プロローグ

 時は1156年、保元ほうげんの乱の真っただ中。


 武士たちは後白河天皇ごしらかわてんのう側と崇徳上皇すどくじょうこう側に分れ、為朝ためともは父である源為義みなもとのためよしと共に崇徳上皇すどくじょうこう側で戦っていた。

 戦は序盤じょばんこそ五分五分であったが、兄である源義朝みなもとのよしともが夜襲をかけてきたことで崇徳上皇すどくじょうこう側は次第に劣勢に立たされていく。


 為朝ためとも粗暴そぼうな性格で、身長は七尺ほど(2m10cm)あり、鋭い眼光で容貌魁偉ようぼうかいいである。為朝ためともの放つ矢は強弓ごうきゅうと言われ、後に武士で初めて太政大臣だじょうだいじんまで昇り詰める平清盛たいらのきよもりでさえ攻めるのを躊躇ちゅうちょするほどであった。


「なんじゃ、清盛きよもりかかってこないのか!」


 為朝ためとも清盛きよもりを挑発し矢を放つと清盛きよもりを護衛していた武士の体を貫通して武士は馬上から落ち、その様子を見ていた清盛きよもり配下の武士たちは動揺した。


「こいつは人間なのか? 奴の矢は盾すら貫く、鎧など無意味だ」

 清盛きよもり配下の武士たちは逃げ出したい気持ちを押さえながら、その場に何とか踏みとどまっていた。


 為朝ためとも清盛きよもりの前に立ちふさがり次から次へと矢を放ち、為朝ためともの強弓は清盛きよもりの郎党を次々にほうむる。


(なんという蛮勇ばんゆう、まるで鬼神のようだ)


 清盛きよもりは死の恐怖を感じ、「ここは退け、北門より御所を攻めよ!」と軍勢の向きを変え、為朝ためともの守る西門から退いた。


「話にならぬ、これが平家の武士もののふか」

 為朝ためともは逃げるように北門に向かう清盛きよもり勢を追わずに西門を守り続ける。


為朝ためとも勅命ちょくめいである! 退散せよ!」

 今度は大声を上げて兄である義朝よしともが攻めてきた。


「兄者よ、こちらは院宣いんぜんをお受けしている。兄者こそ退散せよ!」

 為朝ためともも大声で義朝よしともに言い返す。


 義朝よしともは「兄に弓を引けば神仏の加護を失うぞ!」と、坂東武者ばんどうむしゃ200騎を率いて西門に攻撃を仕掛けてきた。


(何が神仏のご加護だ! 親兄弟で殺しあっているのだ、どちらも地獄行きに決まっておろう……)


 為朝ためともは、迫ってくる義朝よしとも配下の坂東武者ばんどうむしゃ達に向かって矢を放つ。


 しかし、先ほどの清盛きよもりの郎党とは違い、戦いなれて武勇に優れる坂東武者ばんどうむしゃだけあって為朝ためとも強弓ごうきゅうでもひるむことなく次々と向かってくる。


 為朝ためとも勢も必死に応戦したが、為朝ためとも勢28騎に対し、義朝よしとも勢200騎と多勢に無勢もあり、為朝ためとも勢は徐々に後退し始めた。


 それでも為朝ためともは西門の前に立ち塞がり、武勇に名高き坂東武者ばんどうむしゃでさえ恐怖を覚えるほどの戦いぶりで西門を死守していた。


(くそ、これ以上は持たぬか)


 為朝ためともは手勢が半分以下になったのを見ると、西門の中に退き守りを固めたが、義朝よしともが放った火矢のおかげで、西門内の建物には逃げ場がないくらい火が回っていた。


(もはやこれまでか……)


 為朝ためともが諦めかけた時、父為義が現れる。


「為朝、もうよい! 其方は逃げよ!」

「何を言うか父上、ここで逃げれば戦は負けるぞ!」

「為朝よ、そなたも既に戦の結末はわかっておろう……。今更ながら、其方を遊女の子と蔑み、粗雑に扱ってきたことを詫びさせてくれ……」


 為義はけしてよい父親ではなかった。


 為朝を遊女の子として、他の子らとは同列に扱わず、為朝が13歳になると粗暴な性格を理由に九州に追放したが、実際は疎ましく思っていた。


 そんな父親の本音に気づいていた為朝には、そんな為義の謝罪が意外に感じるのであった。


「父上らしくもない。そのような謝罪いらぬわ……」


 為朝はクソ親父と思っていた為義の思わぬ言葉に目頭が熱くなったが、為義に見られないように顔を背けて強気な態度を取った。


「為朝よ生き延びて、いつか兄を頼れ……」

「おい、あのクソみたいな兄者を頼れだと!」


 為朝は激高した表情で為義を睨みつけたが、為義は優しい表情で答える。


「あれは、源氏の棟梁に相応しい。戦も強く、頭も切れる。其方の強さを誰よりも認めているのは義朝じゃ。いずれ、一緒に戦う日も来よう。さあ、この場は父に任せて、早くいけ!」


 為義はその場に踏みとどまり、迫りくる義朝の軍勢と交戦し、為朝が逃げるための時間を稼いだ。


「あの、馬鹿親父め……」


 為朝は目から温かいものが流れているのを感じながら、西門内の奥に向かってひたすら逃げた。


 そして、西門内に一番奥まで逃げ延びると一つのお堂が目に留まる。

(たしか、あのお堂にはたくさんの観音像が祀ってあったな……、あそこに隠れるか……)


 為朝ためともは観音像が祀られているお堂の扉を開けて中に入った。


 お堂の中に入った為朝は何十体とある観音像を見て驚いた。


(これは圧巻だな。こんな場所があったなんて)


 為朝が観音像を見ていると奥の方に光り輝いている観音像があるのに気づいた。


 為朝が近づき、光る観音像の前に立つと急に空間全体が光に包まれ、目の前には優しそうな顔をした男性とも女性ともわからない慈悲に溢れた観音様が為朝を見つめている。


「其方は生き残りたいか? もし其方が生き残りたければ今から別の世界に行ってもらう。その世界を救うならば其方を助けよう」


 観音像の口は動いておらず、言葉というより直接頭の中にメッセージが入ってくるような不思議な感覚に包まれる。


(不思議な感覚だ、温かくて安心できる)


「わかった、その世界を救おう、それ故、生かして欲しい」


 為朝の言葉を聞くと、観音像の光の強さが更に増して、為朝は急に強烈な眠気に襲われ、意識を失うのであった……。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る