第三章 霞ヶ丘小女子児童自殺騒動2
チャプター5 平成十一年度一月二十二日 福田家 良夫の部屋
「俺はさ。お前のこと、最近どこか大人っぽくなってたなって感心してたんだよ。実際そうだったんだけどさ。でもさ、昨日思った。あ。こいつ何にも変わってねーなって」
レンは言った。
盛大に溜息をつき、呆れるように。どうしようもないものを見る瞳をして言った。
俺は言い返す。言い返さずにはいられない。
「なんだよ。俺の、小三からーだからー……えー……俺の二十三年間を否定するのか?」
「はあ」
と、もう一回溜息を吐かれる。
「お喋りになっただけ。考えているようでいて、何にも考えてねえ。ぽけーっとしてるだけ。肝心なところは抜けてる」
「うっ」
ちくしょう。何にも言い返せねえぜ。小三相手に。
子供は本質を見抜くって言葉を聞いたことがあるが、それがもし本当なら、俺の本質は小三から変わってないらしい。いや。だが。
「知ってるか? バーナム効果って言ってな。占いとかでも使われる手法なんだが、誰にでも当て嵌まりそうなことを、さもそれっぽく言うことによって」
「うるせえ。はあ。やかましくなった分、前の良の方がまだマシだった気がする、俺」
「おじちゃん、傷付く」
「昨日のこと。本当なのか?」
ガン無視して言ってきた。その言葉を聞き、俺も反省する。
いかんな。どうにもあの頃のレンと話している思うと、ついつい嬉しくなって普段よりお喋りになってしまう。陸や松司、他の奴にも言えるが。
――昨日のこと、か。
昨日、口を滑らした俺に対し、愛は皮肉げな表情を浮かべた。
『そっか』
と。ただ、一言それだけ。
レンはしばらく固まっていた。俺もなんて言っていいか分からなかった。しかし、もう麓だったこともあって、松司と陸も寄ってきてしまい、これ以上はその件について深堀り出来る雰囲気じゃなくなったのだ。愛も、
『じゃあ、ここからはみんな帰れるよね。わたし家こっちだから。じゃあ』
と、実に素っ気なく、すたすたと歩いて帰って行った。
現地解散ってやつである。
無言で自転車を漕いで――幸い、皆も流石に疲れているのか会話らしい会話もなかった――家路を辿った。
別れ際、レンは俺の肩を叩いてきた。
『明日、お前ん家行くから』と。
真逆、朝八時に来るとは思ってなかった。……携帯ないと不便だよな。
「なんで自殺なんてしたんだ?」
「知らない」
「お前なあ」
「違う違う。本当に知らないんだって。だってな? 愛って今でこそたまーに教室に顔を出すくらいだろ? だけど、小学校高学年の頃なんて、もう殆ど教室に現れなかったんだぜ? 今の時期……そのちょい後……そのくらいかなあ? 全然見なくなったの。あいつが自殺した小六の時なんて俺一回も……一回見たかな……くらいだったんだよ。ああ、まだ学校来てるんだなーって思ったくらいで。あの時のクラスのみんなが言ったんだ。
あの人、何で自殺したんだろうって」
呆れ果てているレンに、俺は言い訳するように並べた。
「あの人って」
レンは苦いもの噛んだような顔している。
「ああ、そんな子もいたっけ、くらいの認識だったんだ。俺等からしたら」
なんたって十クラスあるんだ。
小中高のエスカレーター式マンモス校。
高学年になってくると今後の部活との兼ね合いで、隣の中学生との交流が増えてくる奴だっているし、もちろん、違うクラスの子ともどんどん仲良くなっていく。
そんな中、全く教室に現れない愛の存在は、いつ、みんなから忘れられてもおかしくなかった。
「おまけに時期が時期だったからなあ。ちょうど夏休みに入る直前だったんだよ。二十日間も開けば、そりゃあ幾ら多感な子供だって気持ちの整理も付く。実際、学校から、愛の自殺があったことを全校集会で告げられた時、悲しんでいるような奴はいても、泣いてまでいる奴はいなかった。みんな、新聞やテレビ見て知ってたしな」
「冷たいな。俺なら泣いてるよ。多分、心の中で泣いてたんだろ」
どうだったかな。あまり覚えてないが。
時計を見る。針は八時十五分を指し示していた。
昔の俺の部屋である。
今はなき学習机にブラウン管テレビ、テレビの前にはスーファミとカセットが幾つか転がっている。ほっぽり出してあるゲームボーイは白黒、そしてもう処分してしまった大量の漫画雑誌。
炬燵の上に積み立てられたカードキャプターさくらの既刊。
「……」
レンはさっきからチラッチラ目をやっていた。必死で我慢しているみたいでかわいく思う。
「あいつって何であんまり教室来ないんだっけ?」
正直、全然覚えてなかった。毎度のことかもしれないが。
しかし、これに関しては愛を見ている限り、あまり思い当たる節がないのも事実だった。割と卒なく人間関係を熟せる奴だと思うんだが。年齢以上に大人っぽいからかな。それで話が合わないとか。そんなんで今の状態が許されるのかって話だが、校長の娘って立場はけっこう何でも許されてしまいそうだ。担任も強くは言い辛いであろう。
「虐め?」
訊いてみた。
レンは「あー?」と、俺に正気を疑うような眼差しを向けてくる。
「うちのクラスに限って。ない」
「断言するね」
「俺の知ってる限りだとな。女子は陰湿って聞くし、実際俺がどこまで見れてるかって訊かれると分かんないけど。でもさ。姉ちゃんも言ってたけど、そういうのってもっともっと学年上がってからだろ」
そういえば、レンには姉ちゃんがいたな。過干渉の姉貴が二人も。レンが女子を得意なのはその辺りが関係しているんだろうな。
俺は腕組みして考える。ま、確かにな。人間関係は年齢が上がるに連れて面倒臭くなってくるイメージだ。このくらいの年齢が一番何も考えないでいられるというか。
「そうだ。本人に聞いてみるか」
「お前なあ」
「いや、だって。分からないじゃないか。悩みは打ち明けると楽になるって聞くぜ? 愛ってあの通り、どこか他の奴と違って大人っぽいだろう? そうすると、同じ年代の子にはなかなか言い出せない悩みを抱えているんじゃないか? な?」
「それで、何でお前には打ち明けてくれると思うんだよ」
「そこはほら。俺、大人だし」
ドン、と胸を叩く。
レンはもう一度、
「はあ~」
と、盛大に溜息を吐いた。
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