思うんだ。大魔力師の称号を持ってる男で、セバスチャンと言う。そろそろ着替え終わった頃だと思うので」
自分が邪魔しに、乗り込んできたくせに、ひどい言いよう。その上、セス様まで呼ぶ気なの?
殿下、傍若無人……
セス様は着替えさせられているらしいし。
グレイ様の素晴らしい衣装に比べると、セス様の服は確かに見劣りするけど、見劣り以前の問題があると殿下も思ったんだろうな。
「失礼いたします。殿下。お呼びでございますか?」
普通の魔術師の格好に戻ったセス様が、ちゃんと玄関から入って来た。さっきまで、グレイ様の馬車にしがみついて、目が合うとVサインを送ってきたのに。
「セバスチャン、君も同席したまえ」
こうやって比べてみると、グレイ様はとにかくイケメンだ。
素材感からすると、殿下の方に軍配は上がると思うけど、磨き方が問題外だ。
(セス様は圏外だ)
グレイ様本人も、しっかり自覚があるらしく、どうも、真剣に口説きまくれば、どんな女性でもなびくと思っている節がある。
ようやく、グレイ様の人物が読めてきた気がした。
殿下の言う通り、私ととにかく仲良くなりたいのだと思う。
仲良くなれなくても、そう思われたい。
毒殺犯との関連性が疑われるグレイ様は、味方が欲しい。
たまたま私とは、会話をしたことがある。それもなかなか順調に。
被害者本人と仲良くなるのは、普通に考えたら、ちとハードルは高いが、私に好意を持ってもらえたら、グレイ様にしてみればこれほど都合がいいことはない。
私はしみじみとグレイ様を眺めた。
どうもおかしいと思ってたんだよね。
こんな平民で不細工な私……ではなくて、筆頭公爵で超絶美人な私だけど、どうしてあんなに高いバラを贈ってきたのか。
プロが見立てた、本気としか思えないほどの金額を掛けたドレス。
やはり、やり手だと言う噂が立つだけある。
私みたいな小娘はやり方次第で、どうにでもなると思っているんでしょうね。その通りだけど。
殿下の婚約話は噂の域を出なかったし、あわよくば私と結婚すれば公爵家を思いのままにできると言う計算もあるよね。
……殿下もそう言っていたな。
グレイ様はなかなかおもしろい人だなんて思った私がバカなのか。
「では、失礼します」
セス様がグレイ様を押し退けて、私の隣に席を占めた。
グレイ様は、さらに嫌そうな顔をした。
私の両脇は、殿下とセス様でガードされてしまったのである。
私にしてみれば、いつものメンバーだけど。
「男性三人、女性一人は並びとしておかしくないですか?」
グレイ様が苦り切って言った。
「そ、そうですわね……」
まあ、普通は男女同数か、少なくとももう一人くらい女性が入らないと、この並びは確かにおかしい。絵面からして男三人は少々暑苦しい。美形ぞろいだけど。
「殿下が、お親しい女性をお呼びになるべきですよ」
グレイ様が言った。
「交友の広い殿下なら、ちょうどよい方をご存じでしょうし、皆さん、喜んでおいでになりますよ」
なーるほど。殿下が女性を呼べば、殿下はその女性の相手をしなくてはならなくなる。そしたら、グレイ様は私とおしゃべり出来るわけだ。考えたな、グレイ様。
「それは、むしろあなたの方が女性の知り合いは多いだろう」
「殿下の御前でございます。殿下のお許しの出る女性でないと、呼べません」
そりゃそうだ。殿下と同席するんだから、殿下の許可がいる。
ここらへん、王家ともなると面倒だな。
「本来なら女性同士、ポーシャが呼んでくればいいんだがな。女性が女性を呼ぶ場合は誰でも構わない。ポーシャ、誰かいないか?」
殿下が至極まっとうなことを言ったが、それは友達がいない私へのあてこすりなの?
この場を丸く収めるためにも、私は脳みそを絞ったが、知り合いの令嬢は(学校ではずっと下位クラスに居座っていたため)子爵以上の家の令嬢は知らない。せめて伯爵家とか以上でないと、殿下の御前には出せない。
伯爵家か侯爵家の令嬢……
「アデル嬢くらいしか……」
その名前を出した途端、お通夜のようにしめやかな雰囲気が漂った。
失言……。
後悔……。
何の為に殿下がこんなレストランまでやって来たのか。
それはひとえに毒殺事件の真相解明のため、それとなく尋問するため。
秘密裏に運ばれてきた、本日の最大のテーマが、あからさまと言うか、なんというか、ガッツリ表沙汰になってしまった。しかもこの場に呼ぶって……
マヌケにもほどがあるわ。大失敗してしまった。
もう絶対、しゃべらないようにしよう。今更だけど。
この沈黙を破った者がいた。
セス様である。
彼はおもむろに口を切った。
「いいですね」
賛成派、出た!
私は恐れおののいた。
「えぇ……?」
「侯爵令嬢で、身分に問題はなし、私を除いて全員が知り合いでございましょう?」
身分なんて、この際、どうでも良いのでは……?
それに、今、確か、アデル嬢は牢屋とか言う場所におられるのでは? 脱走でもされたらどうなるのかしら?
「連絡が取れないと思います。お呼びするのは無理だと思いますわ」
この恐怖のプラン、口走ったのは私だけど、何かと危険すぎるので取りやめの方向にもっていきたい。
「大丈夫ですよ。滞在先は存じております」
何気に爽やかな雰囲気さえ漂わせてセス様は言い切った。滞在先って……そう言えば聞こえはいいけど、要するにどこかの牢屋なのでは?
「すぐに呼びましょう」
セス様は目にもとまらぬ速さで、手から三羽くらい通信魔法の鳥を飛ばした。
グレイ様は目を丸くして固まった。
殿下が、我が事のようにグレイ様に向かって、自慢した。
「セスはとにかく腕がよくてね。僕も通信魔法は使えるのだが、彼ほどスマートじゃないと言われてて……」
私は殿下のう○こ通信魔法鳥を思い起こしてウンウンと頷いた。もう、言葉が出ない。
四人はモロゾフの客全員から、注目を浴びたまま、黙って食事をした。
まず、殿下が登場し、側近で大魔術師として有名なセス様が登場、更には、まるでホントとは思えない程あざやかな通信魔法の披露。さらには、巷で噂の問題の毒殺犯(疑い)がこの場にやって来ると言うのだ。
なんと言うゴージャスショー!
最早、客全員がドキドキのワクワクの大興奮状態だ。突然、食べる速度を落したり、余計な飲み物を追加したりして時間稼ぎを始めた。
男性三人は、注目されるのには慣れているのか、結構平気そうだったが、私は緊張して料理の味がわからなかった。
オーナーの手前、大見得を切ってしまったのに。
後で三人からアンケートを取ろう。
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