第6話 退学願

残念なことに山羊髭は乗り気だった。私の退学だけど。


「じゃ、退学願」


山羊髭がサッと出してきた用紙に、私はサラサラとサインした。


「じゃあ、話は済んだね」


うれしそうな山羊髭に、私は仏頂面した。


「私は行き先がないんですよ?」


「そうだろうねえ」


本当に人のことなんかどうでもいいな?


「だから、行き先を決めないといけないんですよ」


「それは関知したことではないからねえ」


どこかウキウキした調子で先生は答えた。

人の話を聞いてほしい。


「もちろんです。ただ、一日だけ猶予が欲しいんです。でないと引っ越しが出来ません」


「まあ、そりゃしかたないな。慈悲をくれてやろう」


「ありがとうございます」


そんな慈悲、慈悲じゃねーわとかキレかかったが、そこは我慢した。聞きたいことがある。


「ところで、何でもご存じの先生にお伺いしたいのですが」


「ん? 何かね?」


「この学園は魔法を教える場所ですが、魔力の追尾とか使用履歴を感知できる方はおられるのでしょうか?」


「え? 意外なことを聞くね。そう言う魔法は、まれなんで、その能力を持つ生徒がいれば講座を開くけど、今はいない。だから先生も今は在籍していないよ」


「学内では、誰も使えないってことですか?」


「なんでそんなこと聞くんだい? 多分いないと思うね」


先生は退学願を嬉しそうに見つめながら生返事した。


これだけ聞けば十分だ。


好き放題、泥棒魔法が使える。


私は今日は授業に出ないことにした。まず、寮に戻って、例のメモを探さなければ。

そして、信用のおけるポーション作りの店を探すんだ。

ポーションの腕が不十分でも、泥棒魔法が使える。学校から必要そうなもの、主に食料品くらい勝手にもらったっていいだろう。人をこんな目に遭わせやがって。元々学校に通っている期間、無料で食べさせてもらう約束だったんだから、それくらいの食費は織り込み済みのはずだ。


学舎を出て、寮に向かうと、困ったことに例の高級貴族が見えた。寮の入り口にいる。


マズイ。


接触したくない。


だが、私はふと気がついた。もう退学するのだ。何したって、苦情は出ないだろう。


堂々と私はその高級貴族のそばを通り過ぎようとした。


「ポーシャ!」


人の名前を軽々しく呼ぶんじゃない。


だが、相手は高級貴族様。市井の身となっても、その影響はあるだろう。やはり失礼は避けるべきだ。


私は低く丁重に礼をして、カニのように横歩きで脇を通り抜けた。


「ポーシャ! 話は聞いたんだよね。話をしてほしいんだよ。で、さ、デートの日を決めたいんだけど」


凄いな、こいつ。相手が平民だったら、拒絶される発想がないんだ。これでは、数年前の悲劇は起きるべくして起きたのだろう。


校長も、私よりこの高級感溢れるお貴族様を叱った方がいいのに。

まあ、それとも私を退学に追い込みたかっただけかな。


私はにこやかに微笑んで見せた。どうせブスの微笑みなんか不気味なだけだろうけども!


高級貴族様は、立ち止まって顔を赤くした。うっとりしたように言いだした。


「本当にきれいだ……」


うわ。目まで腐ってる。


その隙に私は走って自分の部屋までスライディング入室を果たし、厳重にカギをかけた。ガタガタ騒いでいるお貴族様は無視して、私は例のメモを探した。


『モンフォール街十八番地』


どこなんだ、そこは。


私は要るかもしれない小銭と、メモを握りしめた。


まずは部屋から出ないと。


だが、ドアからは出られない。


廊下では、例の目の腐った高級貴族様が大騒ぎしている。


窓だ。ここは二階だ。うまく下りれば外に出られる。


私は窓に突進した。確認したことはなかったけど、足がかりがあった。そこの突起に足をかければ降りられる。よいこらしょっと。


「なにしてるんですかー」


アンナさんの声だ。やかましい。同時にドアの前の奇声が止んだ。マズイ。


ちょっと無理くりだったけど、飛び落ちて、それから私は建物の陰に隠れ、走って、校外へ脱出することに成功した。




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