第32話

 ーーーコンコンコン、


 疲れ切ったアルフレッドとずっとアルフレッドにくっついているマリンソフィアの耳に、ノック音が聞こえた。そして、マリンソフィアは急激に今の格好がとんでもなくはしたなくて、恥ずかしい状況であることに気がついた。急いで飛びのこうとするが、アルフレッドは真っ赤な顔でニヤリと笑ってマリンソフィアの身体を細身の身体に似合わない腕力で抱きしめる。


「失礼いたします。ーーー………………、おい坊主、手を出すなら、ちゃんとホテルを取ってやれ。こんな場所なんぞムードもへったくれもねーぞ」

「いやいや、ここは僕とソフィアの思い出の場所だよ?いいと思わない?」


 からからと笑いがながらちょっと起こった口調のマスターに言い返したアルフレッドは、悪ビレがない。


「思わねーよ。まあ、若いのはいいが、子供は結婚してからにしろよー」

「はいはい、気をつけるよ」

(はい!?アルフレッドっ!!あんた何言ってんの!?)


 思わず喉元に出かかった怒声を必死になって飲み込んだマリンソフィアは、真っ赤な顔をアルフレッドに押しつけた。どくどくと脈打つ心臓が異常なまでに早くて、それがアルフレッドに伝わってしまうのではないかと思うと、ビクビクとしてしまう。


「じゃあ、いつものやつ置いとくなー。まあ、ほどほどにしとけよ、アルフレッド坊にソフィアちゃん」

「はいはーい、じゃあ、イチャラブするからさっさと出てってー」


 アルフレッドが手をしっしとマスターに向かって振る。そんな仕草を見たマスターは、苦笑しながらも軽口を叩く。


「けっ、老害は出てけってか?」

「いや?僕らの愛の巣から出てけって話」

「………ここは俺の店なんだが………………」

「いいじゃん、今は僕らのお部屋なんだから」


 眩しそうに笑ったマスターは、1階のお客さまに呼ばれて颯爽と降りていった。やっぱり、元騎士というだけあって、とてもイカつい、頼りになりそうなおじさまだ。貴族さまらしからぬところも、関わりやすくてマリンソフィアにはとても助かる。


「「………………」」


 真っ赤な顔をして破廉恥な格好をした2人の間に、長い長い沈黙が訪れてしまう。

 マリンソフィアはだんだん耐えられ無くなって、必死になって話題を探した。そして、そうっと彼の胸から身体を上げて彼に話しかけた。


「お、おじさまって、やっぱり元騎士ってだけあって、頼りになりそうよね………」


 アルフレッドはマリンソフィアの言葉に目を見開いた。


「………ソフィアはああいうヤツが好きなのか?」

「え?」


 マリンソフィアは一瞬困惑しながらもこくんと頷いた。


「だって、おじさまってとっても良い方だもの。わたくしが困っているときは何度も助けてくださったし、誘拐された時にはいつも1番乗りで駆けつけて敵を一瞬で蹴散らしてくれたわ。それに、殺人予告や誘拐予告なんかがあった時には、いつも送り迎えをしてくれていたし、お店の警護も良くしてくれているわ。好感を持たない方がおかしくないかしら?それに、亡くなった奥方さまをずーっと思い続けているところもとーっても素敵」

「そ、そう、なんだ………」


 明らかにしょぼんとしたアルフレッドに、マリンソフィアは首を傾げた。彼女はそう言いながら、フラペチーノに口をつけた。とても甘くて、少しだけある苦味がとてつもなく美味しい。そして、隣の方に視線を向けると、色鮮やかなマカロンも、とっても美味しそうだ。


「ぱくっ、」


 マカロンを口にの中に入れると、一気に口の中に甘さがふんわりと広がる。


「んんー!!」

「………1人で食べて満足かよ、ソフィア」

「ソフィー」

「?」


 マリンソフィアはじっとアルフレッドの方を見つめて、愛称を言う。


「ソフィーって読んで。昔みたいに」


 静かに話して、マリンソフィアは次のマカロンを口の中に入れた。昨日お馬鹿王太子に呼ばれてから自分の名前が気持ち悪くて仕方がないのだ。それが、アルフレッドに呼ばれたら少しだけでも楽になるような気がしたのだ。


「じゃあ、交換条件だ。僕のことを昔みたいに『アル』と呼んでくれ」

「アル、わたくしのことを『ソフィー』と呼びなさい」


 慣れた口調での命令に、アルフレッドは少しだけ目を見開いた。自国では叡智を誇り、剣豪を誇り、優しく公平で模範的な存在として崇め讃えられているアルフレッドからしても、マリンソフィアの見事なまでの命令口調は、とても板についていた。常に上に立つ者として人を命令して動かさなければなければならない、といった環境にずっといた、否、いるかのようだった。


「ソフィー」


 アルフレッドは優しく呼びかけ、そして透き通るようなルビーの瞳を真っ直ぐと彼女に視線を向ける。


「ソフィー、君は、一体何者なんだ?」


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