・断章⑩【1971年某月某日、組織日本支部】
「おめでとう、革命家君。これで君は
「ああ、これなら、官憲のどんな横暴も、正義の味方のどんな無思慮も恐れはしない。帝国主義に鉄槌を下す事が出来る……武士という封建的かつ旧弊な呼称は望む所では無いがな。俺は革命の戦士だ」
狼と人間を合成し、そこに蠍の名を持つ古代の
「それにしても……まさかアンタのような作家がこんな事をしてるなんてな」
「正直ここに来てそれを知った時は、からかわれているのかと思ったくらいだ。ああ、無事に済んで良かったぜ樫村!」
「ああ、大丈夫さ安藤!」
スコルピウルフは、彼の改造手術完了を待って迎えに来た同志達と旧交を温めながら、彼に改造手術を施した
「ふふ。君は自分に文才があったら、革命を志さなかったと思うか?」
「……成る程な」
しかしそれに対する
(
ギラリと輝く刃のような攻撃的な美貌、黒曜石のような黒髪ショートヘア、何処の国のものでもなくまた軍帽や外套や肩章や勲章といった飾り気の無い軍服に身を包んだ女性としては背の高いしなやかに鍛えられた体。不自然なまでに加齢を感じさせない、妙齢としか思えない外見年齢。世間で噂のその姿は、今にして思えば改造手術の影響なのか。
「しかし、分からないな。いいのか?」
「何がだ?」
「俺達打愚衝角は、反日本主義者だぞ」
よもや知らぬ筈も無いが言うとなると改めて妙な話だとスコルピウルフは問うた。
反日本主義。新左翼の中でも最過激派で、天皇制と日本そのものの完全破壊を主張する勢力だ。
彼女は天皇制と大日本帝国を愛する国粋主義者では無かったのか?
その疑念に対する、酷薄な笑みを浮かべた彼女の回答は正に驚くべきものだった。
「お前達に倒されるなら、日本もそれまでだったと言う事だ。お前達以外にも、私は破壊的な勢力を幾つか身内に抱え、お互いの目的の為に利用しあっている。その程度御せんで、どうして大望を成就できようか」
「何だと!?」
「止めろ!?」
「……構わん、山口少年」
お前等如き本当に滅ぼせるとは思わんにと言われたと感じ気色ばむ安藤と呼ばれた青年を咄嗟にスコルピウルフは抑えた。抑えられた安藤は樫村一体何を、と思いかけ、四島の傍らに脇差を帯びて石仏の如く静かに控えていた少年が非超人では知覚も出来ぬ程の一瞬で間合いを詰め抜刀し刺殺0.1秒前の距離で刃を突きつけていた事に驚愕した。それを鷹揚に四島が制止し、静かに山口と呼ばれた少年は引き下がる。
確かにスコルピウルフと、五島の
スコルピウルフと四島君緒の視線が絡み合う。……その美しい瞳の中に、スコルピウルフは高まった霊感で、深い悲しみの輝きがある事を悟った。
「……『などてすめらみことはかみたるをすてたまいし』、か」
「そういう事だ」
彼女の書いた小説の一節、裏切られた軍人の絶唱を諳んじる。その解釈を、彼女は是とした。彼女は戦後日本の否定者なのだ。
「読んでいてくれたのか、嬉しいな」
微笑む彼女にスコルピウルフはドキリとした。ヤバイ、と、よもやついでに洗脳されては居まいなと感情に戸惑ったが、己の本を読んでいてくれたことに対して素直に喜ぶこの女は洗脳はしないという言を違えるタイプではないとここまでの付き合いで感じていた。
「加えて問うが、いいか?」
「いいだろう」
動揺を振り払うように若き革命家は問うた。四島君緒は和やかに応じた。
「俺達は、ブルジョワを殺す。ブルジョワとはいえ、日本人の、民間人だ。いいのか。あんたらは組織力があるから、在日米軍や、外国からやってくる侵略超人や、小田俊三みたいな右翼の風でいて実際には利益の為にやっているフィクサー気取りの利権屋似非右翼や、犯罪者や、そういった面目の立つ連中をなるだけ選んで襲って暗殺など回りを巻き込みにくい攻撃に留めて大義名分を保ち勢力を拡大しているようだが。いいのか、日本人の武士として、俺達なんぞに手を貸して」
それは革命家として、複雑な、敗北的な発言だった。自分達の革命が、結局の所民間人の殺傷である事を認める言葉だった。それに対し、四島君緒は。
