第74話 デート

リラックスすることって、とっても大事よね。


それに異国のポーションって、すごく興味がある。


私はワクワクしながらグレイ様と一緒に出掛けた。


公爵邸に迎えに来たグレイ様は最新流行の、隅から隅まで隙のないバッチリ決めた格好だった。どこか異国風なところがあり、それが真っ黒な髪色とよくマッチして特別感があった。

その上、元から顔がいい。結果、めちゃくちゃにカッコイイ。


どうやら、台所からのぞき見していたらしい侍女連中が、ヒソヒソ品評会を始めた。

キャーという悲鳴じみた声まで聞こえる。


「メイフィールド夫人」


私が一言いうと、察した夫人はスッと立ち上がって侍女連中に喝を入れたらしい。

何事もなかったような顔で戻ってきたが、厨房がシーンと静かになっていた。


二人で馬車に揺られていると、グレイ様はクスクス笑いだした。


「あなたのところの侍女の皆さんは反応がいいねえ」


グレイ様がカッコ良すぎるのがいけないですよ……



着いた先は、洒落た小さな店だったが、大勢の女性とそのお付きの侍女や、一緒に来たらしい男性たちとで相当込み合っていた。


グレイ様と一緒に店に入ると、グレイ様は異国風な身なりと、なにしろ顔がいいので、チラチラと視線が集ってくる。しかも、お客さまは皆、ついでに隣の私を値踏みするので、視線が痛かった。


私はごく普通の……令嬢としては大人し目の青い色のドレスを着ていただけだ。グレイ様のような人目を引くような格好ではない。


グレイ様は、慣れているのか、女性たちの視線は一切無視して私に向かって熱心に解説してくれた。


「これがリウゼン。こちらはイラアラ。こっちはマクス」


「まあ……」


これまで嗅いだことのある匂いとは、全然違う香りだ。


すばらしい。私はグレイ様のことも周りの視線もすっかり忘れて、小さな瓶にかがみ込んだ。


「どれがお気に入りですか?」


グレイ様は微笑みながら、尋ねた。


「イラアラとマクスです」


私はうっとりしながら答えたが、グレイ様は笑い出した。


「その二種は、官能的な香の代表格ですね。見事に嗅ぎ分けましたね!」


「え? そうなんですか? 全然知りませんでした!」


「知らないで当てるとはね。イラアラの花言葉は、あなたに夢中、マスクは私を食べて」


嫌だわ。思わず顔が赤くなった。


「では、ぜひ、こちらの二種類をお贈りしましょう」


そう言われて値段を見ると、片方は金十枚、もう一方は金十七枚と言う値段がついていた!


「高い……」


「高いんですけど、大人気なんです。今度、お会いする時、ぜひつけてきてください」


周りの令嬢や夫人たちは、心底羨ましそうにしていた。

どうやらなかなか買えないものらしい。


こんなちっちゃい瓶に、金十七枚だなんて、驚きだわ。


「いいえ。とんでもありませんわ。高すぎですもの」


私はようやく我に返って言ったが、グレイ様は全然聞いてくれなかった。

店員を呼ぶと、すぐさま包むよう命じた。


「私の取引先ですから、安く買えるんです。気になさらないで。こんなものくらいで」


いやいやいやいや! こんなものって、めっちゃ高価だって!


普通の公爵令嬢なら、金銭感覚おかしいかもしれないけど、私は普通の公爵令嬢じゃないから! 元平民の金銭感覚だから!


私は、金と赤のリボンが掛けられ、美しく包装された箱を、呆然と見つめた。

そして何があっても遠慮しようとした。高すぎる。


「私が仕入れに行く国には、もらえるものはもらっとけと言う格言があるんですよ」


グレイ様は茶目っ気たっぷりに言った。


「さあ、次は食膳料理に行きますよ」


彼はさりげなく手を取り、外へ連れ出した。手にはプレゼントを持ったままだ。議論の余地はありません、みたいな雰囲気が漂ってくる。そして、まだ、渡されていないものは返せない。


「あの、食膳料理って?」


私たちが通ると、店のお客さまたちがサーと道を開けて通してくれた。

どうしてなの?


「食膳料理というのは、食べるだけで病気が治ると言う不思議な料理ですよ」


グレイ様は説明した。


「不思議だと思いませんか?」


「(まあ)思いますけど」


「予約しておきました。とても健康にいいそうですよ」


ポーションの店を見るだけだったんじゃなかったっけ?


そのあと、これまた異国の健康にいいと言われているコーヒーが楽しめる店や、身体に良いと言われている公園での散歩など、ほぼ丸一日付き合って、私は公爵邸に返却された。


「今度はぜひこの香水をつけて、ご一緒させてください」


「こんな高価なもの……」


「あなたを飾るのに高価すぎるものなんかありません」


値段が高い物は、全部、受け入れられない体質なのよ。


私に香水はネコに小判、豚に真珠ですってば。


「こんなに長い時間経ってしまったのですよ? もう返せません。男の私につけろというのですか?」


「いや、そんなことは……」


言ってないけども……


「私は、あなたが、この香水が似合うようになったら……と思うんです」


見た目に似合わず、真面目な調子でグレイ様は言った。


「は?」


「あなたはとても美しい。でも、ひとつだけ足りないものがある」


黒髪に黒い瞳のグレイ様が、馬車から降りる私に手を貸しながら言った。


「なんでしょう?」


私に足りないもの? それは多分、たくさんあると思うわ。 


「気になるでしょう?」


ならないと言えば嘘になるかもしれないけど。


「私は思うんです。この香水がそのヒントになるって。だから、その意味が分かるようにと言う願いも込めて贈りたい」


「これがヒント……ですか?」


「はい。ですから、授業料として付けてみてください。何事も勉強だと思います」


勉強……。


さっぱり意味が分からなかったが、結局、きれいな包みは私の手元に残された。


「アロマとか言っていたけれど、これは香水よね?」


私は玄関から公爵邸の中へ入った。



そして、いきなりピーンと張り詰める緊張感に仰天した。


ここにいるはずのない者が、玄関ホールのど真ん中に、腕組みをして仁王立ちになっていた。

そして、訳の分からない負の感情らしいものが、部屋中にどんよりと重苦しく充満していた。


「あ、殿下……」








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