魔物とご対面

 昼休みを挟んで午後からは魔物学(総論)の授業がある。その時には宮杜さんが復活していたので、一安心である。


「魔物学総論担当の黒田くろだ和彦かずひこという。今日は初日だし、真面目な授業はせずに、魔物の見学をしてもらおうと思う。テイムされた魔物が飼われている馬小屋ならぬ魔物小屋へ向かうとしよう。早速ついてきたまえ」


 確かに、生きた魔物を見た事がある人など少ないだろう。俺も楽しみである。

 魔物小屋に近付くと、色々な魔物が檻の中で寛いでいた。まるで動物園である。


「意外と臭わないんだな?」

「確かに」


 動物園のような獣臭さを想像していた者の、ほとんど無臭である。そんな俺達の会話を聞いた先生がその理由を教えてくれた。


「魔物学でも習うが、魔物の代謝は野生動物とは全く異なる。我々の細胞は摂取した栄養を酸化する事で栄養を得ているよな?」


「そうですね」


「それが魔物では魔力を取り込んでいるんだ。代謝のほとんどを魔力で行うから、動物のような臭いもしないんだ」


「なるほど」

「じゃあ、解糖系によるATP生成とかそういう生命に共通する機構を彼らは持っていないという事ですか?」


「そういう事だな」


 時々専門的な話を聞くことになるが、それ以外はただの動物園めぐりのようだった。男子はレッドバシリスク(体表に炎を纏っているイグアナ。全長2mと大きい)のようなかっこいい系の魔物を観察しているな。女子が見ているのは何だろう?


「あ、ずんぐりバードか。なるほどな」


 ずんぐりバードは緑色でずんぐりむっくりした直径30cmほどの鳥。いわゆる可愛い系の魔物だな。


「赤木君も見る? すっごく可愛いよ!」


 七瀬さんが目を輝かせている。可愛い物が好きなのかな?


「うんうん。可愛いよな、ずんぐりバード。抱き枕にしたい魔物No.1だな」


 ゲームで登場した時も「え、これを倒すの? ちょっと罪悪感が……」って思ったよな。最初は。


「うんうん。はあ~私もテイマーだったらなあ。モフモフしたい~!」


 女の子達がうんうんと頷く。俺もその気持ちは分かるが、そうも言ってられない。


「って言っても魔物なんだから、討伐対象なんだけどな。迷宮内でエンカウントしたら、倒さないと」


 そう。こいつはこんな見た目だけど、魔物なんだ。人類の敵なんだ。


「むー。それはそうだけどさあ。こんな可愛くって無抵抗な子を倒すなんて良心が痛むわ!」


 そうだよな。こんな可愛い生き物に戦闘力なんて期待できそうにないと思うよな。


「いいや、ずんぐりバードはかなり強いぞ? 攻撃時は容赦なく風魔法を使った弾幕を放ってくるし、防御時は植物魔法を操って強固なシールドを張るんだ。脅威度はCに指定されているはず」


 脅威度。魔物の強さをあらわす指標である。

E:害はなし。ケサランパサランなど。

D:素人が挑めば怪我の恐れがある。野生動物で表すと犬レベルの脅威度。

C:危険な害獣。ある程度のスキルや訓練経験があれば対処可能。野生動物で表すとヒグマくらいの強さ。

B:かなり危険な害獣。Cランクを倒せる人が10人がかりで倒す。野生動物(?)で表すと恐竜レベル。

A:下手したら、百人規模の部隊が全滅する恐れもあるレベル。確実に倒すなら、少数精鋭で倒す必要があるだろう。この辺りからは、野生動物では表せないな。

S:精鋭たちで作った百人規模の部隊が壊滅的なダメージを受けるレベル。国が総力を出して挑むようなレベルと言えば、伝わるだろうか。

SS:未発見であり、形式上存在するクラス。全人間が存続をかけて戦うようなレベルである。


「そ、そうなんですか」


「ずんぐりバード一体で、ヒグマと互角に戦えるだろうな。『見た目に騙されるな』が魔物と相対する時の鉄則なんだよ」


 ゲームでも、初心者の多くが「可愛い魔物じゃん。ギャー!」という悲劇を経験している。この事から俺達は「ずんぐりバード師匠」なんて呼んでいた。

 と思い返していると、ふと後ろから声がかかった。


「よく勉強しているな、赤木。そうだ、可愛いナリをして、こいつはかなり凶暴なんだ。何も知らない奴が挑んで、戦闘不能になるという事件が毎年起きている。これを俺達の業界では『ずんぐりバードの洗礼』って呼んでる」


「「「あ、黒田先生」」」


「ちなみにだが、赤木。向こうで男子が見てる『レッドバシリスク』の脅威度は知っているか?」


「脅威度はDの中でも強い方、って所でしょうか」


「本当によく勉強しているな。正解だ。実はレッドバシリスクよりもずんぐりバードの方が圧倒的に強い」


「「「へえー!」」」


 自分達の事を話していると気が付いた男子たちも、こっちを振り向いて驚いていた。見た目だけならレッドバシリスクの方が強そうだもんなあ~。




 その後、先生に案内され、別の魔物小屋へ向かう俺達。先ほどよりも大きな建物が見えてきた。果たして中には……?


「うわあ! なんじゃこりゃ!」

「でっか……」

「キモ……」

「グロ……」


 デカい魔物が沢山いた。


「これはヤマタノオロチと呼ばれている魔物だ。八属性、火・水・植物・風・金属・土・光・闇、を操るかなり強力な魔物だ。脅威度はAに指定されている」


「こっちのはオオクチと呼ばれる魔物で、火属性を操る。水属性で攻撃しようにも文字通り焼石に水。他の属性も効きにくい。倒すのが不可能に近いという意味で、脅威度はAだ。確か睡眠魔法を使ってどうにか捉える事が出来たらしい」


 先生が嬉々として魔物の説明をする。この人、確か魔物の研究をしている教授らしいから、こういう事を語りたいのだろう。生徒からしても、初めて見る魔物に興味が尽きないようで、次々に質問が飛ぶ。そして俺はそれを聞きながら「そうそう、苦労したよなあ」とか「あ、それ間違ってる」と心の中でつぶやくのだ。



 こうして午後の授業は魔物の見学で終わった。なお次の授業からは座学らしい。

 授業の終わりに先生は俺達を集めて言った。


「いいか、お前ら。こういう魔物に出くわしたとして、真っ先に狙われるのはビビって動けなくなっている奴だ。勝てないと思っても、腰を抜かさず、堂々と立ち向かえ。そうしたら、相手もひるむ。今日、ここへ連れてきたのは慣れてもらうためだ。高ランクの魔物に出くわした時に、茫然自失になってそのまま殺されないために、慣れるんだ」


 恐怖の感情は、本来のパフォーマンスを引き出せなくする要因の一つである。今日の授業で俺達は実際に魔物を間近で見て、改めて「恐怖」を知った。この経験は俺達を強くしてくれたと思う。非常にいい授業だった。



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