第四の殺人、のち(4)
「私は捜査一課の小楠(おぐし)だ。君は筒地山(つつじやま)亮(りょう)君だな? 今、どこにいる?」
受話器を持った小楠が語りかけるそばで、スピーカーが設定された電話機から、少年の荒々しい呼吸音が響いている。
与魄(よたく)智久(ともひさ)の祖母の連絡先を調べてもらっている間、真由は宮橋と共にそちらの様子を目に留めていた。小楠警部の周りには、三鬼と藤堂、他の捜査員たちが集まって耳を傾ける姿がある。
『…………お願いだッ、助けてくれ! 俺は、死にたくない!』
不意に、少年が押し殺すような低い叫びを上げた。小楠が「どこにいるんだ」と続けて問い返したものの、スピーカーからは再び、荒々しい呼吸音ばかりがもれる。
しばらく黙ってチェス駒をいじっていた宮橋が、ふと顔を上げて「電車じゃないかな」と呟いた。唐突に何だ、と眉を寄せる他の捜査員の中心で、電話機のスピーカーから吐息交じりに『今、電車に乗ってて』と怯えた声が言葉を続けた。
宮橋が「なるほど」と言って、チェス駒をポケットに戻した。
「なかなかいい考えだ。市内線か?」
小楠は問いかける宮橋の言葉を聞くと、助けを求めて来た少年――亮にそれを伝えた。すると、電話の向こうから肯定するような喘ぎが上がる。
「どうする、宮橋?」
「待ってくれ小楠警部、今、考えてる」
そう思案気に呟いた宮橋は、まだ電話番号を調べ上げていない女性捜査員の仕事ぶりを横目に見やり、「いいだろう。僕の方は、まだ少し時間があるしな」と口にしてツカツカと歩き出した。
彼は電話へと歩み寄ると、小楠から受話器を受け取って自身の耳にあてがった。
「君には、こちら側から寄越す大人と合流するまでは、しばらくそこで時間を稼いでもらう。そこで訊きたいんだが、まず交信手段は携帯電話で間違いないか?」
『あんたは誰だ? 一体何を知ってるッ?』
「僕は質問をしている立場であって、君の質問に一つ一つ答えるつもりはないよ」
宮橋が、冷たくも聞こえる淡々とした調子で言った。すぐ隣で様子を見ていた小楠が「おい、相手は怯えきった子供だぞ」と囁いたが、無視してこう続ける。
「君は、時間の無駄をしたいのか? いいから答えて」
『……夜明け前くらいに、突然、非通知で着信があった』
スピーカーから聞こえるその声は、奥歯を小さくガチガチと鳴らした。
『ノイズ音をずっと聞いていたら、作り物の声みたいなのがぼそぼそ話して、俺の名前をピンポイントで言ってきた。それが数回続いて、電源を切ったら近くにいた人間の携帯電話に着信がかかってきて、俺、怖くなって走って……』
「それで、友人たちの死亡のニュースを知ったわけか。機器を通さない状態で、声は聞いたか? もしくは、実際に肉眼で何かを見たりは?」
『そんなホラーみたいな話あるもんかよ。チクショー気が狂いそうだ……ッ、早く助けてくれ! 誠も死んだんだろッ? あいつと電話で話していたら、声が、声がひしゃげて……』
「ああ、なるほど。四番目の彼は、そう言えば『携帯電話を耳にあてていた』な。直前までやりとりしていたのは、君だったのか」
宮橋は思い出すような声色で言いながら、少年たちの顔写真と名前の載った資料を、小楠に指して示した。
後ろで聞いていた捜査員たちが、そこにある『央岬(おうざき)誠(まこと)』の名前を確認する。気になってすぐ近くまで来ていた真由も、藤堂と揃ってそちらを覗きこんでいた。
「とはいえ、央岬誠からの連絡が途切れた時から、何者かの視線についてはあまり感じなくなった――と僕は推測しているのだけれど、どうだ?」
スピーカーから、唾を飲む音が聞こえた。
『……あんたの言う通りだ、今は、ない』
「ああいうタイプのモノを抱えられる人間は、大抵が二つの意思を持つ事を当たり前としていてね。つまり、彼らは産まれ落ちた時から、その流れる血ゆえに『孤独を感じる事がない』、『独りであるという感覚を知らない』んだ」
宮橋が、どこかぼんやりとした様子で、独り言のように説いた。
