第60話 悲劇の結婚生活(クリュスエント視点)
私の結婚生活は、多分悲劇ね。フェリスが毎日毎日色々なことに腹を立てているわ。私の代わりに怒ってくれるから、私はわりと平気な顔ができる。
感謝しないといけないわね。
コーゼでの生活が始まって、まず最初に止められたのが故郷であるシャーノへの手紙。里心がつくからって、コーゼではやらないのが慣習なんですって。
そんなことも知らないのかって笑われてしまったの。
次に苦労したのが食事。王族は全員で食卓を囲むそうだけど、客室から王族の食堂は遠い。何度か遅刻してしまって、食堂への出入りを禁止されてしまったわ。
今では食事は王族の皆様が食べ終わった後のものが運ばれてくる。それを待ってフェリスと共に食卓を囲むの。
冷え切った食事は、正直あまり美味しくないわ。
最後は、部屋から出ることを禁じられてしまった。迷ってしまうと困るでしょうってわざわざ赤色のドレスを着て、教えに来てくださったのよ。
コーゼで行きたいところなど、どこにもないもの。禁じられなくとも、出る気もない。
会いたい人も、見たい景色も、この国にはない。
私が会いたい人は、見たい景色は、欲しいものは、全部シャーノに置いてきてしまった。
これぐらいのこと、アイシュタルトにもらったピンク色の花を見ながら、いつでも笑いながら話ができるわ。
あの地獄のような出来事からすれば、手紙だって、食事だって、外出だってなんのこともない。
コンコンッ!
もう夕食も、湯浴みも終わって、今にも寝台へと入ろうという時間。突然扉をノックされた。
このような場所に来られる方はいらっしゃらない、ましてやこのような時間。
それでも、まるで怒りをぶつけているような、強い調子のノックに、嫌な予感がした。
「リーベガルド王子。どうかされましたか?」
「妻の元へ来るのに、どうかしなくてはならぬのか?」
扉を開けていたフェリスを押し退けて、椅子に腰掛けていた私の前に立つ。
「其方との閨事は王子の義務だそうだ」
「ね、閨……?」
「あぁ。納得はいかぬが、義務だと言われれば仕方がない」
リーベガルド王子が寝台へと視線を向ける。
「フェリス。しばらく外へ出ていて」
フェリスにそう声をかけると、フェリスは大きく首を振った。何が起きるかわかったのでしょう。
「早く、出ていて」
それなら、尚更外へ行っていて。これから起こること、いくら貴女にだって聞かせられない。
控室に下がらせるのではなく、部屋の外へとフェリスを追い出す。
そして、いつの間にか寝台の上でくつろいでいるリーベガルド王子の側へ、覚悟を決めて寄っていった。
「私に愛されようなどど、思ってくれるな。私には愛する人がいる。決して其方ではない」
「存じ上げております」
「ふん。可愛げのかけらもない」
リーベガルド王子のその言葉がまるで合図のようだった。
私は何の準備もなく、脚を開かれ王子を受け入れさせられた。
体が、心が、激痛に悲鳴をあげる。それでも、声を出すことは許されず、与えられる苦痛に歯を食いしばって耐えた。
溢れ出してくる涙を振り払おうと顔を横に向ければ、机の上に飾ったあの花が視界に入る。逆さに吊るして、乾燥させてしまった花は、もうピンク色もくすんでしまったけれど、私には他の何よりも綺麗に見える。
王子によって与えられる痛みから意識を逃そうと、あの花に思いを馳せる。しかし花を通して、私の脳裏によぎったのは、頬を染めたアイシュタルトの顔だった。
あぁ。ダメ! 見ないで! こんなところ……見ないで……貴方にだけは、見られたくない。
思い出の中のアイシュタルトは何も言わない。もちろん見られてるはずも、知られることもない。そんなことわかってはいても、翌日、体の痛みに耐えながら、私はあの花を引き出しの奥にしまい込んだ。
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