消えた五人目(7)

 宮橋と三鬼が大型トラックの向こうに視えなくなって、約十五分が過ぎようとしている。真由は壁際に背中を預けて、傷の付いた自分の携帯電話を見つめていた。


 手にすっぽりと収まったそれは、大きな外傷はないものの、表面にある桃色のコーティングが剥がれてしまっていた。凹んで歪な鉄の塊となってしまった軽自動車には、持ち主を含める関係者たちが集まっている。


 先程までここにいた田中と竹内は、ほんの数分前に救急車で運び出されていた。真由は彼らとろくに話も出来ないまま見送り、その隣には同じように脱力して、半ば放心している藤堂の姿もあった。


「先輩たち、どこに行ったんですかねぇ」

「うん…………」


 藤堂の何気ない呟きに、真由は心ない返事を上げた。


 通りには、様々な人が入り乱れている状況だった。交通に関しては、先程より流れはスムーズになっている。


 状況を一旦把握し終えたためか、応援に駆け付けた救急車やパトカーのサイレンは鳴り止み、赤いランプだけがクルクルと回っていた。トラックの事故で火が上がらなくて良かったよ、と交番課の何人かが話しながら通り過ぎていったのを、真由はなんとなく思い出してしまう。


「…………藤堂さんは、三鬼さんを追い駆けなくて良かったんですか?」

「『付いて来い』とは合図されませんでしたから。何も指示を出されなかったという事は、すぐに戻ってくるというわけで、なのでこうして待っています」


 そういえば、彼らは二年になるコンビだっけ、と思い返した。宮橋に拒絶されて、後を追う事が出来なかった自分とは違うんだなと感じたら、苦しくなって、真由は携帯電話をギュッと握りしめた。


「パートナーって、難しいですね」


 真由は、力なく呟いた。藤堂が首を伸ばすようにしてその横顔を見やり、口元にちょっとした笑みを浮かべて、視線を前に戻す。


「そうですね、難しいところだってあります。でも俺は、結構気に入ってます。少し前までは分からなかったけど、相棒としての自分の役割が見えてきて、いつの間にかその人と一緒に仕事しているのが当たり前みたいな、そんな感じですかね」


 二年先輩としての立場から語られた話につられて、チラリと目を上げてみると、うまい説明が思いつかないとでも言うように、困った笑みを浮かべて頬をかいている藤堂がいた。


 真由は携帯電話をポケットにしって、「藤堂さん」と呼んだ。視線に気づいた彼が、きょとんとした様子で見つめ返してきたので、正直な思いで尋ねてみた。


「それって、堅苦しい理由とか、要らなくてもいいんですか?」


 問うてすぐ、藤堂が大きな両目をパチパチとさせた。「まぁそりゃあ――」と独り言のように呟いた彼の瞳に、再び前向きな力が戻る。


「うん、そうですよ。俺たちは、せいいっぱい自分なりにサポートすればいいんです。俺は先輩に『ついてこい』って言われたから、頑張ってついて行ったって、文句を言われる筋合いはないですから」

「あっ、私も『僕について来い』って宮橋さんに言われました。じゃあ、精一杯ついていく事にします!」


 なんだか、ぐるぐると勝手に一人で悩んでいたのがおかしく思えた。そもそも、まだコンビとして組まされて、一日も経っていないのだ。自分が、すぐ三鬼や藤堂のようにスムーズに動けるはずもないだろう。


 小楠に紹介された当初は、コレ無理なんじゃないかな、とも感じていたのに、出来るだけ長く相棒としてあれるよう頑張りたいという気持ちがあった。まだ全然使えない新米刑事だというのなら、彼の役に立てるよう成長したい。


 真由は、藤堂とふっきれた顔でしっかりと頷き合った。お互いのパートナーである、宮橋と三鬼を探すため歩き出す。


 例の大型トラックを越えたところで、二人の姿を見つけた。少し離れた壁の方には宮橋の後ろ姿があり、シルバーの携帯電話で何やら話をしているようだった。こちらに気付いた三鬼が、「なんだ、お前らも来たのかよ」と言う。


 その時、携帯電話を下げた宮橋が、こちらを向いてツカツカと歩み寄ってきた。



「与魄智久を、殺人の容疑で逮捕する」



 真由と藤堂は「えっ」と叫びかけて、思わずお互いの口を塞ぎあっていた。


 三鬼が「お前ら、仲がいいな」と後輩組の息ぴったりの動作に感心していると、宮橋が顎をくいと持ち上げるように彼らを見下ろして、片方の手を腰に当てて続けた。


「藤堂、至急、署に逮捕状の手配を」

「あ、はい!」

「真由君、僕との約束は忘れてないな?」

「えぇと、『命令は絶対!』ですよね?」


 勢いで答えた真由は、ふと与魄智久の顔写真を思い返した。癖のない黒髪に細い首、大人しそうな顔立ちをした少年だ。その彼が、殺人の容疑者……?


 不意に、思考がぐらりと揺れた。どうしてか宮橋は捜査中ずっと、その少年に重点を置いていた気がするのだが、何かを忘れてしまったかのように集中力が霧散してしまう。

 数歩離れて藤堂が電話をかけ始める中、宮橋はすぐに三鬼へと向き直っていた。


「三鬼、どうせお前も付いてくるんだろ? 連続バラバラ殺人事件の容疑者を、これから確保する」

「容疑者って、そいつ十六歳の虫も殺せねぇようなガキだろ? そいつが、たった一人でやったって言うのか?」

「質問は一切受け付けない。僕たちが今すべき事は、『次の殺人が行われる前に、容疑者を捕まえてこの事件を終わらせる事』だ」


 宮橋は、質問を拒絶するように「犯行の件については、あとで本人に訊けばいい」と、シルバーの携帯電話をズボンの後ろポケットに入れた。三鬼が珍しく文句も続けず「分かった」とあっさり答えて、こう訊く。


「それで? その口振りからすると、容疑者のガキはこの辺にいるんだな?」

「ああ、そうだ。さっき直接話した」


 電話を終わった藤堂と、一部始終を見守っていた真由が、あっさり受理した様子を意外だと言わんばかりに瞬きする。三鬼はかまわず、続けられるであろう宮橋の説明を聞くため、彼に歩み寄った。


「んで、電話で何を話した?」

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