第11話 決着
「ふっ……何を言うかと思えば、完全なる勝利? この状況で?」
太陽神の加護を宿した勇者ナサリーの剣が振りかぶられる。
「見損なったぞ、アリサワ。それは負け犬の遠吠えというやつだ」
「さて……それはどうかな?」
「最後まで負けを認めないか。ならばあの世でとくと敗北を噛み締めるがいい!」
ガキンッ! 勇者が振り下ろした剣は、しかし俺には届かない。とある1本の剣が、俺の背後から俺を守ってくれていた。
「な? 言ったろ? ミッション・コンプリートってな」
「なっ……⁉」
「勇者ナサリー、お前の【詰み】だ」
俺はゆっくりとガレキの上を立ち上がると、俺のことを守るように剣を構えている【もう1人の勇者ナサリー】の肩に手を置いた。
「あとは頼んだぞ、【ドッペルゲンガー】」
「はっ、お任せください。我が主人……アリサワ様」
──ドッペルゲンガー、その特殊能力は『変身』。対象とした相手の姿、武器、特殊能力などを模倣し、そのステータスの【6割】の力を振るえるというモンスターだ。
「はぁぁぁッ!」
「はぁぁぁッ!」
声も、剣の振り方も同じな2人の勇者ナサリーが互いにぶつかり合って剣戟を響かせる。
しかし、唯一違う点がある。それは、ドッペルゲンガーが変身している方のナサリーの姿は、【
「はぁッ!」
「くっ……!」
次第に勝負の形勢は傾いていく。優勢なのは太陽神の加護を受けている真のナサリー……ではなく、ドッペルゲンガーが変身している偽の方のナサリーだった。
「残念だったな、ナサリー。お前が太陽神の加護を発動せず、さっきの自爆をダメージ覚悟で受け止めていれば、まだ勝負はこれからってところだった」
ちなみに太陽神の加護の存在についてはもちろん知っていた。なぜなら、それが魔王様に致命的な一撃を与えた時の勇者の姿だったから。
「その加護の効果は凄まじいものだったな。まず、発動時に周囲へと強力な爆風を吹かせて相手を怯ませたり、それだけで倒してしまえるんだ。さっきのマインの自爆でナサリーが無傷だったのも、その爆風を使って相殺させていたからだろ」
そして、何より要となるのがその後の効果だ。
「加護を発動させると自身の全てのステータスを基本ステータスの3割増しに上昇させるというチート能力……脅威的だよな。【反転の呪い】を受けていなければ、の話だけどさ」
つまり、太陽神の加護を発動したことで、勇者はマインの自爆から身を守れたものの、ステータスの30%の下降を許してしまったことになる。
「ゾンビ・プリーストからの補助系魔術も大量に受けて、その上でこのステータスの大幅下降……いくら強力な勇者といえど、積み重なった【弱体化】の影響は深刻だろ?」
さて、ここで問題だ。俺はいったいいつの時点の勇者の姿を元に、ドッペルゲンガーを『変身』させていたと思う?
「1番最初だ。この魔界地下第1階層に入ってきた瞬間の勇者、その姿をドッペルゲンガーに模倣させて、それからはずっと邸宅付近に潜ませていたんだ」
ドッペルゲンガーが受け継ぐことができるのは変身対象の60%のステータスしかない。しかし、なんの弱体化も受けてない時点での6割だ。
そして、一方の今の勇者のステータスは……。
ゾンビ・プリーストによって受けた補助系魔術の内訳は……『全ステータス上昇(1.1倍)』×2、『攻撃力上昇・大(1.2倍)』、『防御力上昇・大(1.2倍)』『敏捷性上昇・大(1.2倍)』、『体力上昇・大(1.2倍)』。
そして、これに『太陽神の加護(全ステータス上昇(1.3倍))』が加わった。
以上で挙げた効果が全て反転した状態でナサリーへとかけられている。元々を100%とした時の今の勇者の攻撃力、防御力、敏捷性、体力のステータスを計算すると、
全ステータス上昇(-1.1倍)
= 100 - (100*0.1)
= 90(%)
全ステータス上昇(-1.1倍)
= 90 - (90*0.1)
= 81(%)
各ステータス上昇(-1.2倍)
= 81 - (81*0.2)
= 64.8(%)
太陽神の加護(-1.3倍)
= 64.8 - (64.8*0.3)
= 45.36(%)
──45.36%。本調子時の50%以下まで勇者のステータスは落ち込んでいる。
無論、それでも勇者が強いことには変わりない。しかし、50%以下の実力しか出せない本物の勇者が、本物の勇者の60%の実力を出せるドッペルゲンガーと戦うのであれば、その決着の行方は明らかだった。
「ぐはぁッ⁉︎」
ドッペルゲンガーの剣がナサリーを斜めに斬り伏せる。それは誰から見ても致命的な一撃だ。
「終わりだよ、勇者ナサリー」
もはや剣も握れず、地面へ膝を着くナサリーを、生き残りのゾンビたちが取り押さえた。
「ドッペルゲンガー、よくやった」
「ありがたきお言葉です、アリサワ様」
「あとは他の兵士たちを始末してきてくれ」
「はっ、了解しました」
ナサリーの姿をしたままドッペルゲンガーが立ち去り、俺とナサリー、ナサリーを取り押さえるゾンビたちだけがその場に残された。
「……ふっ、まさかこの私が魔王にも辿り着けず終わってしまうとはな……」
「命乞いをするか?」
「まさか」
ナサリーは苦しそうにしながらも鼻で笑った。
「命だけあったところで何になるというのだ? 私は、ここが死に場所というならそれでいい。もはや、私に帰る場所は……私の帰りを待ってくれる人は居なくなってしまったのだから」
「……」
どうやら、勇者が呪いによって聖王国に居場所が無くなったのではないかという俺の推測は合っていたらしい。
「……先ほどの言葉は撤回しよう、アリサワ」
「ん?」
「お前のことを見損なったと言ったが……どうやら私はここまで全てお前の手のひらで転がされていたらしい。お前は、優秀な策士だったのだな」
「たまたまさ。今回はたまたま、全部が俺の思い描く通りに動いてくれただけ。もう一回同じことをしろと言われたら、たぶん今度はボロが出るだろうな」
「有能な策士ほど自身を過小評価するものだ」
「そりゃどうも。勇者ナサリー、あんたもすごく強かった。きっとあんたが俺の人生最大の難敵となるだろう」
「……ふっ、くくっ」
「なんだよ?」
「いや、な。不思議と、清々しくてな」
確かに、なんだかスッキリした顔をしているな?
「最後まで私は……私は人類の味方として、勇者として戦い抜いた。その生き方のどこにも、悔いはない」
「そうか。それならよかったよ」
さて、お喋りはここまでにしておこう。ちょうどドッペルゲンガーも戻ってきた。
「アリサワ様、兵士の一掃が完了しました」
「ああ、ご苦労様。じゃあ──」
勇者ナサリーにトドメを、と。そう指示を出そうとした時だった。
「う、うひょおっ! マジかよ、スゲーや! 勇者を倒しちまってる!」
再び、耳障りな声がすぐ側から響く。
「お前、ホブゴブリン……!」
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