第3話 少女との契約

「それでは、これでチュートリアルを終了します。今後、不明な点がありましたら、システム的な事に関してはウインドウ画面からコマンド操作で把握することが可能です。それ以外の事柄は、別の精霊からアドバイスを貰うなど、ご自身で工夫なさってください。なお、貴方の体はこの後、『最も相性の良い巫女候補』の元に転送されることになります――それでは、貴方がこの世界で充実した日々が送れるよう、お祈り申し上げます――ご武運を!」


 その不思議な声が消えると共に、意識が暗転した。


 次に気がつくと、彼はやや薄暗く、四畳半ほどの狭い部屋で浮遊していた。

 天井に、ぼんやりと明かりが点っている。

 和紙で覆われた、「行灯(あんどん)」のようなイメージだが、中に入っている照明が何なのかまでは分からない。

 木造で、全体的に和風テイストだが、木製のベッドのような台が存在し、布団が敷かれている。

 その脇には、七つほどの動物の「ぬいぐるみ」が飾られていた。

 全て、枕ぐらいの大きさで統一されていて、どれも可愛らしい印象だ。

 そしてベッドには、誰も寝ていない。

 その代わりに、白い服に赤い袴……いわゆる「巫女服」を着た少女が、椅子に座り、机に突っ伏して眠っているようだった。

 彼……ステータスによれば「タク」という名前の精霊は、彼女のステータスを覗いてみた。


-----

名前:優奈

年齢:十五歳

職業:巫女見習い

契約精霊:(未契約)

状態:睡眠

生命力:45/55

呪力:78/78

戦闘力:8

素早さ:20

装備:

巫女服 (ノーマル)

備考:

(警告)精霊巫女契約期限終了まで あと0年0ヶ月0日 0時間09分52秒

-----


 タクが上から順にステータスを確認していくと、彼女が未契約の巫女見習いであることが確認できた。

 さらに、備考の「警告」により、あと僅かで精霊巫女としての契約資格を失効してしまうことも理解した。

 まさにギリギリのタイミング……そこで、彼は「現時点で最も相性の良い」巫女見習いの元へと派遣されたのだ。

 しかし、彼は躊躇した。

 チュートリアルで理解してしまっていた……精霊巫女となってしまうと、命がけで『魔物』や『妖魔』と戦わなければ鳴らなくなってしまうことを。


 タクは、彼女の顔をのぞき込み、思わずドキリとしてしまった。

 黒髪、長髪。

 小柄な体型に、より小柄な顔がちょこんと付いている。

 目を閉じてはいるが、目鼻立ちははっきりとしているように思われる。

 前世でも見たことがないぐらいの、清楚な印象の美少女が、すやすやと眠っている。

 正直、こんな子が命をかけた戦いに臨むなど、想像ができない。

 このまま期限をむかえさせて上げた方が、彼女にとって幸せなのではないか……そう考えているとき、ふと、彼女の書きかけの日記を見つけた。


 彼女に申し訳ないとは思いながらその内容を読んで、絶句した。

 詳しい事情は分からないが、彼女は、このまま「精霊巫女」になれなければ、自分の身を売って何かの返済に充てようとしていた。

 こんな可憐な少女が、なぜそんな過酷な運命を辿らなければならないのか。

 日記からは、悲壮感が伝わってきた。 

 頬に、幾筋も涙が伝った後があった。

 どうしようか、と考えたとき、精霊巫女契約解除の条件の一つを思い出した。


『双方が契約破棄に同意したとき』


 つまり、嫌になれば後から契約解除できるのだ。

 ならば、取り急ぎ彼女の「身売り」解除のため、一旦契約してしまう方が得策に思えた。

 ステータスを再度確認すると、精霊巫女契約期限まで、あと3分を切っていた。  


「――優奈、優奈、起きるんだ!」


 タクが必死に優奈に呼びかける。


「んんっ……誰?」


「俺の名前はタク……君と契約を結ぶためにやってきた、精霊だ!」


「えっ……精霊……様?」


 優奈は、彼の声に反応してその顔を上げた。

 しかし、瞼は半分閉じたままだ。


「優奈、俺と契約して、精霊巫女になってくれっ!」


「えっと……精霊、様? 契約……これは……夢、なのですね……?」


「夢じゃない、しっかりしろ! 今から契約を……」


 タクはそう言いながら、具体的に契約はどのような儀式を実践すればいいのかよく分かっていないことに気づいた。

 たしか、いろいろコマンドを操作して検索すれば、契約の方法も出てくるはず……。

 そう考えていると、優奈は、寝ぼけ眼のまま立ち上がり、オオカミのぬいぐるみのような姿の彼を抱きしめた。


「精霊様……やっと来てくださったのですね……儀式、を……」


 彼女はそう呟いて、枕ほどの大きさのタクを自分の顔の高さに持ち上げ、そしておでこ同士を合わせた。


「私、優奈は、精霊『タク』様に選ばれし事を心から感謝し、その巫女として、この魂を差し出し、妖との戦いに全力を尽くすことをここに誓います……タク様、どうか私をタク様の精霊巫女としてお認めください……」


「認めるっ!」


 タクは、反射的にそう答えた。

 すると、二人の間に光が溢れ、タクは自分の中に彼女の魂の一部が流れ込むのを、感覚的に察知した。

 もう時間が無く焦っていた彼は、急いで優奈のステータスを確認する。

 

-----

名前:優奈

年齢:十五歳

職業:精霊巫女

契約精霊:タク

状態:半睡眠

生命力:100/110

呪力:250/250

戦闘力:20

素早さ:36

装備:

巫女服 (ノーマル)

備考:

-----


 無事、職業が「精霊巫女」、そして契約精霊が「タク」に更新されていた。

 また、ステータスが著しく上昇していることも確認した。

 自分のステータスも確認する。


-----

名前:タク (モデル:オオカミ)

状態:精霊体

契約巫女名:優奈

-----


 相変わらずシンプルなステータスだが、契約巫女の名前が「優奈」となっていたことに、軽い感動を覚えた。


「精霊様……私の、精霊様……やっと来てくださった……ありがとうございます……」


 優奈は、寝言の様にそう呟くと、再びタクの精霊体――見た目はデフォルメされたオオカミのぬいぐるみ――を抱きしめた。

 そしてフラフラと簡易ベッドまで歩いて行き、半分倒れるように横になり、そのまま動かなくなった。


 タクは少し慌てて、優奈のステータスを確認した。

 状態は『睡眠』で、二日間眠れていなかったこともあり、どうやら熟睡しているだけのようだった。

 また、年齢が「十六歳」となっていた……すんでのところで間に合ったようだ。


 すやすやと眠る美少女に抱きしめられ、少し照れるタク。

 わずかに甘い香りが漂ってくるのが心地よい。


 後で分かったことだが、精霊体には、「食欲」も「性欲」も「睡眠欲」も存在しない。

 しかし、「全く眠らなくても平気」だけであって、「眠れない」わけではない。

 彼は心地よい感覚の中で、優奈と共に眠りについたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る