「長く離れる事によって、初めて感じさせられる『独り』という感覚は、彼らにとって一番耐えがたくおぞましい物であるらしい。精神のバランスを崩す事がある。だから一旦は、戻ったのだろうとは思うけれど――残りの三人は、どこにいる?」
『へ? ああ、まっちゃんは――曽嶺(そみね)マサルと中富(なかとみ)陸(りく)は、人の多いところにいるらしいけど…………ケンは分からない。あいつ携帯電話を捨てたみたいで、連絡が取れないんだ』
その時、これまでずっと黙っていた小楠が、受話器を奪い取って怒鳴った。
「何故すぐ警察に連絡しなかったんだ!」
『しようと思ったさ! でもッ、なんて言えばいいんだよ!? 午前中にそっちに行っていたとして、あんたらは俺らの話を、さっきの奴みたいにちゃんと聞いてくれていた保証はあんのかよッ』
感情のままに不安感も全てもぶつけられた小楠が、途端にぐっと言葉を詰まらせた。後ろから三鬼が手を伸ばして、その大きな肩を叩いてきたからでもある。
小楠は、何も言わず普段通りの冷静な表情でいる宮橋の横顔を盗み見て、怒鳴れる資格もないのだろうと察して肩から力を抜く。
そばで見守っていた藤堂が「少年の方も、かなり参っているみたいですし」と、遠慮がちに言った。
「俺だって、今回のこの異様な事件も、一体何がどうなっているのか、宮橋さんとのやりとりを聞いてもちんぷんかんぷんです。でも、時間がないのは確かなんでしょう? もう四人も死んでいます。だから指示をください、小楠警部」
緊迫した空気に呑まれて、真由は、ついプライベートの時の癖で「小楠のおじさん……」と呼んでいた。その蒼白な顔に目を留めた小楠は、冷静を努めて電話の向こうの彼にこう告げた。
「……そのまま、電車で待機していてくれ。すぐにこちらから人間を向かわせる」
『分かった。頼むから、見捨てないでくれ…………』
声変わりをしたばかりの十六歳の彼が、今にも泣きそうな声でそう縋った。
小楠が顔を歪めて「全力を尽くす」と答え、受話器を置いた。通信が切れた途端、その場にいた他の捜査員たちの含めた人間の目が、それぞれの表情を浮かべて一斉に宮橋へ向けられる。
すると、今まで我慢して黙っていたらしい三鬼が、掴みかかる勢いで宮橋へと距離を詰めた。
「説明してもらおうか。一体、どういう状況なんだッ」
「煩い声を出すなよ。あの少年が訴えてきた通り、彼らのグループ全員が『殺人犯』に狙われているのさ。今出来る事は、形ばかりにでも君たちの方で彼らを保護してもらう方法だろう。けれど、そうやったとして、残りのメンバーが助かるかどうかまでは断言出来ない」
「まるで俺らが保護して、たとえ一緒に居たとしても、みすみす殺されるって言い方だな?」
「僕はそう言っている。物理的に、たとえこの署の中で保護したとしても『殺人犯』の行動は止められない。だから、もし殺害の確率を少しでも下げたいのなら、彼らを保護したら『狭い場所』には放り込まない事だ」
宮橋は、そこで小楠を見やって「まだ確認しなければならない事があって、ハッキリとは言ってやれないが」と前置きして続けた。
「恐らく『現時点までの段階であるのなら』、人の気配が多くある場所は少なからず効果はあると思う。死角になる場所を避けて、人の社会に囲まれたド真ん中に置くんだ」
「――つまり、多くの人間が留まる場所に紛れさせるわけか。そうする事で、その『殺人犯』は今のところは動けない、という解釈でいいのか?」
長年の付き合いから察したように、小楠は真面目に確認する。宮橋が「今のところはね」と、彼の台詞の一部を取って年を押すように繰り返した。
近くにいた数年後輩の男性捜査員が、小さく挙手して「宮橋さん」と呼んで質問した。
「今の段階でなら、とおっしゃっていましたが、つまり以前の『L事件』でもあったように、それは一時的な処置なわけですよね……? もし事件解決まで時間が長引いた場合、最悪どういった事が想定されますか?」
「考えられる中での最悪なパターンは、大勢の人間がいようと関係無しに『殺人犯』が動けるようになる可能性だろうね」
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