第30話

▫︎◇▫︎


 次の日の朝、マリンソフィアは目覚めてからとてもわくわくしていた。昨日あった出来事を、アルフレッドに自慢しようと思ったのだ。神出鬼没の彼だが、マリンソフィアはいつもなんとなくで見つけ出すことができた。


「クラリッサ、今日はとびきり可愛くして!!」


 ついついはしゃいだ声でクラリッサにお願いしてしまうのも、致し方ない。だって、偉業を成し遂げたことを報告しに行くのだから。


「………マリンさまはアルフレッドさまに恋をしていらっしゃるのですね」

「?」


 マリンソフィアは一瞬クラリッサの反応にきょとんとしてしまう。彼女は何を言っているのだろうか。だってマリンソフィアとアルフレッドは、ただの幼馴染だ。


「わたくしとアルフレッドはただの幼馴染だし、わたくしが彼に恋をする要素なんて全くないわ。そもそも、『恋』って何?」


 マリンソフィアは真面目な顔で首を傾げる。


「えっ、………『恋』というのは………、その人のことが四六時中何をしていても気になったり、その人のことを考えると胸がぎゅーってなったり、あとは………そうですねー、触れられて嬉しくなったりすることでしょうか」

「………なんというか、『病気』みたいね」


 眉間に皺を寄せたマリンソフィアの感想に、クラリッサは苦笑する。女の子の夢を『病気』で一蹴したマリンソフィアに、クラリッサはちょっとでも女の子らしいことを夢見てもらおうと、アルフレッドについて尋ねる。


「………『恋は病』と言ったりもするくらいですからねー………。まあ、でも、マリンさまはどれか1つでも、アルフレッドさまに当てはまることがありますか?」

「そうねー………、胸がぎゅーってなるのと、触れられて嬉しくなるっていうのはたまにあるけれど、四六時中彼のことが気になるということは全くないわ。わたくし、お裁縫を始めたらそのこと以外に全く興味がなくなるもの」

「………裁縫馬鹿」

「ーーー今、なんと言ったかしら?わたくし、お耳が遠くなったようだわ」


 満面の笑みを讃えたマリンソフィアに、クラリッサはプイッと横を向く。


「今日も赤い系統のお洋服にしましょう。昨日の感じでしたら、私が仕立てておいてなんですが、赤いお洋服もとてもよくお似合いのようでしたので」


 分かりやすく誤魔化そうとするクラリッサに呆れながらも、マリンソフィアは今回だけは見逃してあげようとそのお話に乗ってあげる。


「そう?なら、そうしようかしら。あぁ、でも、馬鹿王子がここら周辺を徘徊していたら面倒ね。昨日とは違う印象に仕立て上げてちょうだい」

「分かりました。昨日赤系統のお化粧道具を買うついでに、ピンク系統のお化粧道具も買って来たので、今日はドレープをいっぱい重ねた妖精をイメージした桃色のドレスワンピースにいたしましょう」


 ルンルンとお化粧道具を取り出して続き部屋になっている隣の部屋クローゼットルームからドレスを取り出したクラリッサに、マリンソフィアは頬を引き攣らせた。今までは自分が縫った、お部屋の備え付けであるクローゼットの中しか見ていなかったから違和感がなかったが、あの部屋には異常なまでの量のドレスが収納されていた。見間違いではなかったら、靴や髪飾り、アクセサリーの類まであった気がしたのだが………。


「………ねえ、なんでわたくしのお洋服がそんなにたくあんあるのかしら?」

「………………私が勝手にお小遣いを使ってマリンさまに着せたいお洋服を仕立てているからですが何か?」


 開き直ったようにいっそ清々しいほどに正直に返事をするクラリッサに、マリンソフィアはひくひくと表情を引き攣らせてしまう。見た感じ、えげつない量のお金を使っている気がするのは気のせいだろうか。

 だからかは分からないが、マリンソフィアからは咎めるような声が出てしまった。


「………お給金でやっていると?」

「はい、ですので、咎められる理由にはなりません。これは私の意志で、私がやりたいようにやっているだけですから」

(………これは止めても無駄なパターンね。何か代替案を考えなくては………)


 マリンソフィアは顎に手を当ててじーっと考え込んだ。こういう時、テコでも動かないような頑固なお貴族さまのご婦人と社交界で戦った経験が生かされている気がする。マリンソフィアはそんな残念なことを考えながら、妙案を思いついた。


「………わたくしが別料金でドレスを仕立てたり、靴やアクセサリーを買ったりする予算を作ることにするわ。これからはあなたのお給金でこんなことはしないように」


 自信満々に言うと、クラリッサが明らかに不安そうな顔をした。


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