第42話 夏休みの過ごし方

ポーションだ、ドレスだ化粧だとやらなければならないことが増えてしまって、とても疲れる日々を送ることになってしまった。


殿下を断った自分が恨めしい。

鏡に向かってあれこれ頑張ってみたが、殿下みたいなわけにはいかない。殿下、一流の侍女になれるわ。



ストレスで凹んでいたある晩、家に帰ると手紙が来ていた。


珍しい。誰だろう。


鳥の形に折られた紙で、多分目的地に着くと鳥から紙に戻るのだろう。


これまで見た通信魔法の中で、最もスッキリした形のものだった。


紙は上質で表が薄いブルーグレー、中は白と読みやすくビジネスライク。


開けてみるとセス様からだった。


手書きではなく、端正な活字で読みやすく、内容は簡潔だった。


「セス様……」


私は感涙にむせんだ。なんか超まともで。


『ながらく連絡を入れず、申し訳ない。公爵邸の使用人の整理をつけるのが大変で、当主のポーシャ様への連絡が遅くなりました。

金子だけは急ぎ送付しましたが、使える侍女もいない状態ではさぞ不自由と存じ上げます。ベリー公爵夫人に侍女の件はお願いしましたが、返事がないのでおそらく手紙自体が届いていないと想像しています』


千パーセントくらい当たっていると思う。また、どこかに悪獣狩りだとか称して、遊びに出ている気がする。さもなくば、手紙を積んで置いてあるだけか。


『出来るだけ早く、邸宅の準備を整えたいと鋭意努力中です。ただ、ポーシャ様のことを考えると、公爵邸本邸へお移りになられるより、しばらく学寮に滞在された方が何かと便利と思います。食事等の心配なく、警備の心配もございませんので』


それはそうだ。いくら邪眼の持ち主とは言え、使用人が信用できるかどうかなんて、簡単に見抜けないだろう。人数も多いことだろうし。


私は、最近全然姿を見ないアンナさんを思い出した。

それから、王宮で大勢の貴族や殿下の前で、私の下品さを証言した大勢の見も知らぬ使用人たち。

彼らはまだ、どこかで働いているだろうけど、全員、自称アランソン公爵ことスターリン男爵の手先だった。


『安全が確保され、アランソン公爵家に相応しい体制の手配等が済み次第、ご連絡申し上げます』


そのほかに、おばあさまご用達の宝石店やドレスメーカーの店の案内が書かれていた。全部、ツケが効いて、おばあさまの名前を出しさえすれば、絶対に安心できると付け加えてあった。


『全部一流の店ばかりです。安心してご利用下さい。ベリー公爵夫人のお孫様を粗略にするような命知らずは、この中にはおりません』


おばあさま、どういう評判なの?


その中には、当たり前のようにハウエル商会の名前が入ってた。

そういえば、最初、平民の特待生で紹介され、その後貴族の娘に修正されたけど、誰にもまだ名前を名乗っていなかったわ。


でも、信用して使えるお店を紹介してくれるなんて、貴族令嬢初心者の私には何より必要な情報だわ。ありがたい。



私の知っている人たちの中で、セス様はもっともまとも、かつ有能だ。


おばあさまは生きる運命製造機とか言われてるし、殿下は使えるけど現在絶賛婚活中だ。ターゲットが私というのかなんとも微妙な。


セス様は、本来、大魔術師で、研究に没頭しているはずなのに、おばあさまの理不尽な命令に従って、やむなく今や私の家であるアランソン家のために尽力してくれている。


事務や管理の専門ではないだろうに、事情を弁えたこのスッキリした手紙の書きっぷりは絶賛に値するわ。



そういえば、夏の休暇があるはず。


田舎の誰もいない屋敷に戻ろうかと思っていたけど、考えが変わった。


「セス様なら保護魔法、かけられるわよね?」


保護魔法があれば、公爵令嬢だってバレない。微力ながら、お手伝いが出来るかも。


私には生活魔法があるしね!


