第48話 閑散とした街
ロイドの店まで三人で街の中を歩けば、人が減って閑散とした街の姿を見ることになった。
人が行き交い、所狭しと店が並んだ街の姿はもうどこにもなかった。
この街に着いた頃の姿はどこにいってしまったのだろうか。話の中でしか意識していなかった、戦の足音が近づいていることを、私は初めて目の当たりにした。
「こんにちはー!」
「おや。ルーイ。いらっしゃい。今日はアイシュタルトも一緒なんだね」
街の中とは違い、前回と何も変わらない店の中の様子に、安心する。
「は、はじめまして! 僕、ステフです!」
「はじめまして。私はロイド。えーっと?」
「ステフは俺の弟だよ」
「あぁ。旅商人だっていう?」
「うん。ステフが旦那に会いたいって言うからさ、やっと連れて来れたよ」
「そう。アイシュタルトも久しぶりだ」
「はい。その節はありがとうございました」
私はロイドに改めて頭を下げた。彼の言葉が今の私を動かしている。それほど貴重な話をしてもらった。
「もう、覚悟は決まったんだね。前よりもいい顔をしているよ」
「はい。今日は挨拶も兼ねて来たんです」
「そろそろこの街を発つのかな」
「その予定です」
「そうか。ルーイが来なくなるのは寂しいね」
「また遊びに来るよ!」
ルーイの言葉にほんの少しだけ寂しそうにロイドが笑う。
「こうして、この街を出て行く人は後を立たないな」
私と目を合わせてロイドが目を細めた。既に何人もの人を送り出しているのだろう。
「ロイドはこの街を出る予定はないのですか?」
「そうだね。この店に愛着もあるし、頼れる人がいないとなると、ここから動く方が大変だからね」
「危なくないの?」
「戦が始まれば、どこに行っても危ないだろう? それならば、居心地の良いところに居ることにするよ。それにね、今奥さんに無理をさせられないんだ」
「お、おめでとうございます!」
ロイドの言葉の意味がわからず、返答ができずにいた私とルーイよりも早く、ステフがロイドにお祝いを告げた。
「ふふ。ありがとう。良い感覚をしているね」
「ありがとうございます」
旅商人として、自分の何倍もの経験を重ねたロイドに褒められたステフは嬉しいそうに笑った。
「あ、あー! そういうこと! 旦那、おめでとう!」
次に意味に気づいたのはルーイであった。
いつまで経っても思い当たることのない私に、ルーイがこそっと耳打ちした。
「子どもだよ」
こ……ども?そのようなこと、思いつくはずもなかった。私は多分、妊娠というものから縁遠い生活を送ってきた。
「おめでとう、ございます」
ぎこちなくお祝いを口にすると、ロイドの笑い声が返ってきた。
「ふふ。城では見ないだろうね」
「はい。」
「そのうち、このようなやり取りにも慣れてくるよ。君は城を出ているのだから」
「はい」
普通の暮らしの中で当たり前に交わされる会話。私の中にない常識。
いつか慣れるのだろうか。そんな日が本当にくるのだろうか。
「さて。ステフが私に会いたがっていてくれてたって? 何だったかな?」
ロイドがステフに視線を移しながら、話をする。
「な、何かあるわけではなくて……話を聞いてみたくて……」
「どんなことかな? 私がわかることならば、答えてあげるよ」
「コ、コーゼに向かう商人が減っている気がするんです! なぜだと思いますか?」
「減っている? 今?」
「はい。国境近くの村に、商人が少なくて……」
「コーゼに物を持っていきたくない理由でもできたかな」
「そんなことあるんですか?」
「旅商人が直接、何らかの不利な条件を出されたんだろうね。近寄らなくて良いなら、その方が良い」
「不利な……」
ステフはその後もいくつもの質問を投げかけていたようだ。
旅商人としてどう歩んでいくべきかをステフもまた、悩んでいたのだろう。
私やルーイでは理解できないことも多い。旅商人の身の上はそれほど特別なのかもしれぬ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます