第2話 アーマンディ(2)
アーマンディの部屋は地下にある。湿気が多く、カビ臭い部屋。罪を犯した犯罪者を入れる牢獄のような部屋が彼の部屋だ。先ほど罰を受けていた部屋の正面。どちらも重い扉で閉ざされた部屋。だがアーマンディの部屋にはまだ救いがあった。
重い扉を開くと、ベッドの上で足をぶらぶらさせている女の子がいる。歳の頃は5歳くらいだろうか。少女の瞳は灯りしか写さないように閉じられている。
「アーマンディ様?」
ポツリと呟いた声は子供らしい甘ったるさと寂しさが混ざっている。
「ごめんね……待たせたね。ネリー」
「ううん、大丈夫です。お帰りなさい、アーマンディ様!」
ネリーはベッドからぴょんと飛び跳ねて降りると、そのまま両手を広げた。その目は変わらず閉じられたままだ。
「ただいま、ネリー。ご飯は……まだだね。食べなきゃダメだよ?」
「アーマンディ様と一緒に食べようと思っていたんです」
アーマンディはネリーを抱きあげベッドの脇にある粗末なテーブルへと向かう。テーブルの上には固い拳大のパンが2個と、具のないスープが一皿あるだけだ。これでふたり分の食事。それがアーマンディの世界の常識。
今日は食事があって良かった……そう思うアーマンディは哀れだ。食事を抜かれることは多い。自分だけの時は良かったが、今はネリーがいる。まだ幼い子供に食事抜きは辛いだろう。
ネリーはアーマンディが3年前に見つけた子供だ。
アーマンディが14歳の時、一度だけ聖女の館の外に出ることができた。大聖堂で行われる公爵家の婚礼の儀に出席するためだ。
アーマンディとて現状の状況に不満がないわけではない。これが最後のチャンスと思ったアーマンディはアジタートとアジタート率いる侍女達から逃げた。大聖堂を抜け出し、自分を捕まえようとする神官や神兵、そして信女達から逃げるために路地裏に入ったアーマンディが見つけたのが、ネリーだった。
ネリーは息も絶え絶えで死にそうになっていた。瞳は閉じられ、口はやっとで息をしてるように開いていた。あまりにも辛そうな姿だったので、思わず回復魔法をかけたところで見つかった。しかも相手も悪かった。アジタートの配下の者に見つけられたアーマンディは、ネリーを助ける事と引き換えに聖女の館へと戻った。
しかもアーマンディの回復魔法ではネリーを助ける事ができず、結局は目に障害が残ってしまった。
そもそもネリーは親に捨てられ、食事もまともに取っていなかった子だ。その状態のネリーを回復魔法で助けられたのが奇跡だったのだが、それはアーマンディには知らされいない事だ。ネリーの存在は、アーマンディを操りたいアジタートにとっては都合が良かったのだろう。
「さぁ、ご飯を食べようね。お水はいるかな?」
アーマンディはネリーを縦抱きにしたまま椅子に座る。粗末なテーブルには椅子が1脚しかない。
『ネリーは聖女の館の一員ではない、だから何も用意しないわ。あなたの物を与えなさい』そうアーマンディに言い放ったのはアジタートだ。
まだ幼かったアーマンディは目の見えないネリーを放置できず、そのまま部屋に連れ帰った。だからネリーの服はアーマンディが幼い頃に着ていた服だ。アーマンディは数えるほどしか服を持っていない。そしてその服も聖女の館の最下位の侍女が着る生成りのストンとしたワンピースだ。何度も繰り返し洗われたワンピースは薄くなり、毛羽立ちもあるがそれでも無いより良いとネリーは笑う。アーマンディだって同じような状態なのだから仕方がない。
そのような状況だから、ネリーには椅子もない。ベッドも一つだ。だが狭いベッドにふたりで寝ると温かいと……アーマンディは思う。
だけどいつまでも一緒にはいられない。自分は男で、ネリーは女の子だ。いつか外に出してあげられたらとは思うけれど、頼れる人がアーマンディにはいない。
「アーマンディ様のお水飲みます!元気が出るお水!」
アーマンディの膝に乗ったネリーの手が宙を泳ぐ。そのかわいらしい姿に微笑みながら、アーマンディは魔法でコップに水を精製する。
「はい、どうぞ」
ネリーの手に優しくコップを持たると、ごくごくと喉の音を鳴らしながらネリーは勢いよく水を飲む。
きっと喉が乾いていたのだろう……僕が罰を受けている間、ずっとここで食事もせず待っていたのだから。ネリーのその姿を想像すると、アーマンディは胸が締め付けられそうな痛みに襲われる。
ネリーの事を聖女の館の人間はいない物のように扱う。アジタートの命令だから当然だ。
だから食事を置きに来た給仕係の人間もネリーに話しかけることはない。だが扉が開く音と匂いで食事が運ばれて来たことは分かるはずだ。でもいつだって食べずにずっと待っている。アーマンディの元にやってきた2歳の頃からずっと。
優しい子……そう思いながらアーマンディがネリーの頭を撫でると、嬉しそうに声を出す。アーマンディの安らぎはネリーだけだ。ネリーがいなければ、もうとっくに命を経っていただろう。
「パンは食べれる?硬いパンだからスープにつけるね。本当はマナー違反だけど、そうしないと食べられないからね」
冷めたスープにちぎったパンを浸し、アーマンディはネリーの口にそっと運ぶ。あーんと口を開けたネリーがパクパクと食べる。
「アーマンディ様は食べてますか?」
「うん、食べてるよ。おいしいね」
ネリーにあげた分と同じ量をアーマンディも食べる。小さい頃はともかく、長じるに連れアーマンディはネリーの多く食事を与えようとした。だが、ネリーに気付かれてしまい怒られた。だから今は半分こになるように食べている。
本当はもっと食べさせてあげたい……とは思うけれど自分の食事はこれだけだ。申し訳ないと思いつつもこうやって分け合いながら、話しながら食事が取れる今をアーマンディは幸せに思う。
アーマンディは幼い頃からいつも同じ食事だ。量もさほど変わらない。贅沢な料理はマナーの教育の時に一度だけ見た。見ただけだ。美味しそうに食べるアジタートを見ていただけ。その際に横にいるマナーの教師からしてはいけないことだけを、習った。あなたには必要ないのかも知れないけれど……マナーの教師は嘲りの視線を残しつつ、そう言い放った。その言葉とお腹を鳴らすアーマンディに、アジタートは満足気に笑っていた。
あの時、アジタートが食べていた料理を一度だけでもネリーに食べさせてあげたい……アーマンディの欲はいつもネリーに直結する。どうせこんな自分には幸せは訪れない。そう諦めている節がアーマンディにはある。
「もう、終わりだよ。ご馳走様しようか?」
「はーい、今日の善き食事を頂けたことを女神スピカ様に感謝いたします」
「はい、良くできました」
いい子いい子とアーマンディはネリーの頭を撫でる。背中の鞭の傷は癒えているが引き攣るように痛い。子供で軽いとは言えどネリーを足に乗せているので、その背中の痛みはズキズキとアーマンディを苛ます。
「さて、ネリー今日は何のお勉強をする?」
アーマンディはネリーに手習程度の知識を与えている。いつか外に出る日が来たとしても、知識があるとないと変わると考えているからだ。
「えー、勉強は嫌です。ご本を読んでください」
ぷーっと膨れるネリーに柔らかい微笑みを送りながら、今日はそれでも良いかもとアーマンディは思った。今日は疲れている。たまには自分だって休みたい。
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