「ん、そうだな。私の主義ではないが。お前達の主義ではあるのだろう? 要は、金持ちはただ生きているだけで貧乏人を攻撃しているも同然なのだから貧乏人に攻撃される理由がある、というのは。それを、日本と諸外国の関係に当てはめ、お前達は日本が攻撃されるに値すると判断した」
対立する左派の政治思想を、しっかりと、鋭く要約する程理解して。
「私はそうは思わん。が、まあ、その理屈を以てすれば、おおよそ西側民主国家とやらに属すると称する人間は全て、民主的に自分達が意思決定に関わった上で東側と敵対する事を選択し東側の人間を戦争で殺す事に同意したも同然。つまり戦争における東側の死者について、責任とやらがある事になる」
東側の人間は隷従しているから責任がない、等と、左派の人間の前で意地悪に言いはせぬ。大体その場合、東側人民が命を捨てて再革命して抗わない方が悪いと四島は考える。しかしいずれにせよ、民主主義国家とやらに属しているのであれば、自国が他国を空爆したのであればその他国の民に恨まれテロ攻撃されて殺されても自国が爆撃する意思決定を抑止しなかった時点で道義的責任を負うのではないか? 西側の自称専門家たる青白い筆動かし共は否定するかもしれぬが、そう主張する事は出来るし、主張が通るかどうかは、結局どちらが勝つかだ。
「加えて言えば、そもそも国民が無力なのは何も無防備だからでは無く、嘗ては侍の様に武装し自衛していたものが社会契約の初歩として国家に武力・治安維持力を集約し預けているからだ。そう考えればお前達が市民を襲ったところで、それは将棋で言えば王将の齣が王手を掛けられたようなものだ。警察・自衛隊・公営正義の味方という歩や桂馬や飛車角をお前達が掻い潜っただけの事、市民は日々納税し育んだそれらで身を守ろうとしたが負けた、それだけの事と……」
危険で残酷だが鋭利で踏み込んだ論理をそこまで朗々と語る四島だが、そこまで言って顔をしかめて口を閉じ、己がそこまで言った眼前の革命家達の為の言葉をあえて放り捨てた。言葉を通して通せない事もない事を、わざと言葉を否定したのだ。
「否。理屈をつけられん事もないしその理屈の為に戦う事も出来ようが、そんな理屈や理屈に対する批判等、そもそも武力による社会変革を目論む以上戦い斬り捨てて進め。理屈に付き合わず否定せねばならないだろう、そもそも私達は、そんな世界とは違う善悪の基準で動いているのだから。私は命より誇りを重んじる善悪の基準で。お前達は犠牲より変化を重んじる善悪の基準で。どのみち何れ必ず死す命を上から二番目に起き、その命を保護する為と称する法と民主主義と公正とやらを至上とする世界観を拒絶するものだろう、私達やお前達は。故に、私達の善悪の基準と、私達以外の善悪の基準が衝突する事もあろう。だから私達は私達以外が私達を悪として殺す事を認める。『我々の自由と独立は、私達全ての血液より尊い』。ベトナム戦争を戦う北ベトナム側の兵士達も、そう言っている。何が優先され何が善で何が悪かを、人は選び、戦う事が出来る。私はそう信じているし、それを否定する者と戦う。否応は言わせぬ。私はそう信じて私が殺す相手と殺さぬ相手を選ぶ。同じように戦う者を重んじ、そうではない者を唾棄する」
戦を先導する
「お前達の主張を私は否定するが、おめおめと機動隊に屈したり、大学を明け渡したりする理性的な連中より、本気で人を殺す気でいるお前達の狂気をこそ私は尊ぶ。行け、行って存分に戦うがいい。そして、勝つか死ぬがいい。私はそれでも日本人というものが、我々の如く猛々しくあれると信じたいのだ」
そして、
ああ、と、スコルピウルフは理解を深めた。闘争も死も、この古風なる戦士を志す者には、等しく愛の表現であり、その愛を遍く日本に向けているのだと。
「『あんた……この、日本列島を愛していたのじゃな……』か」
「小杉右京君の小説か。彼も我々の仲間だよ。それも悪くない」
スコルピウルフの呟きに、女は原始太陽の如く莞爾と笑った。
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