第7話
初めて目にする物ばかりでユスティーナは気持ちが昂る。暫くヴォルフラムと手を繋いで市場を歩いていたが、目的の野菜や果物などを購入し買い物は直ぐに終わってしまった。お金の支払いに少し緊張したが、ヴォルフラムが付いていてくれたのでそれも呆気なく済んだ。後は帰るだけだ。折角来たのに、少し残念に思ってしまう。
「あの、私が持ちます」
大きな紙袋にリンゴや豆類、ジャガイモなどが入れられている。それをヴォルフラムは当たり前のように持ってくれたのだが、買い物を頼まれたのはユスティーナだ。
「これ結構重いから女性の君では持つのは大変だと思うけど。それに女性に荷物なんて持たせられないよ」
「でも……」
「まあ、両手塞がっちゃったから手は繋げないのは残念だけど」
(確かに……じゃない!)
ユスティーナは
(危ない、ダメダメ、気を引き締めないと!)
これは何かの罠かも知れない。唇をキツく結ぶ。
牢、取り潰し、牢、取り潰し……頭の中で呪文の様に繰り返す。
「ねぇ、折角だしもう少し見て回らない?」
その一言にユスティーナは一気に笑顔になった。
キョロキョロと周りを見渡す。はしたないが好奇心には勝てない。こんな機会は二度と訪れないかも知れない。
「凄いですね! 色んな物があります!」
こんな気持ちになったのは何時振りだろうか。幼い頃、亡き母が読んでくれた本を胸を躍らせて聞いていた感覚と少し似ている。まるで子供にでも戻った気分になり可笑しく思えた。
「フラムさん、見て下さい! あんな所に動物がいます!」
「あぁ、あれはサルだね。芸をさせてお金を稼ぐんだよ」
「サルって言うんですね、可愛らしいです」
「君の方が可愛いよ」
「⁉︎」
何時の間にか耳元に唇を寄せられて囁かれる。また揶揄われている、いや試されている? どちらにしても恥ずかしくなる。
「ねぇ、ユティ、気付いてる?」
「え……」
「君さっきからずっと僕の腕掴んでるよ」
「⁉︎」
ユスティーナは目を見開き、自分の手の先を見た。すると彼の言う通り、確りと彼の腕を掴んでいた。驚き慌てて手を離す。
「無意識なのかな? それともワザと?」
「うっ……」
ヴォルフラムは意地の悪い笑みを浮かべながらユスティーナを見ている。だが何も言えない。こんな状態では何を言っても言い訳にしか聞こえないだろう。
「ハハッ、冗談だよ。人が多いから逸れたら大変だからね。ほら、僕の腕に掴まって」
「で、でも……」
「逸れて迷子になったら、君一人じゃ帰れないだろう? それにこの場所、今は昼間だからこんなに賑わっているけど、実は……日が暮れて夜になると世にも恐ろしい悪魔が出るって有名で」
ヴォルフラムが言葉を言い終える前にガシッとユスティーナは彼の腕にしがみ付く。
「ハハッ、冗談だよ、冗談。本当に君は可愛いな」
ーー怖過ぎる。
◆◆◆
ヴォルフラムは上機嫌で歩いていた。自分の腕にはユスティーナがしがみ付いている。本当に可愛らしい。
だがまさか、あんな冗談を本気にするとは思わなかった。彼女は腕にしがみ付いた瞬間、怯えた様子で、上目遣いでヴォルフラムを見てきた。少し涙目になっており、それはもう溜息が出る程可愛かった。
ユスティーナと買い物に来て本当に良かったと思う。予想以上の収穫だ。
実はシスターサリヤに頼んで一芝居打ってもらったのだ。ユスティーナと仲を深めたいと話すと、それはもうノリノリだった。無論ユスティーナに婚約者がいる事は知っているのだろう。だが彼女は「禁断の愛ですね」とうっとりとしていた。聖職者なのにも関わらず、そんな事でいいのかと思うが都合が良いのでそこは置いておく。
サリヤはヴォルフラムの正体を知らないので、彼女の言った言葉の意味合いは違うが……。
ーー確かに禁断愛に違いない。
何しろユスティーナは実弟の婚約者なのだ。自分にも婚約者がいる事も含め、正に禁断と言える。ヴォルフラムはそんな事を思い出しながら含み笑いをした。
「フラムさん?」
「あぁ、ごめんね、何でもないよ。それより、それが気に入ったの?」
ある店の前で足を止めて、先ほどから彼女が熱心に見ているのは装飾品だ。まあこんな場所で売られている物などは殆どが紛い物と言っていいだろう。玩具同然だ。だが彼女は随分とお気に召した様子だ。
「いえ、その……」
彼女の視線の先にあったのは、蒼色の石の施された耳飾りだった。
「綺麗な色だと、思っただけです……」
それはヴォルフラムの瞳の色と同じ深い蒼色だった……そして弟の瞳の色とも同じだ。暫しそれを凝視した後、ヴォルフラムは口を開いた。
「これを、貰えますか」
「フラムさん⁉︎ あのっ」
焦る彼女を尻目に、ヴォルフラムは店主に声をかけると耳飾りを買った。その後、ユスティーナを連れて市場の通りから外れると、荷物を地面に置く。そして、ユスティーナの耳に先程購入した耳飾りを着けた。
「今日の思い出に、君にあげる」
そう言いながら彼女の耳に唇で触れると、彼女は頬を染めた。
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