町を歩き捜す二人(1)

 再び捜索を開始して、しばらくもしないうちに町は夜に包まれた。


 電子看板や店明かりが、星の光も霞むほど都会を彩る。がやがやと行き交う人々の声もあって賑やかだ。飲み屋街を通った際には、男達が「次の店に行くぞー!」と騒ぐ陽気な声とすれちがい、日々頑張っているご褒美みたいだ、元気な町だ、と雪弥は感じたりした。


 そうしている間にも、どんどん夜は深まっていった。


 二十二時を過ぎると、町中の賑わいようも少しずつ落ち着き出した。車や人の数が次第に減り始め、二十三時を回ると深夜営業店の他はシャッターも降りていった。


 まだ、あの女の子は見付かっていなかった。


 あれからずっと町中を歩き回っている中で、頭にツノを持ち、着物を羽織っている、という目立つ姿は、夕刻のあの遭遇以来は目に留まっていない。


「――まさか刑事であるこの僕が、深夜徘徊をする事になろうとはね。これだと完璧に残業みたいなものじゃないか」


 柔らかな髪を夜風にバサバサと吹かれている宮橋が、フッと乾いた笑みを浮かべてそう言った。


 ようやく腰を下ろしたところだ。その隣で、蒼や灰が混じったような色素の薄い癖のない髪を、同じく風に煽られている雪弥が、チラリと彼へ目を向ける。


「えっと…………なんかその、すみません?」


 自分のせいで逃げられたようなものだ、というのを思い出して謝った。あの後からずっと歩き続けてしまっていた事を考えて、ぎこちなく目をそらす。


「この遅い時間まで歩かせているのも、結果的に僕のせい、なんでしょうし……」


 続ける声は小さくなる。刑事としての彼の勤務時間を考えてみると、確かにかなりの残業だろうか。


 すると宮橋が、くしゃりと前髪をかき上げた。


「まぁいいさ、夜の歩きは嫌いじゃない。『どちらか分からなくなる事が少ない』からね」


 また不思議な意見が聞こえてきた。


 雪弥は、余計な質問はするな、と指示してきた隣の彼へと目を戻した。けれど『夜の町並みを一望している』美しいその横顔からは、かなりご立腹なのが伝わってくる。


「…………あの、宮橋さんが夜歩きに対しては、怒っていないというのは分かりました。でも……――怒ってますよね?」


 思わず尋ねると、宮橋が「それとこれとは別でね」と言って、ゆらりと顔を向けてきた。


「一通り歩き回ったのはいい。その後が問題なんだよ、雪弥君」

「その後と言うと、ついさっきの今ですか?」

「そうだ。あっという間に僕を持って、ひとっ飛びでこの屋上まで来た事だよ――いいか、とりあえず二度とするな」

「はぁ、すみません……」


 低い声でぴしゃりと言われ、雪弥はとりあえずまた謝った。


 つい先程、『高い場所からの方が見渡せるな』と宮橋が思い立った様子で口にしたのを聞いた。だから雪弥は、『じゃあ行きますか』とココまで連れてきたのだ。


 それなのに到着早々、「この僕を驚かせるとは、やるじゃないか」とギリギリ頭を掴まれてしまった。その上、こうしてビルの縁に腰掛ける前に、拳骨まで落とされてしまったのだ。


 まぁ、痛くはなかったのだけれど。


 見晴らしがいい『高い所』まで連れて来ただけなんだけどなぁ……きちんと両手で持ったのに、そこもまた叱られてしまったのを思い返して、雪弥は不思議に思いながら目を戻した。


 そこには町の夜景が広がっていた。地上よりもやや強い夜風が吹き抜けていて、行き交う車の白や赤のライトも、風景を彩る一つとして流れて行くのが見えた。


 あの少女を見失ってしまったのは、自分のせいなのだろう。


 でも、ただ保護するだけだと思っていたのに、まさかあんな事になっているとは、想像してもいなかったわけで――。


「だって女の子にツノがはえてるとか……はぁ」

「言っておくが、通常なら有り得ない事で、僕だって驚いている」


 思い返して溜息交じりに呟いたら、隣からそう宮橋が口を挟んできた。


「そういえば宮橋さん、そんな事を言ってましたね」

「僕らが返したのは『子』の骨なんだ。特別な亡骸ではあるから欲しがるモノは多いが、人間にとっては、ただの同族の骨。それだけで鬼になれるはずもない」


 しばし雪弥のコンタクトの黒い目と、彼の明るいブラウンの目が見つめ合う。


 その問題点については、歩いている時もずっと彼の方で考えているようだった。けれど雪弥は、余計な質問はするなとは言われていて、完全なる理解を求められているわけでもない。


 だから自分は、自分が出来る事をするだけなのだろう。


 やや考えるような間を置いてから、雪弥は「ふうん」と思案気に少し頭を傾げる。そして質問を絞った後に、訊いても大丈夫そうな事を考えて口にした。


「そもそも『子』とか『母鬼』とか、どういう事なんですか?」

「一つの【物語】なのさ」


 宮橋は言いながら、両手を後ろに置いて姿勢を楽にした。座っているビルの縁から出している足を、少しだけ揺らす。

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