第8話
その日のお昼前、女性がいっぱいいる店舗に服を着替えさせられて連れ出されたアルフレッドは断れなかった過去の自分に対して盛大に後悔していた。
「ねえ!これはこれは!!」
そして、マリンソフィアは貴族御用達のメイク道具専門店で、きゃきゃっとはしゃいでいた。可愛いメイク道具をじっと見つめてはアルフレッドの方にお道具を向けていたのだ。普通はマリンソフィアがコスパを考えながら見ているのを、アルフレッドが質問するものではないだろうか。
「………リップじゃないのか?ほら、口に塗るやつだ」
「へー、お姉さま方のくちびるが桃色とか薔薇色なのはこのリップのおかげなのね!!」
「じゃあ、これはこれは!!」
「………アイシャドウ。目に塗るやつだ」
「お目々の横にあるきらきら?」
「そう」
数分にも満たない、入って早々にもうぐったりなアルフレッドは、それでもマリンソフィアの質問に丁寧に答える。マリンソフィアが楽しそうなだけに、邪険に扱えないのだ。
「この肌色のやつは?」
「ファンデーション。肌の色を整えるやつだ」
「ふーん、これって必要なの?」
不思議そうに首を傾げる雪のように真っ白なマリンソフィアの肌を見て、アルフレッドはそっと視線を外した。
「………ソフィアには必要ないと思うぞ」
「そっかー。じゃあ、このファンデーションみたいなのに華やかな色のやつは?」
「チーク。頬の血色を良くするもの」
「へー、」
興味深そうに眺めるマリンソフィアは、けれどもなにも買い物籠へといれていない。『なにをしにきたんだ!!』という喉元まで出かかったツッコミを飲み込んで、アルフレッドは優雅な所作で、はしゃいでいるのにどこぞの王族と見間違うかのような所作で動き回るマリンソフィアを優しい瞳で見つめた。
「何か買わないのか?」
「………なにがいるのか、なにをどう買ったらいいのか分かんない。もっといっぱいお勉強をしないと、メイクというのはわたくしにはハードルが高すぎたみたい………」
アルフレッドの質問に、マリンソフィアは泣きそうな顔で答える。ジーッと羨ましそうに見つめて吐息を溢しておいてそれはない。
アルフレッドは近くにいる店員に目線で助けを求める。カップルが一緒に選んでいるからと遠慮して接客しないでくれているようだが、余計なお世話すぎる。
そもそも、そもそもアルフレッドとマリンソフィアの関係はただの幼馴染だ。アルフレッドが一方的に………、
「アルフレッド、どうしたの?」
「い、ぃやー、なんでも?」
下心満載なことを考えていたとはいえないアルフレッドは、困ったようにしどろもどろに答える。
「あ、そうだ。店員さんが手伝ってくれそうだから、お話しを聞きに行こう」
「え、でも………」
「ほらほら行くよ!!」
マリンソフィアを引っ張って店員の方に連れて行く。
「すみません。彼女、メイクをしたことがなくて何を買っていいか分からないそうなので、おすすめを教えていただけますか?」
「承知いたしました。こちらにお越しください」
2人は店員に連れられて奥の席へと腰掛けた。店員さんはさまざまなメイク道具の入った大きな箱を腰掛けたマリンソフィアの前に出すと、その中から迷いない仕草でいくつかの道具を取り出していくが、途中ではたっと気がついたのか、2人の方に恥ずかしそうな顔で質問を投げかける。
「まず、どのくらいの金額をご希望するのかお教え願えますか?」
「………どのくらいが相場なのかしら?」
「だいたいこのくらいでしょうか」
店員さんの立てた指の本数を見たマリンソフィアは、こくんと頷く。
(存外とても安いのね。これなら全く問題ないわ)
「お金には困ることがなさそうだから、おすすめなのを教えてちょうだい」
「わ、分かりました」
店員さんはウキウキとした感じで道具を再度取り出して行く。金額が高いものを売りたいのか、または、本当に似合うものを選び倒したいのか、マリンソフィアには見分けがつかなかった。
「お客さまは肌のきめが細かく、そのお年にして全く化粧荒れしておりませんので、選びがいがありますわ!!」
「そう、ごてごてしたものや、匂いの強いものは好まないから、それ以外で選んでちょうだい」
「はいっ!ご注文、承りました!!」
店員さんに注文を付け足したマリンソフィアは、化粧臭い社交界のゴテゴテ貴婦人と父親の愛人さまを思い出して、むうっと眉を顰めたくなるのに耐えた。
「………へえー、やっぱり、ソフィアって命令し慣れているな」
「そう?このくらい当たり前だと思うけれど………」
「いやー、上に立つ者って感じがする」
「そう………」
注文をしただけなのにも関わらず、ものすごく感心しているアルフレッドの感想を右から左に流しながら、自分の顔はどのように変わるのだろうかとわくわくしてしまう、マリンソフィアなのだった。
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