自分の魔法力のレベルがわからないので、どれくらい役に立てるか心配だけど、自分の本邸を見ておいて、セス様のお手伝いをすることは、将来必ず役に立つ。それに当主としての義務だよね。



お買い物をツケでというのは、私には敷居が高いから出来ないわ。


でも、ハウエル商会のおかげで、少しなら現金がある。夏休みのこの計画に向けて、私は帽子を買ったり、ワンピースを買ったりおしゃれを楽しんだ。全部、変装用のものなので、高いものではない。平民の娘が着るようなものだ。


「お嬢様、どうしてこのような服をお買い求めに?」


例のドレスメーカーの連中は不思議そうにしていたが、私は、ちょっと気分を変えたいのよ、と誤魔化した。


「夏休み用なの! ちょっとお出かけするのよ」





「どこへ?」


翌日、学校内で陰気そうな声で聞いてきたのは殿下だった。

周りには側近の皆様がシュンとして付き従っている。


最近では、側近の皆様の顔も少しずつ覚え始めた。


殿下のお付きは、王太子殿下のお付きになるのとはわけが違うので、それこそ友達になれるかどうかだけで決まると聞いているけれど、それなりに優秀だ。


なぜ来た、殿下。それもこんなに早く。


ドレスメーカーは殿下から莫大な額のドレス代の支払いを受けている。殿下は大事な顧客だ。私がお出かけすると聞くと、すぐ、殿下に通報したに違いない。


そして殿下がやってきたわけね。


次からは、おばあさま御用達の別なドレスメーカーで服は買おう。


ああ、でも、殿下のドレスメーカーで美肌ポーションを配ってしまった。反応を聞きにいかなくちゃいけない。


「セス様のお手伝いをしたいの」


私は言った。


「だけど、令嬢のままだと、セス様にご迷惑をかけてしまうと思うのよ。私、生活魔法なら使えるし。それに、公爵邸は私の家なんでしょ? 様子を見に行きたいの」


「じゃあ、僕も行く」


ほら、きた。


「殿下、でも、殿下は第二王子殿下ではございませんか?」


「もちろんそうだ」


「お忙しいのでございましょう?」


私はお友達の皆様の顔を見た。王子殿下を放し飼いにしてないで、あなたたちも制御しなさいよ。


ところが、そのうちの一人が一歩前に進み出て、言いだした。


「大魔術師のセス様のところで魔法の修行をすることは、我々の憧れでございまして」


「出来れば我々全員、お連れいただきたく」


まさか、そんな?


「本当でございます。実は一度嘆願したことがあるのですが、謙虚なお方で、弟子を取るつもりはないと言われてしまったのです」


セス様、大人気。


「わかりますわ。セス様はみごとな魔術をお使いになりますものね」


「ポーシャ様がお出かけになるなら、私どももおともさせていただけないでしょうか」


私はうーんとうなった。


「実は家の状況がわからないの。一度、聞いてみましょう」


「ポーシャ様! お願いいたします」


全員が目を輝かせた。


なんか気分がいいわ。そうよ、私は公爵家当主。魔法の絨毯も、あんまりよく分からないけど、とにかく使えるわ。


その晩、私は一度お邪魔したいですと返事を書こうとしてハタと困った。


連絡方法がない。


通信魔法のところまで授業がまだ進んでいなかったのだ。


「うーむ」


なので、ここはひとつ大胆な方法に出ようと思う。


魔力量そのものに問題はないのだ。

やみくもでも、絨毯くらい、どうにでもなるんじゃないかしら? 



夏休みは近い。


夏休みの期間中、寮に残っていてもいいけど、ほとんどの生徒が自邸に引き上げてしまう。

もちろん、全員が一斉に帰るわけじゃない。

数日は、王都に残って、お茶会やパーティに出席したり、地方では手に入らない買い物を済ませたり(ポーションとかね)その上で帰宅するので、寮が空っぽになるのはもう少し先だ。


だけど、たった一人で寮に残っているとしたら、よっぽど訳アリだろう。


絨毯があれば、通信魔法の授業で許可を取ったり、いろいろ聞くまでもなく、現地へ行けるじゃないの!


まずはやってみたら、いいと思う。


私は、灰色の女中服に身を包み、絨毯に付いている鍵穴にカギを合わせた。


「王都の本邸」


カチリといつもの音がして、私は移動した。






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